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2007年7月22日 (日)

消えた軍用線路をゆく 鉄道連隊がつないだ軽便鉄道をサイクリングでたどってみた #chiba #jitensha

第二次大戦中、千葉は軍都だった。旧千葉駅近くには鉄道連隊が置かれた。

千葉〜津田沼には現在、JR総武線、京成線が走っているが、第3のルートがあったことはあまり知られていない。

今回のサイクリング(21日)は廃線となった千葉〜津田沼間の軍用鉄道跡を行く。現在、線路は道路に変わっている。

戦時中の千葉駅は現在より東寄りにあったが、大雑把な言い方をすると、モノレールの千葉駅から千葉公園駅までの区間はほぼ軍用鉄道のラインだ。

●千葉公園(鉄道第一聯隊作業場)

鉄道連隊の演習場があった場所。前回も戦争遺構を紹介したが、ほかにも大物の遺構がある。


大きな地図で見る

千葉駅をモノレール沿いに行くと、千葉公園の管理事務所がある。この敷地内に、巨大なトンネルのようなものが。演習の一環で作られたものだろう。



現在は事務所関係者の物干しになっている。このトンネルは千葉公園にある戦争遺構では最大のもので、モニュメントとしての価値が高い。洗濯物を干すのも有益かもしれないが、市民に開放してもよいのでは。



軍用線路は穴川の辺りまではモノレール下ではなく、沿うような形で走っていったようだ。千葉公園の隣には競輪場があるが、この前の通りをまっすぐ走る。



地図上の丸で囲った点の辺りに現在は作草部郵便局がある。地図部分にある線路はモノレールに並行にして走っている。

そこをまっすぐ進んでいく。次の写真は千葉経済大学の近く、自転車は進行方向を進んでいる。ここの付属高校は昨年、夏の甲子園にも出場した。



軍用線路の軽便鉄道60センチだったようだ。このくらいの幅でも十分走れたのだろう。



●作草部公園(陸軍歩兵学校)


大きな地図で見る

しばらくすると、モノレールの天台駅の手前。ちょっと線路を外れて、右に曲がると、作草部公園がある。四角で囲った部分だ。



ここの入り口には古木がそびえ立っている。

ここは陸軍歩兵学校跡。記念碑は公園の奥の方にひっそりと置かれている。



「平和之碑」と書かれ、下には「陸軍歩兵学校之跡」と刻まれている。



明るい感じの公園でないが、夏場は木陰が涼しく、未就学児の声が響いていた。



1945年7月7日未明の”七夕空襲”では、ここも罹災している。

軍用線路は現在のモノレールに並行する形で東京方面に進んでいく。そして、穴川3丁目にあるX字路で再びぶつかる。下の写真でみると、軍用線路は左側から進み、このモノレールと同じ道をたどる。



話は文字通り、脱線するが、このモノレールは世界一ということを何人が知っているだろうか?

ギネスブックには2001年6月27日付で「懸垂型モノレールとして営業距離世界最長(15.2km)」と掲載されている。

モノレールには、「懸垂型」「跨座型」の2種類がある。要は上に乗っているか、下にぶる下がっているかの違い。1995年8月、千葉〜千葉みなと間が完成し、13.5kmの営業距離となり、ドイツ・ヴッパタール市の モノレール(営業距離13.3km)を抜いた。

現在の登録距離は99年3月の延伸(千葉〜県庁前間)を加えたもの。

市民からは財政赤字のお荷物、利用者からは運賃が高いと評判の悪い千葉モノレールだが、乗ると、なかなか楽しい。千葉駅近辺ではビル6階の高さを縫う。味わったことのない視界が広がる。空中散歩をぜひ!!

公式サイトはこちら。

またしても余談だが、千葉モノレールは大ベストセラー中の「一瞬の風になれ」にも登場する。映像化の折にはぜひ登場させてほしい。


一瞬の風になれ(3冊セット)

さて、穴川の十字路でモノレールとは別れを告げる。モノレールは右方向に進路を取り、スポーツセンター、アライグマの風太君が住む千葉市動物公園へと向かう。

軍用線路はここを直進だ。



ちょっと進むと、穴川橋がある。これも、もともと軍用線路をまたぐために作った橋らしい。切り通しのような地形だが、もともと谷だったのだと思う。



ちょっと降りてみよう。



上から見たところ。



立派な木だと思ったら、市の指定樹林だった。銅像も見えるが、一般のお宅のよう。先祖を称えたものだろうか。



再び進む。地図上には"SONNO STATION"(園生駅)がある。ここはバス停の第2あやめ入り口で、駅を思わせるものは何もない。この交差点にはドラッグストア「ウエルシア」や海苔で知られる「鮎澤」がある。鮎澤のページには現在のイラスト地図が載っているので、より地理関係が分かるかも。

やがて、線路は地図から切れたくらいから京葉道路に沿うような形で進み、宮野木ジャンクションで交差する。



宮野木の辺りの高速道路は1966〜69年までに完成したようだ。その後、新空港自動車道(現・東関東自動車道)と接続し、71年、ジャンクションになっていく。

千葉は鉄道ありきで交通網が発展していったことが分かる。

宮野木JCT〜穴川IC間の平日24時間交通量(台)は110,864。国土交通省道路局平成17年度道路交通センサスによる。

宮野木JCTを越えると、広尾十字路に出る。その先のY字は分岐点で別の路線があったらしいが、今回はまっすぐ進む。

花見川大橋。この辺りは川沿いに進むと、サイクリングコース。花島公園があり、花見川で最も美しい景色が楽しめるところ。


2007/05/27 クロスバイクで検見川サイクリングコースで使用した写真

この橋を越えると、花見川団地の商店街。ここは歩道もないというとんでもない道路だが、作新台に入ると、中央分離帯にグリーンゾーンがあったり、歩道が広く取られている。

京成線のガードをくぐると、習志野市に入る。ここからは未体験ゾーン。

道路の脇に、砂利敷きの歩道が広がる。

ここからは 「ハミングロード」。海まで続く延べ11.67kmにおよぶ習志野市の幹線緑道をいう。



「ハミングロード」公式サイトからの抜粋。

昭和43年(1968年)に、戦前、鉄道第二連隊が演習用に使用していた軌道敷きを、国から市が借り受け、自転車・歩行者専用道路として整備。緑道の幅員は、約4m〜7mで、一部未整備区間もありますが、その沿道は住宅地をはじめ商業地、農地、幹線道路など様々な土地利用が展開しています。

このように11.67kmに及ぶ自転車・歩行者専用道路を有している自治体は他に類例がなく、自然環境の活用、景観形成、あるいは市民の交流の場として、本市にとって貴重な市民共有の財産のひとつとなっています。


線路こそないものの、この自転車・歩行者専用道路全体が戦争遺構なのだ。

ここに線路があり、軽便鉄道が走っていた映像を思い浮かべてほしい。なんとなく、それらしい雰囲気はあるような気がする。



入り口付近は通称「マラソン道路」という。確かにランナーの姿も見かけた。写真は進行方向と逆。



このモニュメントは平成9年11月、有森裕子選手を招いた「いきいき習志野&ウォーキング・フェスタ」の記念として、商工会議所が建てたもの、という。平和を願い、3羽の鳩の像があしらわれている。



有森裕子の足型。自分の足と比べてみると面白いかもしれない。見た目でも推測できるように大きくはない。今度計ってみよう。



このすぐ先にはこんな説明文があるが、アタック25のクイズのような穴あきぶり。やっぱり、歴史は風化していくのだろうか?



この日の終点はここ、「あたご橋」。これはおそらく戦後に作られたものだろう。自転車・歩行者専用道路をうたうだけあって、階段ではなく、ゆるやかなスロープになっていて、両端はスプリンクラーを備えた花壇。



ここから先は後日の”冒険”。帰り道に、こんな像を見つけた。「青春の群像」と題されている。マラソンをしている姿だろうか。近くの中学校の美術部の生徒が作ったものらしい。



軍の軽便鉄道の代わりに、ジョガー、サイクリストが走る道路はまだまだ続く。

なお、「ハミングロード」公式サイトには地図も載っており、線路のありようが分かる。

鉄道連隊の千葉〜津田沼間の軍用線をゆく第4弾。前回の記事はこちら

この16.7kmの区間が完成したのは今から100年近く前の1911年のことだ。

跡地をそのまま、歩行者・自転車道路にしたハミングロードの続きをロードバイクで走ることにした。

砂利道をロードバイクで行くのは、ややしんどいところもあるが、軽便鉄道の蒸気機関車の気分でのんびり行こう。軽便鉄道はそんなに速くなかったらしいし。

習志野市の地図(このサイクリング後に購入)によると、ハミングロードを入って、800メートルのところに記念碑がある。


習志野市2版

まずは前回しそこねた有森裕子さんの足形との大きさ比べ。すみません、汚い足で(汗)。ちなみに僕の足は27センチ。




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前回の最終地点、あたご橋を越えて、しばらく行くと、緩やかなカーブとなる。

実籾街道との十字路の先は一瞬、広場のように広がる。ここには前に紹介した園生駅同様、駅舎があったのではないか。



古地図があれば、確認できるのだが。

さらに進むと、棚したての木があり、いい木陰を作っている。



一休みといこう。ひょろっとした豆のような実がなっている。何という木かな?



やがて東金街道と交差し、人通りが賑やかになってくると、京成線が見えてくる。



京成大久保駅の商店街を通りすぎる。

ちょっと危ないけど、自転車に乗りながら、シャッターを切ってみた。当時の機関車の目線で。



戸建てが立ち並ぶと、ハミングロードの終わりに近づく。JR総武本線が見えて、終点となる。



ハミングロードは木陰が多くジョギングには最適。自転車で行くには、クロスバイクなどやや太いタイヤの方が走りやすいだろう。

さて、今回は鉄道連隊の千葉〜津田沼間の消えた線路を走るというのが目的。ハミングロードが終わり、どう進んでいけばいいか?

多分、線路自体はこの辺りから現状のJRや京成線とつながり、この辺りいっぱいにあった連隊の基地、作業場に繋がっていたと思われる。



旅のゴールはあらかじめ決めている。現在は千葉工業大学がある連隊のレンガ門。しかし、どういけばいい?

津田沼駅周辺の地図を見てもらうと分かるのだが、この辺りは複雑な形で線路が交錯している。

JR線に絡むように、京成線がS字状に絡み、北側には新津田沼駅、南側には京成津田沼駅がある。これは鉄道連隊の線路を流用したことにより、そうなったということだ。

連隊は敷設訓練、規定距離に達するよう距離を稼ぐため、わざわざカーブの線路を作っていたのだという。

まずは違う道に出た。

鷺沼台郵便局からはJRを渡るための跨線(こせん)橋がある。
「さぎぬまこせんきょう」。地元市民の生活を支える橋となっている。



ここは渡らず、まっすぐ進む。JRを潜るトンネルは明らかに古いレンガ造り、ゴミ捨て場の奥にも、レンガが見られた。これらは鉄道連隊によるものだろう。





京成線の踏み切りを渡ってみたが、先まで行って、ガード下をくぐり、JR沿いへ。



しばらくすると、千葉工業大学のレンガ門に着いた。



レンガ門は国の重要文化財に指定されており、記念碑もある。門扉はここ数年で新しくなったようで、参考にしたホームページで見た写真とは違うものになっていた。新しいものの方が昔の雰囲気が出ている気がする。

登録有形文化財
第12-0007号
この建造物は貴重な国民的財産です。
文化庁
 
 この門は明治40年(1907年)当地に移駐した陸軍鉄道連隊第三大隊(大正7年に鉄道第二連隊に改組)兵舎の表門として使用されていたものです。
 第2次大戦後、ここが千葉工業大学の校地になった後も、「工大の煉瓦門」として親しまれています。
 平成10年5月、国の登録有形文化財に指定されました。
 わが国の私立工業系大学で最も古い歴史を持つ本学のシンボルとして長く保存していきましょう。
 
千葉工業大学


さて、軍用線は一応、走破したわけだが、この線には別の迂回路もあるということだ。それについてはまた後日、走ることとしよう。津田沼周辺ほかでも、取りこぼし、調べこぼしがあるので、これも宿題。

ともかく、最後まで読んでくれた物好きな方々(失礼!)に感謝したい。

全行程の写真ギャラリーはこちら

参考
鉄道連隊軍用線 千葉−津田沼間
このHPがなければ、このサイクリングは実現しなかった。作者に感謝します。

写真はCaplio GX100で撮影。


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コメント

TITLE: おはようございます
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ドキュメンタリータッチの記事、楽しく拝見(^-^)

興味のなかった事も、こうして読んでいると、面白いてすね!

続く!で終わられると、早く次ぎが読みたくなりますよ!!

投稿: 夢家工房 | 2007年7月23日 (月) 07時18分

TITLE: Re:●消えた軍用線路をゆくPART1千葉〜作草部(07/22)
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待ってました!(^-^)//""パチパチ

米軍の地図と掲載された写真とを何度も行ったり来たり。



あのトンネルは、確かに物干し場にしておくのはどうかなぁ、と思いますねぇ。

整備する予算がなくても、何らかの説明板はあっても良いかなぁ、と思いました。



続きのアップ、心待ちにしています♪

投稿: まさやん0386 | 2007年7月23日 (月) 08時10分

TITLE: Re:おはようございます(07/22)
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夢家工房さん

>ドキュメンタリータッチの記事、楽しく拝見(^-^)

>興味のなかった事も、こうして読んでいると、面白いてすね!



確かに、ほかの地域にお住まいの方にはあまり関係のない話ですね。興味をもってもらえるように書かなきゃ。



>続く!で終わられると、早く次ぎが読みたくなりますよ!!



じゃ、これからは全部、「続く」で終わるようにします(笑)。

投稿: 久浩 | 2007年7月23日 (月) 10時11分

TITLE: Re[1]:●消えた軍用線路をゆくPART1千葉〜作草部(07/22)
SECRET: 0
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まさやん0386さん

>待ってました!(^-^)//""パチパチ



そこまで言われると、感激です。



>米軍の地図と掲載された写真とを何度も行ったり来たり。



現在の地図は著作権があるので、載せにくいのが残念です。並べたら、もっと違いが分かるのに。楽天ブログにも地図機能が欲しいところです。



google earthで俯瞰しながら見ていくと、面白いかもしれません。僕はよく使います。



>あのトンネルは、確かに物干し場にしておくのはどうかなぁ、と思いますねぇ。

>整備する予算がなくても、何らかの説明板はあっても良いかなぁ、と思いました。



トンネルの説明板はまるでないですね。歩く人は気になると思いますが。



>続きのアップ、心待ちにしています♪



了解しました!!

投稿: 久浩 | 2007年7月23日 (月) 10時16分

陸軍歩兵学校之跡ってあの石に書いてあったんですね!
近所だけどいま始めて知りました。ありがとうございます(^o^)

投稿: | 2009年3月14日 (土) 05時10分

>無記名の方へ

はじめまして。
ご近所にお住まいとのこと。
千葉は戦時中、軍都であり、ほかにも、軍関係の施設が多数残っています。千葉市でも関連のパンフなどを作っています。稲毛区役所などでも入手可能だと思います。

投稿: 久住コウ | 2009年3月14日 (土) 17時12分

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