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2007年8月

2007年8月31日 (金)

●「千葉県検見川鳥瞰図」に見る検見川送信所

千葉県検見川町鳥瞰図というものがある。松井天山という人物が鳥の視点から町を描いた昭和5年1月の古地図である。

松井天山(1869年生まれ)という人ははっきりしないが、天山は号で本名は哲太郎といった。千葉、津田沼、幕張の鳥瞰図も描いている。

これにも、検見川送信所はしっかりと載っている。


「千葉県検見川町鳥瞰図」抜粋

まだ、空中に張り巡らされた空中線はなく、鉄塔は5本だけ。周囲の土地は売り出し中とある。当時は海岸を目の前に控えた仲町が中心で、送信所の辺りは僻地であった。



開局当時の検見川無線送信所 「検見川無線史」より

大きく開けた平地に立つ白亜の局舎は見事だったろう。検見川公民館が編纂した地域史「けみがわ」(編集・検見川郷土史編集委員会、平成4年11月10日発行)にも、局舎は「遠くから見える強固でスマートな建物でした」と書かれている。

一面は甘藷畑だったとは聞いていたが、地図からも見て取れる。T字型の局舎がそびえ、海に向かって描かれている。周囲を囲む塀もある。



今では、「検見川送信所」という名称が浸透しているが、鳥瞰図には「検見川無線電信所」と書かれている。また、初代所長の菊谷秀雄氏が書かれた回想録も「検見川無線の思い出」、東京無線部が発行した記録集も「検見川無線史」(検見川無線史編集委員会/編集)、昔の公民館の案内地図にも「無線」と書かれており、当時は「検見川無線」が俗称だったようだ。

いつから「送信所」という言い方が一般的になったのかは分からないが、同じく無線局には岩槻受信所があり、それとの区別をつけるためだったのかもしれない。岩槻受信所は、日本武道館などを手掛けた山田守氏によるもの。既に取り壊されている。


岩槻受信所

musenhozon.jpg

日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
<a href="http://moleskine.air-nifty.com/photos/kemigawamusen/" target="_blank"><img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/47/0000060947/20/img2159e7f1zik6zj.jpeg" width="170" height="60" alt="musenhozon.jpg" border="0"></a>











去年の日記は?


2006/8/31 夏の終わり、プール清掃





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震災で生まれた元町公園(文京区)を歩く

明日9月1日は防災の日。

1923年9月1日の関東大震災にちなんで、制定された。

能登、中越と大規模な地震が続いているが、千葉を震源地とする地震が連発したこともあって、他人事とは思えない。

ちなみに、千葉市の場合、

「千葉市安全安心メール」
http://www.chiba-an.jp/

というものがある。

地震が発生すると、3分後に情報が届く。また、市内でどんな犯罪が発生したのかなども送られてくる。携帯電話のメアドに登録しておくと、便利。

さて、関東大震災の反省と復興を願って作られた東京文京区の元町公園に行ってきた。

2007/08/23 都内の小さなオアシス元町公園

知る、調べる、現地に行く、人に会う。
これが僕の思考の流れになっていて、クセのようなものだ。

幸いにして、場所は水道橋から徒歩5分。地図では確認しなかったが、JR水道橋駅を降りて、御茶ノ水方面に坂を上がっていくと、すぐ。ビルの谷間にある、ほんの小さな公園だった。

分離派建築博物館では02年撮影の公園の様子が見られるが、5年後のいまはさらに老朽化が進んでいた。ただ、アールデコ調の装飾は、世間並みの公園とは違う趣き。

完成当初は素晴らしかったんだろうなぁ。



上の写真でも分かるとおり、シメントリーがポイントになっている。



中央部には水が流れていたようで、夏場は涼しげだったに違いない。



文京区はここを壊して、体育館を作る計画を立てた(現在、反対運動により、頓挫中)。そんな考えだけに整備されているような感じはない。緑だけではなく、花などを植えたら、さぞきれいだろう。



文京区は都内でも比較的、緑の多い場所ではある印象だが、この周辺はビルが乱立している。ここは壊してしまっていいのだろうか?

文京区には残す努力をしてもらいたいと同時に、美化を考えてほしいものだ。

防災グッズはこちら。

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日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

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2006/8/31 夏の終わり、プール清掃



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2007年8月30日 (木)

湯布院・九州自動車歴史館

大分・由布院旅行の写真も今回が最後。70代男性、50代男性、僕の奇妙な組み合わせで行ったわけだが、写真を撮っているのはなぜか僕が単独行動を取っているしかない。もっとも、3人でいるときは飲んで、食ってというのが多かった。世代を超えた”三銃士”の雄姿も収めたかったのだが。

26日(日)午前、レンタサイクル(ママチャリ)を借りて、サイクリング。カモの行列に遭遇。決定的なチャンスは逃したけど。



由布院には美術館がいっぱいあるが、男なら、ここだろう。九州自動車歴史館(入場料は800円)だ。

僕は世間の男性並の車への興味はないが、それでも、ちょっとした興奮だ。

インディアン!実物を初めて見た。




世界最速のインディアン スタンダード・エディション
特別価格 2,812円 (税込 2,952 円) 送料別

ピンクキャデラックの前で記念撮影。これは僕が自分の意思で見る数少ないテレビ番組「なんでも鑑定団」に登場したとか。果たしていくらついたのか?ジャカチャン…。



ピンク・キャデラックといえば、クリント・イーストウッドでしょう。僕がもっとも好きな俳優で映画監督の一人。

ピンク・キャデラック 期間限定

いっぱい車の写真は撮ったが、ポルシェ&コンパクトカー好きに捧ぐ2枚で、大分・由布院弾丸ツアーは締め。





写真はCaplio GX100で撮影。


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由布院駅 by 磯崎新

奥に見えるのが由布院駅。地面に置くと、駅前がジオラマのように見える。



駅舎は磯崎新らしい斬新なデザイン。設計には1989年いっぱいかかっている。建設も90年2月〜12月まで。



地方の駅は切符がなくても中に入れるのがいい。こんな小さな駅になんと3両の電車が集合。



なんか雰囲気があって、いいなぁ、この車両。



写真はCaplio GX100で撮影。


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2006/8/30 パーゴラ改造



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●湯布院の朝

泊まったのはここ。「旅館はちょっと」という人にオススメ。ホテルのような快適さと旅館の風情もある。


由布院温泉 湯布院 やわらぎの郷 やどや

6時前に起きたので、散歩。朝の散歩(or ジョギング)は旅の日課。









写真はCaplio GX100で撮影。


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去年の日記は?


2006/8/30 パーゴラ改造



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●夏の終わりの初プール

28日初めてプールを出した。



去年は7月15日には出していた。

2006/07/153mプール!

今年も猛暑で、いつだってプール日和だったが、娘は7月末からトビヒになり、プール禁止と宣告されたのだ。

地元の皮膚科では薬が合えば、3日で治ると言われたが、ちっとも良くならず、間接部、さらに臀部、デリケートな部分まで広がった。

そのうち、配偶者まで顔にブツブツ。こちらは日光過敏症と診断された。

その後、、サン・クロレラサン・ウコギを買い、配偶者も回復。娘は配偶者の実家近くの皮膚科で処方された薬がバッチリあったようで、やっと完治。待ちに待ったプールだった。


サン・ウコギ粒×サン・クロレラA 6カ月セット
価格 26,460円 (税込) 送料込

「やっと夏が来たね」

水着に着替えた娘に、そう言うと、とびっきりの笑顔で応えた。

「友達誘っていい?」

どうぞどうぞ。

近所の友達を誘って、水遊び。



僕も今夏初のプール。台風でオジャンになった無人島ツアー用に買った水中ハウジングがやった試せた。

なかなか面白い。海で使えなかったのが残念だ。





しかし、このプール。僕の庭には大きすぎた。プールがあると、洗濯物も干せないし、往き来も大変。

少なくとも後2回は遊んでもらわなくては。

水を貯めるのに、1時間以上かかっている。いったい、いくらかかっただろう?配偶者には「最近、水道代がいつもより2000円高いんだけど」といわれたばかりなんだよなぁ。

しかし、今朝もすっかり秋めいている。季節の移り変わりって早いなぁ。

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2006/8/30 パーゴラ改造







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2007年8月29日 (水)

磯崎建築のスクラップ・アンド・ビルド@大分市

磯崎新が設計を手がけた旧大分県立大分図書館(現アートプラザ)再生によって、大分での磯崎建築への考え方は少し変わったようだ。

アートプラザでは、磯崎氏設計の建物マップを作っている。25日も暑い日だったが、可能な限り、散策してみようと思った。

もともと旧大分図書館は、磯崎氏のデビュー作、大分県医師会館(現存せず)と隣接する形で建っていた。この周囲には、中山邸(現存せず)、辛島邸、福岡シティー銀行大分支店があり、ちょっと歩けば、新大分県立図書館(新しいものも磯崎氏が手がけた)、岩田学園、大分市視聴覚センターがある。

これだけの磯崎作品が一挙に見られるのは出身地である大分ならでは、と言える。

早速、辛島邸(1977年11月-78年3月)に向かってみた。

地図通りに歩いたつもりだが、見つからない。

近くを通りかかった男子学生に聞く。

彼はパンフレットの地図を見ると、

「へえ、磯崎さんの建築を見て歩いているんですか。辛島邸は病院ですよ」
と言って、道順を教えてくれた。

実際の街を歩くと、地図はややおおざっぱなものであることが分かった。地図上は四つ角に立地しているように書いてあったが、数軒先に辛島邸はあった。





さらに福岡シティー銀行大分支店へと向かう。今度は女子大学生風の2人組に聞く。

「こんなビルあった?」
と首を傾げ、相方に聞く。もう一人も分からないという。

ただ、目の前にあるという大分銀行なら、分かるといって、教えてくれた。

彼女が「こんなビルあった?」といった理由は現地で分かった。

建物が存在しないのだ。ただ、磯崎作品を示す看板だけが残っていて、建物名は白く塗りつぶされている。



工事現場の予定建物名には「大分ホテル」とあった。
道路に出ていたガードマンに聞いてみた。

「ここは福岡シティー銀行大分支店ではなかったですか?」
「6月だったかな、取り壊したよ」
「まだ看板が出ていますが?」
「俺たちの市役所がさぼっているんだな」

新しい建物建設にかかわっている人間であるから、仕方のないことだろうが、取り壊しには何の感慨もないようだった。

ちなみに僕がランドマークとした大分銀行は新しいビルの方で、そこから少し歩くと、赤レンガの建物がある。名前はそのまま「赤レンガ館」(登録文化財)。ここが旧大分銀行で、今も営業所として現役だ。



この建物の目の前は商店街で、「赤レンガ通り」という名前だ。



どこかで見たようなデザインだと思ったら、設計者は、東京駅、旧日本銀行本店の設計者として知られる辰野金吾氏。大分も千葉同様、空襲に遭い、かなりの被害を受けたようで、このレンガ館も周囲のレンガ壁を残して焼失。昭和24年4月に再建竣工された。

東京駅については最近、こんな本が出た。


東京駅はこうして誕生した


赤レンガ館についての詳細は大分銀行のHPで。

建物が残った 近代建築の保存と転生
本体価格 2,800円 (税込 2,940 円)

写真はCaplio GX100で撮影。


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日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

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去年の日記は?


2006/8/29 浸透性塗料インウッド シダー色





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取り壊しから一転、再生となったアートプラザ(大分)

旧大分県立大分図書館から装いを新たにしたアートプラザは市民ギャラリー、制作室を持つ施設だ。作って飾ろうという2つの機能を持つという点は安藤忠雄氏の直島と同じ発想だ。


正面から撮影
大分県大分市荷揚町3-31
TEL:097-538-5000 
FAX:097-538-5060
公式サイト 

メーンの入り口は長いゆったり傾斜のスロープを上がった2階。



最大の目的は磯崎新氏設計の模型、パースを展示する3階磯崎新建築展示室。

入場は無料。土曜だが、客は僕1人。「建物が残った 近代建築の保存と転生」を読んできたというと、受付の女性(美人)は「こういう風に残り、よかったです。建築関係の方ですか?」と聞かれた。やはり、建築関係者の来訪が多い、という。

このアートプラザへの保存・再生のきっかけも日本建築学会がアクションを起こしたことだった。

僕は建築関係ではないが、同じく取り壊しの危機にある検見川送信所を保存したいと思っており、参考にさせていただくためにやってきたと言った。

08年4月から運営は市から民間に移った。掲示板には、そのお知らせと利用者の声が載っている。

掲示するくらいだから、当然好意的なものばかりなんだけども、「感じがよくなりました」などとある。






現在、展示しているのは「磯崎新の最近作−日本・中国・ヨーロッパ・中東−」(08年1月末)。作品は磯崎氏らしい大胆な外観が多いが、逆に景色に馴染ませる試みも行っている。最近の建築界の流れは、主張する時代からいかに環境に合わせるかという流れになっているのかもしれない。

3階展示室の入場は平日30人程度というから多くはない。展覧会そのものは面白く、もっと見られてもいい気がする。



こういうギャラリーでは、撮影禁止が多いが、「撮影ご希望の方はお声がけください」とある。

聞いてみると、ネットでの公表は不可だが、個人利用であれば、撮ってもいいのだという。撮影はしたが、残念ながら内部はお見せできない。興味を持った方はお出掛けください。

建物が残った 近代建築の保存と転生
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大分〜由布院をゆふDXで

最近、鉄道人気がぶり返してきた。

僕も小学校高学年の時はNゲージが欲しくて、お年玉か誕生日プレゼントとして買ってもらったクチだ。今も実家のどこかに眠っているはずだ。真っ赤なディーゼル機関車とブルートレインだったと思う。秋葉原の交通博物館も行ったし、いくつか行き先のプレートも持っていたなぁなんて思い出す。



今回の大分、由布院の旅では、飛行機、ホバークラフト、電車、高速バスを使ったが、旅情を感じたのは電車だった。

旅先の電車はいつも新鮮だ。まったく違う車両、違う景色。飛行機では早すぎるし、バスはもっぱら高速道路で味気ない。電車は山あいだけでなく、繁華街を持つ駅を通り、停車もするわけだから、ちょうどいいリズムで風景の移り変わりが楽しめる。

25日午後6時50分、大分発のゆふDXで由布院へ。



車内にはカウンターもある。



「ゆのひら」は「男はつらいよ」の舞台だという。


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途中、夕焼けが迫る。山に太陽が落ち、空が複雑に色を染める。



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2007年8月28日 (火)

磯崎新氏のアートプラザ周辺

しばらくは大分・湯布院旅行を写真を中心に紹介。第1回はアートプラザ周辺。

磯崎新氏設計のアートプラザに行くには、ホーバークラフト乗り場から市内バスに乗り、大分合同新聞前で降りる。目の前にお堀と城壁が広がる。大分城(府内)跡だ。

アートプラザとは何かは過去記事に書いた。

2007/08/17●建物が残った〜大分アートプラザの場合

城の本丸はなくて、壁だけが残っている。本丸の代わりには文化会館がある。

東京に住む大分出身の友人は「何にもないところですよ」と謙遜するが、城下町らしい雰囲気がしっかり残っている。



バスの運転手に教えられた通り、通りを右に曲がると、アートプラザの看板があった。



後方に見えるのはアートプラザ。感激のご対面と行く前に、周囲を見回った。道を折れると、見事な白壁がある。「文化財です。大切にしましょう」といった看板も見える。



再びアートプラザから城を眺めると、堀をつなぐ廊下橋が見える。「マディソン郡の橋」は、こんな屋根つきの橋だったなぁ。フィレンツェでも、こういった橋を見かけたが、日本で見るのは初めて。



面白そうなので近づいてみた。城郭と松栄神社とつないでいて、現在も通行可能。と思ったら、平成8年度に復元されていた。

神社の辺りは廓(くるわ)だったそうで、芸能、茶が楽しまれたそうだ。



中に入ると、太陽の光が廊下に模様を描いていた。



こうした昔の文化財を保存、復元しようという土壌があるからこそ、旧大分県立大分図書館もアートプラザとして残されたのかもしれない。

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2006/8/28 浸透性塗料インウッド シダー色




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2007年8月27日 (月)

由布院駅

昨晩は零時すぎまで飲んだらしい。正確な時間は分からないが、部屋に戻ったら、テレビでF1をやっていた。

帰りは前回の記事で書いた経路。湯布院バスセンター〜福岡空港〜羽田。5時半になんとか起きたが、バスで少し寝て、飛行機では爆睡。富士山上空を通るから窓側から空撮しようと思って、窓側を予約したのに。

湯布院では映画祭の実行委をやっているはずの大学時代の後輩Aに会えるかと期待したが、それは叶わず。

ただ、実行委員長にお会いしたら、「Aは直属の後輩だ」とおっしゃる。ケータイにかけてくれて、話をすることができた。

Aは気が付けば、僕が以前、3年間ばかりしていた仕事をやっていた。一昨日、大分市のアートプラザに立ち寄ったわけだが、勤務先は目と鼻の先だった。

まあ、15年以上音信不通の後輩の消息も知れたので、後日連絡も取ることもできる。

今回の湯布院行きは、取り壊しの危機にある検見川送信所がきっかけだった。保存活動で残った磯崎新氏のアートプラザを見るつもりで決めた。そして、湯布院でも磯崎氏設計の建物に出会う。

それが由布院駅だ。なんだか不思議な縁だ。












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2007年8月26日 (日)

●湯布院の移動は自転車で

今回の湯布院行きのメンバーは新宿ゴールデン街でよく遊ぶAさん(71)、50歳の脱サラ男性Bさん、それに38歳の僕。年代もバラバラの男三人の珍道中です。まぁ、こういう取り合わせもないでしょ?

一体どんな関係なのか、分からないでしょうね。

僕の最年長の友人が気のおけない方で、しかも、有難いことに事あるごとに誘っていただけるので、遠慮のない僕はホイホイと付いていくわけです。うちの父より年上ですが、この方はタフです。飲むと、朝までですから。

旅行には前から誘われていたけど、決めたのが土壇場だったので、宿もバラバラ。

今晩泊まって、明日の朝帰って、そのまま仕事。いやぁ、仕事を持った大の男が遊ぶって、大変です。

明日は朝8時の大分空港発の飛行機を予約したのですが、湯布院からはこの時間、バスも電車もないことが昨晩、判明(汗)。

まあタクシーでいけばいいんでしょうが、空港までは車で1時間。一体いくらかかる?

昼までに仕事場に行ければいいのですが、大分空港では便数が少ないので、うまくいかない。

用意周到なAさんは地元の方から聞いて、「通は福岡から帰るらしいです」と教えてくれた。

ということで、調べてみると、6時半の福岡空港行きのバスに乗ると、昼までには東京の仕事場に戻れるらしい。

朝はバスの予約、飛行機の変更を済ませて、レンタサイクルを借りて、サイクリング。湯布院には駅前に二ヶ所、貸し自転車屋さんがあります。

湯布院のような小さな町の移動にはレンタサイクルはオススメ。僕は旅先ではよく自転車を借ります。ベネチアのリド島というところに行った時も自転車で島を1周しました。

湯布院の場合、1日借りても1000円。タクシーを使うより安い。観光スポットは道も狭いので、車の移動は時間も金もかかります。だけど、自転車なら狭い道もスイスイ。

レンタのママチャリに乗っていたら、馬車に遭遇しました。馬車もいいかも、と思ったりして。ちなみに人力車もありますよ。











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2006/8/26 庭へのアプローチ





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●湯布院へ

25日午後6時50分、大分発の特急ゆふDXで湯布院へ。

東京では見かけないタイプの電車だったので、撮ってみた。所要時間は50分。あっという間だ。

ちなみに、大分空港からは大分市内も由布市内(市の名は「湯」)も同じ50分〜1時間。











去年の日記は?


2006/8/26 庭へのアプローチ



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2007年8月25日 (土)

●アートプラザ

朝からおにぎり二個だけで食うものも食わず、今回の旅の目的のひとつであるアートプラザに向かった。

ここはもともとは大分県立図書館(1966年)で、大分出身の世界的な建築家磯崎新氏が設計した。90年代に入って、取り壊しの話が持ち上がったが、反対の声によって、アート施設として再生されることになった。

95年には県が市に無償貸与、再び磯崎氏の手によって、リニューアルのための設計がなされ、翌96年から工事が始まった。運営にあたっては条例も定められ、98年からアートプラザとして、市民アートの展示のほか、制作の場として親しまれている。また3階には磯崎氏の作品模型、パースなどを常設展示。スクラップ&ビルドの運命に晒されている近代建築の新たな可能性を提示した。

建物を見ると、コンクリートの塊が突き出し、途中でスパッと切られている。これは建物としての拡張の可能性「未来」と「断絶」を意味するようだ。

とにもかくにも、磯崎氏の初期の傑作がこのようにして残され、活用されたのは大きな事件と言える。

写真では見ていたが、実際見ると、迫力が全然違う。

近代化遺産である検見川送信所も、このように残せないものだろうか。











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2006/8/25 北欧インテリアの宝庫「TIMBER YARD」@稲毛海岸



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大分のホバークラフト(2009年10月廃止)

今回の旅の目的地は湯布院なのだが、空港で同行する二人と別れて、大分市内に向かう。

磯崎新氏が設計した旧大分図書館(現アートプラザ)を見たかったのだ。

市内へはバスでも行けるが、乗ったことがなかったので、ホーバークラフトを選んだ。バスが一時間かかるに対して、ホーバーは25分。ただし、値段は高い。2950円。

乗り場は陸で、飛行機のような階段が架けられる。100人乗れるが、ワンマン運転。船長がお出迎え。

「右と左、どっちが眺めがいいですか?」と聞くと、「どっちも同じですが、右でしょうか」と返ってきたので、右に座った。

S字クランクをボディをスライドさせて走り、海へ。
「どっちも同じ」の意味はすぐに分かった。

海面を走ると、窓に水滴がついて、外はよく見えないし、見えるのは海だけ。

海面を走るというのは奇妙な感じ。乗り心地はよくない。遊園地のティーカップも苦手な僕は、すぐに気持ち悪くなってしまった。やれやれ。

大分ホバーフェリーは国内唯一のホバークラフトだったが、経営難のため、2009年10月末で運行を打ち切ることになった。(2009年10月、追記)

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●大分へ

大分に行きます。写真は羽田空港の展望台から。











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2006/8/25 北欧インテリアの宝庫「TIMBER YARD」@稲毛海岸



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2007年8月24日 (金)

安藤忠雄「連戦連敗」


連戦連敗
本体価格 2,400円 (税込 2,520 円)

この連戦連敗こそが、安藤忠雄のキーワードなんだと思う。

現代建築の雄が?とギャップを感じる人も少なくないと思うだろうけど、実際に連戦連敗なんだそうだ。

つまり、大きな施設などは施主が条件を出し、建築家のコンペで決まる。出した図面が気に入られれば、面接に呼ばれたりして、プレゼンを行う。

骨身を削った仕事も、コンペに勝たなければ、ただなのだから、建築家はタフな仕事だ。

連戦連敗とは自虐の言葉であるが、同時に、安藤氏の決意、開き直り、力強さを感じる。つまり、これは挑戦者としての決意表明なんだろう。

安藤氏は長らく不遇の時代を送った遅咲きの建築家ルイス・カーンの生き方を紹介し、最後にこう結んでいる。


マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して(DVD) ◆20%OFF!

生きるとは何か、人間の生とは何か。その答えは一人一人が、それぞれの生き方を通じて表すものである。私もできるならば、カーンのように闘い続ける生き方を選びたい。自分の信じる道を最後まで貫き通したい。

カーンの遺した言葉の中に、私が目にした中で最も気に入っているものがある。

「創造とは、逆境の中でこそ見い出されるもの」


元ボクサー。ファイトマネーで世界を放浪し、独学で建築を学んだ安藤氏にとって、「建築は闘いだ」という。全身全霊を捧げるのが建物だ。

しかし、安藤氏の考えがすごいとは思わない。建物は人々が日々暮らす場所であるから、むしろ、当然なんだと思う。闘いの産物が建物でなければならない。

もっとも、全てのプロフェッショナルと呼ばれる人にとって、仕事というのは闘いである。人様から金をもらうということは、そういうことだ。

僕も安藤氏と同じく連戦連敗だ。そして、不名誉ながら、その記録を更新中だ(汗)。

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安藤忠雄氏の近代化遺産の考え方〜「連戦連敗」より


連戦連敗
本体価格 2,400円 (税込 2,520 円)

安藤忠雄氏の「連戦連敗」から、近代化遺産に関することを書こうと思ったのだが、違う話になってしまったので、改めて。同書では、近代化遺産という言葉はでてこないが、そうとらえても間違いないと思う。

安藤氏が手掛けたものの中に同潤会アパートの再建がある。ここは日本の集合住宅の先駆けとなった貴重な建物。取り壊して、まったく新しいものを作るというアイデアもあるが、安藤氏は古い建物、風景を生かし、再現する道を選んだ。

住民説明会にも出席するが、半分以上の住民の反対を受ける。彼らは住む人間として、旧アパートの不便さを味わってきたからだった。

古い貴重な建物だから残そうというのは簡単だが、住民あっての建物。理想と現実には大きな壁がある。

この後、同潤会アパートは昨年2月、表参道ヒルズとしてオープンしたが、この本が出た2001年当時は悪戦苦闘の日々だった。

安藤氏は「どれだけ効率が悪くなろうとも、また歴史家が納得するような完璧な結果を出せなくとも、建物の記憶を残していくという、この主題だけは、その可能性を探し続けたいと思っています」と書いている。

さらに旧いものをいかに残し、生かしていくかは世界的な流れであり、こうした議論は日本でも建築・都市を考えていく上で大事な位置を占めるという。

スクラップ&ビルドから、修復・保存へ。これは建築業界には厳しい未来を意味するが、安藤氏は日本にも起こりつつある新しい流れを歓迎している。

しかし、スクラップ&ビルドという考えは日本人には強く根付いていており、修復再生には、よほどの覚悟がないと難しいともいう。

安藤氏は60年代から過去の遺産を新しい時代に有効利用することを提言してきた。しかし、それはほとんど顧みられることはなかったという。

1995年の阪神大震災では多くの建物が壊れた。中にはまだ修復可能な美しい民間の建物があったそうで、修復を呼び掛けたが、企業は提言を煙たがっただけで、建物は取り壊されていった。震災からの復興という深刻な事態があったとはいえ、何とももったいない。

建物は都市の記憶であるだけでなく、人々の精神面にも大きな影響を与えると僕は思う。

古くなったから棄てればいい。こんな都市形成は若者への影響者たちの弱者への犯罪は、がまったくないと言えるだろうか。

近代化遺産は、僕ら父、母、祖父、祖母たち時代の人々の生きた証だ。

ところで、先日、訪れた市民ネットではこんな話も耳にした。

検見川神社の流れを組む宮野木甲神社のご神木が勝手に伐採された、というものだ。

隣は宅地開発をしており、木下工務店など複数の会社が地権者。山口住販という不動産業者が一戸建て建築にあたって、切ってしまったのだ。

問題の土地はホームページでも売り出し案内が出ている。

ブログ甲大神御神木伐採事件に詳しい。

宅地の名前は宮野木ウッドタウン。このネーミングはブラックジョークなんだろうか?

恥ずかしながら、僕はまったく知らなかったが、今年初めのことだそうで、フジテレビのニュースで取り上げられるなど話題になったらしい。建築物だけじゃなく、ご神木までか、という思いだ。

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2007年8月23日 (木)

●市民ネットいなげへ行政相談

musenhozon.jpg

日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
<a href="http://moleskine.air-nifty.com/photos/kemigawamusen/" target="_blank"><img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/47/0000060947/20/img2159e7f1zik6zj.jpeg" width="170" height="60" alt="musenhozon.jpg" border="0"></a>

22日、検見川のSNSで知り合った方の紹介で、市民ネットワークいなげに行ってきました。市民ネットでは月に何度か行政相談を行っているようです。


開局当時の検見川送信所「検見川無線史」より

検見川送信所の保存を要望するとともに、市政の背景をお聞きするのが目的です。

政治というと、なんだか生臭い話だなぁとお思いの方もいらっしゃるでしょう。正直言うと、僕も苦手なところだったのですが、よくよく考えれば、生活というものはそのまま政治に直結しているわけです。

日本では政治不信がそのまま政治への無関心を生み出したと思うのですが、そんな時こそ、政治に関心を持たなければいけないのかも知れません。

一部の政治家(そう思いたい)は、市民の無関心を良いことに、自分の利権を得るのはたくさんの例で明らかでしょう。

僕は検見川送信所について調べているうちに、千葉市の財政が真っ赤であることを知りました。市が赤字であるということは、僕ら市民への税の負担が大きくのし掛かり、今後、福祉サービスが悪化する可能性があるわけです。

こうなれば、暮らし向きが悪くなるわけで、そうなれば、引っ越す人も増えるでしょう。人口が減れば、さらにそれぞれの負担は大きくなり、悪循環は加速すると思われます。

市だから潰れない、大丈夫という神話は既に崩れています。北海道夕張市の財政破綻がいい例でしょう。それでも、無関心でいられるでしょうか?

さらに、僕の政治的なスタンスを申し上げますと、特定の支持政党はありません。実は市民ネットの候補者にも投票したことはありません。というか、その存在をよく知りませんでした。(市民ネットの方には申し訳ありません)。

今後も、行政相談などを行っている政党、議員には会っていくつもりです。そうすることで、各政党、議員の考えは明らかになるでしょう。検見川送信所に関する対応だけで、決める気はありませんが、これを切り口に、誰が市民のことを思い、誰が利権を貪っているのかは分かるはずです。

千葉市の財政赤字の原因は、無計画なハコ物行政の賜物で、現在は、その集大成たるQiball(きぼーる)という複合施設、利用者の少ない千葉都市モノレールの拡張が進んでいます。

無用なハコを作り、どこかで市民の金をくすねている奴がいるわけです。さて、誰なんでしょうね。僕は単なる一市民に過ぎませんが、調査能力には自信があります(笑)。

市民ネットについては紹介できるほどのデータはありませんが、いわゆる政党とは違う印象。議員の任期は2期までとあらかじめ決めているそうです。

ブログでは「市民ネット3つのルール」というものが目を引きます。

1.議員はローテーション
2.議員報酬は市民の活動費
3.選挙はすべて手づくりで

市民ネットいなげでは、常賀(つねよし)かづ子市議ら5人の方が話を聞いてくれました。

続く









去年の日記は?


2006/8/23 むき出しコンクリートにラティス設置



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都内の小さなオアシス元町公園

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日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
<a href="http://moleskine.air-nifty.com/photos/kemigawamusen/" target="_blank"><img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/47/0000060947/20/img2159e7f1zik6zj.jpeg" width="170" height="60" alt="musenhozon.jpg" border="0"></a>

しばらく、この検見川送信所ネタが続くと思うので、思い切って、ブログ題名を変えてみました。

検見川送信所J1AA〜モールスキンとめぐる冒険。

「モールスキンとめぐる冒険」のモールスキンとはノートブックのこと。文具ネタはほとんど書いていませんが、毎日使っているノートでもあり、愛着はあるので、相変わらずサブタイトルとして残すことにしました。


ヘミングウェイ・ピカソが愛したノートMOLESKINE(モールスキン) クラシック スクエアーノート...

検見川送信所の保存というのは一見、固いテーマのようで、コメントしにいところはあるかもしれませんが、自由に書いてくださると、ありがたいです。

個別にも、いろいろ情報を教えてくださる方もいて、大変参考になっています。

ある方からは以下の情報をいただきました。

SOS! 元町公園
http://www.toshima.ne.jp/~tatemono/page044.html

元町公園・ぱぱっと会議 活動日記
http://www.npo-rprogram.jp/motomachi/blog/

元町公園というのは、水道橋の東京ドームの近くにある公園だそうです。

1931年9月1日に起こり、10万人の死者を出した関東大震災。樹木の多い庭園や丘に逃げ込んだ人たちは大木に守られて生き延びたそうです。そんな教訓をいかし、都内には52の震災復興小公園が作られたそうです。

元町公園は地形の特性を活かして階段状に展開し、アールデコのデザイン等を取り入れたモダンなデザインが印象的。開園は1930年。

震災復興小公園はその後、どんどん壊されていったそうで、元町公園は唯一、原形をとどめている貴重なものだそうです。東京ではビルが過密ですから、大震災などが起こった時は避難場所としての利用もあるでしょう。

しかし、区はここを取り壊し、巨大な体育館を建設する計画を立ち上げたそうです。

貴重な公園が壊されるだけでなく、避難場所としての機能も失うわけです。ヒートアイランド現象が問題になっている中、都内の緑を失うことは大きな損失とも言えるでしょう。

市民団体の「たてもの応援団」などが取り壊し反対を訴えており、積極的な活動をされているようです。その成果もあって、現在は体育館の計画は止まっているようです。

検見川送信所だけでなく、大正から昭和にかけて作られた貴重な建造物・構造物はどんどん取り壊しが進められています。

以下はまさやん0386さん から教えていただいた情報です。

検見川送信所は、大正から昭和にかけて重要な建築物を建てた吉田鉄郎氏によるものですが、同じく吉田氏が設計した大阪中央郵便局、東京中央郵便局も取り壊し、高層ビル化しようという計画が持ち上がっているそうです。


建築家・吉田鉄郎の『日本の建築』

東京中央郵便局はJR東京駅の丸の内側にあり、レンガ造りの東京駅ともマッチしています。

やはり、この高層ビル化計画には、DOCOMOMO JAPAN という組織が保存を要望するなど活動を行っています。

DOCOMOMO というと、携帯電話会社のパロディかと思われた人もいるかもしれませんが、ドコモモはDocumentation and Conservation of buildings,sites and neighbourhoods  of the Modern Movementの略で、モダン・ムーブメントにかかわる建物と環境形成の記録調査および保存のための国際組織ということです。

それぞれ抱えている背景、問題は違うと思いますが、こうした大正・昭和初期の建物の取り壊しへの動きはみなさん、どう受け止めますか?









去年の日記は?


2006/8/23 むき出しコンクリートにラティス設置



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●市民ネットいなげへ行政相談 Part2

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日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
<a href="http://moleskine.air-nifty.com/photos/kemigawamusen/" target="_blank"><img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/47/0000060947/20/img2159e7f1zik6zj.jpeg" width="170" height="60" alt="musenhozon.jpg" border="0"></a>

検見川送信所は有名スポットだという声もある一方で、実は地元でも知らない人は少なくない。そんなことを感じました。

市民ネットでも、まったく知らなかったという方。存在は知っていても、どういう役割を果たした施設かまでは知らない方がいたり。

そもそも僕だって、ネット検索しているうちに初めて知ったくらいですから、そんなものなんだと思います。


夕焼けの検見川送信所

日本初の国際放送を行った功績を話すと、「そんな施設であるなら、史蹟めぐりのマップに入れてもおかしくないですよね」と常賀市議。

僕もそう思いますが、千葉市はこの施設を壊すことを考えているのですから、そんなことをするはずがありません。

前回の記事で書いた文京区が取り壊しをしたがっている元町公園(文京区本郷1丁目)。昨年、「日本の歴史公園100選」に選ばれたそうですが、文京区はまったくインフォメーションをしなかったそうです。

たてもの応援団による記事

自治体というのは、こういうものなんでしょう。しかし、こういうことをやるから、僕らは政治不信に陥るわけです。

検見川送信所の件は、送信所の地元で同じ市民ネットワークの長谷川市議にも相談していますが、常賀市議は教育の担当されていたそうです。千葉市は最近、地域文化財についての条例を改正した、ということを話してくれました。

「地域文化財を保護しようという話だったと思いますよ」と市議。
「でも、検見川送信所は地域文化財という枠では収まらないのではないでしょうか?」と僕。
「そうね…」

そんな会話が続きました。

ところで、条例改正したということは、当然、なにかワケがあるわけです。この背景を調べていただくようお願いしました。

その千葉市文化財保護条例とは、こちら

手が加えられたのは「第3章 千葉市地域文化財」。

(平成19条例23・追加)
(登録)
第19条 教育委員会は、市指定文化財以外の文化財のうち、次のいずれかに該当し、かつ、市の区域内に存する重要なものを千葉市地域文化財(以下「市地域文化財」という。)として登録することができる。
(1) 本市の一定の区域にとって歴史上、学術上、芸術上又は観賞上価値の高い文化財
(2) 本市の一定の区域における生活の推移の理解のために欠くことのできない文化財
(3) 前2号に規定するもののほか、市指定文化財に準じた価値を有する文化財

以下続く


条文を見ると、いろいろと細かく手が加えられているようです。

千葉市にとって、何か不都合な事項があり、変わったのではないかと思えるのですが、改正ではなく、改悪の可能性もあるのでは? と思わず疑ってしまうのです。

そういえば、最近、長沼の大仏の近くにあった島田家の長屋門が跡形もなく壊されました。江戸後期の豪農屋敷だったのですが、マンションか何かが建つようです。



この建物は千葉市が発行する『千葉市の散歩道』にも載っている建物ですが、文化財指定はされていなかったようです。移築されたのならいいのですが、単に取り壊しだったとすれば、江戸時代の貴重な建物が消えたことになります。どういう事情かちょっと調べてみたいと思います。









去年の日記は?


2006/8/23 むき出しコンクリートにラティス設置



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2007年8月22日 (水)

元官僚からのアドバイス〜検見川送信所保存をめぐって

21日夜、元官僚のAさん(50)と飲む機会があったので、検見川送信所が保存できる可能性を聞いてみた。送信所は区画整理事業の対象地域に入っている。
「都市計画で決まったことをひっくり返すのは難しいですよ」とAさん。

「官僚ってのは、理詰めで決めていくわけです。だから、理屈で突き崩すしかないですね。でも、都市計画ってのは、いろんな問題を抱えていて、なかなか前に進まないんですよ。ずっと廃墟状態なら、すぐに取り壊しってことはないでしょう」


ありしの送信所。鉄塔の上に空中線がめぐり、蜘の巣のようだったという

ほかの方からもメールで教えてもらったが、公共施設の予定地であると、変更は難しいのだという。

送信所跡は中学校用地になっている。その一部は一時、小学校用地にもなっていた。しかし、この少子化の折、小学校は不要ということになり、計画が変更された。中学校も建設が進まないのは少子化という事情があるようだ。しかし、送信所から500メートル先の稲毛区には稲毛中学校がある。区が違うとはいえ、こんなに隣接した場所に中学校は必要なんだろうか?

Aさんとの話に戻る。

Aさんは「計画変更は難しいが、方法はありますよ」と言った。それはここには書かないが、僕が考えていたことと同じだった。ただ、それを実行に移すには、もう少し準備が必要だ。









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2007年8月21日 (火)

「建築を語る」(安藤忠雄)★★★★


建築を語る

この本は安藤忠雄氏が20代の若者向けの講演をまとめたもの。建築家を志す人だけでなく、万人が読める内容だ。

安藤氏は新しいものだけでなく、古い建築物の再生も手がけている。本書で出てくるのは大山山荘美術館(京都)。イタリア、フランスには古いものを残す技術も材料も残っているが、日本にはそういったものは急速に失われていると、書いている。

結局、安藤氏は京大教授の意見も参考にしながら、70年前の竣工当時の近くに復元したそうだ。

安藤氏はいう。

「日本では経済の論理が優先され、歴史的にも文化的にも意義のある建築はどんどんなくなっていきます。それは近代化を達成するための代償として目をつぶらねばならないことでしょうか。私はそうは思いません」

フランスでは歴史的な建築物は保護されているという事実がある、という。たとえばでいえば、オルセー美術館は駅舎を改造したもの。ほかにもこんな例はゴロゴロと転がっている。

また、解体の話が持ち上がっていた「旧中之島公会堂(現大阪中央公会堂)」(大阪)では頼まれもしないのに、勝手に設計までして、行政に提案している。

送信者 辰野金吾建築

しかし、行政は「心配していただかなくても我々は考えている」と言い、没にしたそうだ。安藤氏でさえ、そうなのだから、行政を動かすことは難しい。

しかし、自分が住んでいる町が誰の物か?と考えたら、それは町のものではなく、そこに暮らす市民のものだ。大胆に言えば、考えるのは我々市民の方で、その希望をいかに叶えるのは行政の仕事なのではないか?

その反面、僕ら市民は市民であることをさぼりすぎていたんじゃないかなと思えてきた。

次は安藤氏のキーワードである「連戦連敗」を読もうと思っている。


連戦連敗

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初代所長が書いた「検見川無線の思い出」

musenhozon.jpg

日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
<a href="http://moleskine.air-nifty.com/photos/kemigawamusen/" target="_blank"><img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/47/0000060947/20/img2159e7f1zik6zj.jpeg" width="170" height="60" alt="musenhozon.jpg" border="0"></a>

検見川送信所の記録はけっして多くはない。

初代所長を務められた菊谷秀雄さん(1899/5/5)がお書きになった自伝「検見川無線の思い出」(平成2年3月発行)は貴重な歴史資料であると同時に、面白い読み物だ。

2部構成で、1部は昭和5年10月27日、日本初の国際放送が行われるまで、2部は昭和8年12月に米国出張を命じられ、米サンフランシスコに着くまでの船旅が描かれる。



この本は非売品で、著者の菊谷さんが図書館に贈呈したようだ。菊谷さんは本の終わりに、「謹呈」と題する手書きの文のコピーを残している。

菊谷さんの自伝を基に、日本初の国際放送がどのように行われたかを自分なりに書いていきたいが、まずは手書きの文から引用させていただきたい。

「当初、台湾との無線話開通のため、国産の部品を使って試作した、出力5キロワットの短波無線電話送信機J1AAを用いて、台湾と通話試験をする傍ら、日本と米・独・英との交歓放送を度たび行い、特に昭和五年(一九三〇)十月二十七日の夜には日・米・英の三国の首相が交るがわる自分の声を電波にのせて、世界中に放送した『軍縮放送』を行いましたので、『J1AA』と『検見川無線』の名は世界の隅ずみまで響きました。



今は撤去されたアンテナも鉄塔もなく、鉄塔の台座と局舎が残っているだけですが、これらも何日かは姿を消すでしょう。若き日に精いっぱい働いた『検見川無線の思い出』を書き綴って、後に残したいと思って筆をとりました」

(中略)

「お暇の折に読んで『検見川無線』を思い出して下さい。
 荒れ果てた旧局舎の前には記念碑だけは建っていますが、安達逓信大臣の植えられた記念樹もなく、人家は敷地の近くまで押し寄せています」


きっと菊谷さんは送信所は跡形もなく消えるが、この本を書き、図書館に預ければ、その送信所の歩んだ道だけは後世に伝えられるとお思いになられたのではないだろうか?

しかし、奇跡的にこの建物はまだ残っている。


菊谷さんご自宅の連絡先を知ることができたので、思い切って電話をかけてみた。8月15日のことだ。

長男の奥様という方が電話口に出てくれた。検見川送信所が取り壊しの危機にあることはご存じなく、びっくりされていた。

僕が「日本初の国際放送が成功した場面では胸が熱くなりました」と言うと、奥様は「そうですか、そうですか」と聞いてくださった。

思い切って、菊谷さんのことを聞くと、13年前に亡くなられた、ということだった。享年92歳。大往生である。この自伝を書かれてから、2年後のことだ。

もっと早くに、コンタクトを取るべきだった。昔を知っていらっしゃる方はどんどん天寿を全うされる。

送信所もどんどん風化していく。保存のために残された時間はあまりないだろう。

検見川送信所、コールサインJ1AA
この建物はまだ何かを送信している…


この1文を保存計画サイトに書き加えた。









去年の日記は?


2006/8/21 植え替えたゼラニウム、復活するか、枯れるか?





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2007年8月20日 (月)

検見川送信所のある検見川という町

検見川送信所のある千葉市花見川区検見川がどんな町か?首都圏近郊にお住まいの方は分かるかもしれないが、改めて簡単に書いてみよう。


夕焼けの中の検見川送信所

千葉市は東京のベットタウン。総武線、京葉線にはたくさんのマンション、一戸建てが並ぶ。
新検見川は幕張と稲毛の中間にある。東京駅から隣先の稲毛までは快速で35分。新検見川には快速は止まらないこともあり、駅前は稲毛に比べると、開けていない。

検見川の一帯は先に京成電鉄の検見川駅ができ、JRはその後に出来た。だから、新検見川駅という。ちなみに、閉局になるまでは電車からも、検見川送信所のクモの巣状に張り巡らされた空中線が見えたという。

江戸時代は漁業と海運の要地だった。江戸とは海路で、内陸へは花見川、御成街道を結んだ。以前、長沼の大仏について書いたが、この大仏も検見川までは海で運ばれ、その後は川を上り、御成街道を通ってきたらしい。



開けていたのは海岸沿い。今はシャッター街だが、昭和の木造建築が無数建っており、ちょっとしたタイムスリップを味わえる。

大正時代、送信所の周囲はかんしょ畑で、広大な土地が開けていたようだ。昭和5年には松井天山という人物が書いた「千葉県検見川町鳥瞰図」にも送信所(図右上)は載っているが、周囲から離れてポツンとある。

「Go!Go!しんけみがわ! 新検見川地域情報」菖蒲湯@検見川「梅の湯」の記事中に図版がある。

この場所が選ばれたのは東京から近く、広大な土地があったから。当時、電力会社はなく、各地場の有力企業が供給していた。というわけで、東洋一の大電力無線送信所は京成電鉄から、電気をもらっていたのだ。

ちなみに、千葉市史編纂委員会が編集した「千葉いまむかし No.4」(91年3月)によれば、庶民の家では電気は「東京電灯」との定額契約だったという。1軒に1灯で、それも30燭光(昔の光の明るさの単位、1燭光はろうそく1本分)分というから、それほど明るいものではなかったようだ。商店街はたくさんの電灯をつけるので、メートル制を用いられていたという。

送信所には、世界を渡った2人のコスモポリタンが関わっている。

1人目は送信所の設計は逓信省のエースで東大出身の吉田鉄郎氏。同年代には日本武道館などを設計した山田守氏がいる。吉田氏はドイツ語で「日本建築」の評論を出し、後に日本人の訳によって、逆輸入されたという才人。


建築家・吉田鉄郎の『日本の建築』

そして、2人目は検見川送信所の初代所長に着任したのは鹿児島出身で、東北帝大を卒業したキャリア2年目の菊谷秀雄氏。昭和9年には米客船に乗り、ハワイ経由でサンフランシスコに渡り、その後、ヨーロッパにも研修旅行した。

当時、実際は所長という肩書きはなく、主任。しかし、周囲から「所長さん」と呼ばれていたことから、菊谷氏自身も所長とついた判子を作っている。逓信省のお偉いさんからは所長判を見て、「そんな辞令は出していない」と怒られたらしい。

メンバーは各所から集められた。優秀な人材を喜んで出すところはなく、やや個性の強い人物がいたようだ。しかし、彼らが後の日本初の国際放送を成功させた。

また、新検見川の線路をまたいだ東側には東大農学部の研究施設&グラウンドもあり、研究に勤しんでいた。1952年には、1200年前の太古蓮を発見し、発芽、開花に成功させた大賀一郎博士が登場する。このニュースは米誌「ライフ」にも掲載された。



蓮の実が発見されたのは、弥生時代の遺跡から。検見川の文化、歴史を感じさせる。

こうしてみると、魅力的な要素を持った町だ。



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去年の日記は?


2006/8/20 浸透性塗料インウッドを追加注文





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2007年8月19日 (日)

「しのぶれど」房咲き

京成バラ園の和風アンティーク・タッチの薔薇「しのぶれど」が房咲きとなった。


写真はCaplio GX100で撮影。


《新品》RICOH Caplio GX100 VFキット
Map価格 56,000円 (税込 58,800 円) 送料別



百人一首にある平兼盛の和歌「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は  ものや思ふと 人の問ふまで」に由来する、この薔薇は時に和に見えたり、洋に見えたり、不思議な雰囲気は魅力。

今は玄関のメーンを飾っている。


バラ苗 フロリバンダ しのぶれど 大苗6号鉢 四季咲き中輪 アンティークタイプ 紫系
通常販売価格 2,600円 (税込) 送料別



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去年の日記は?


2006/8/19 プールカバー




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2007年8月18日 (土)

●夏の終わり、実家の庭

妻子(配偶者と嫡子と書きたいところだが、この表現は誤解を招くようだ。その誤解を楽しんでいたけど)が里帰りしたので、僕も自分の実家に行ってみた。昨日までの猛暑が嘘のよう。過ごしやすい。

父の引退後、実家の庭師は母から父に変わった。時間もあるので、芝を張ったり、山野草を植えたりして楽しんでいる。

ナスと大根が干してあった。ナスは太陽に当てると旨味が増すのだという。



セミの脱け殻が梅の木に張り付いていた。夏の終わりを感じた。



写真はCaplio GX100で撮影。


《新品》RICOH Caplio GX100 VFキット
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去年の日記は?


2006/8/18 鉢植えのブドウの復活劇



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「検見川送信所」保存計画バナー

数日前から、以下、バナー掲載のお願いをしています。製作は「Go!Go!しんけみがわ! 新検見川地域情報」の花園シンさん


musenhozon.jpg

日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機を迎えています。これを保存、再利用できないかを考えるプロジェクトです。

賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
<a href="http://moleskine.air-nifty.com/photos/kemigawamusen/" target="_blank"><img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/47/0000060947/20/img2159e7f1zik6zj.jpeg" width="170" height="60" alt="musenhozon.jpg" border="0"></a>

新たに2人の方がリンクを貼ってくださいました。

takaakのブログ

山荘きらら

海のものとも山のものとも分からないプロジェクトにご賛同していただき、ありがとうございました。同時に責任の重さも感じています。

小さなプロジェクトは1歩1歩ですが、確実に前に進んでいます。本日もちょっとした会合を行いました。参加者のご了解を得ながら、みなさまに公開していきたいと思います。

そして、意見をいただくことが大いに参考になっており、励みになっていることはぜひ知っていただきたいと思います。


僕の完全なミステイクなのですが、多少の誤解があるようにも思いました。

僕がどうして、この建物を残したいと思ったか? について改めて書きます。

僕がこの建物に出会ったのは趣味のひとつであるサイクリングがきっかけです。いろんな場所を走っているうちに、地元でもまだ知らない場所はあるなぁと感じている時に、「検見川送信所」というものがあり、それが取り壊しの危機にあるということを知りました。

迷った揚げ句見つけた、その場所は何とも言えないインパクトを持っていました。



ここは幽霊スポット、廃墟として全国的にも有名。確かに異様さもありましたが、建物そのものの造形は美しく、これほど強烈な印象を植え付けた建物はなかったといっていいかもしれません。

廃墟でありながら、建物そのものは竣工から90年を経ても原型を留めており、力強く生きようとしているように思えました。

その歴史を紐解いてみても、実にユニークです。

送信所は1926年当時、帝国主義にあった日本が国策として作った施設です。そのため、戦争の影が見え隠れしますが、その名を世界に知らしめたのは1930年(昭和5年)のロンドン軍縮条約締結を記念する浜口首相の記念演説を米英向けに放送したことです。これがNHKが行った日本初の国際放送となり、世界に平和への声と日本の技術の高さを知らしめました。

その後、浜口首相は襲撃され、失脚。日本は軍国主義を突き進み、送信所は軍事利用される一方、さまざまな無線の実験が行われ、無線技術の向上にも大きく貢献しました。今日、僕らの生活には携帯電話はなくてはならないものになっていますが、これにも検見川送信所は大きく関わっています。

この建物は人と人、国と国を結ぶという役割を正と負の面の両方でかかわっている「生き証人」と言えるのではないでしょうか?

建物としての生と死、歴史的には戦争と平和、コミュニケーションと断絶。そんなものが1個に凝縮されています。

さらに書きますと、戦時中の空襲で多くの建物を失った千葉市においては、貴重な大正時代の文化遺産でもあります。

新しいものはいくらでも作ることはできるはずです。ただ、古い建物は一度、壊してしまったら、同じものを作ることはできません。


送信所から見える幕張メッセ

送信所を保存・再生させることは過去を敬うことでもあり、反省することでもあり、同時に僕らの現在を見つめるきっかけにもなるはずです。そして、こうした建物を残すことは僕らの子供たちに未来を託すということでもあるんじゃないかと思うのです。

こうやって書くと、やっぱり重い、固い話なのかなとも思いますが、保存ができたら、どうやって使うか?を考えることは面白いではないでしょうか。

それには、検見川送信所の知られざるストーリーを掘り起こし、みなさんに知っていただくことだと思っています。次回は日本初の国際放送がどのように行われたか?を書いてみようと思います。違う話を書いたら、ごめんなさい。

写真は30Dで撮影。


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去年の日記は?


2006/8/18 鉢植えのブドウの復活劇





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2007年8月17日 (金)

「建物が残った 近代建築の保存と転生」★★★★

建物が残った 近代建築の保存と転生
本体価格 2,800円 (税込 2,940 円)

建築家、磯崎新氏が設計した旧大分県立大分図書館が取り壊しの危機から一転、再生利用された記録だ。


【天童木工】モンローチェア《1973年発売・磯崎新》
定価 376,950円 (税込) のところ
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検見川送信所の保存に絡んで、取り壊しから保存になった事例を探していて、見つけた。


朝焼けの検見川送信所

大分図書館は1966年に建設された。検見川送信所は近代化遺産に分類されると思うが、こちらは近代建築。しかし、こんな新しいものすら、壊される時期なのかと思うと、逆に驚きだ。

これは建物自身が老朽化したというよりは、書籍の収容数が限界に達し、建物の構造的にも今日的(階段が多いなど)ではないという機能面が大きいようだ。

スクラップ&ビルドという考え方は公共施設には一般的なのだろうか?

確かに、この国はそうやって発展してきたわけだが、それだけでいいのか?それは市民、国民のためになっていたのだろうか?

図書館の取り壊しの噂が持ち上がったのは92年秋、鈴木博之東京大学教授の新聞コラム。磯崎氏も「所感」を発表し、無念さと愛着を滲ませたが、しばらくは推移を見守った。建物は既に引き渡し済み。「取り壊しか」「保存か」それを考える主体は県民、市民にあるとゲタを預けたのだ。これには自治体への牽制もあった。

続いて、日本建築学会が保存要請を行い、「大分県立図書館を考える会」が発足する。「保存する会」としなかったのは、反対派も巻き込み、話題にしたかったという意図だった。

やはり、保存の声もあれば、逆もある。市内在住のある建築家(本書では実名)は「建築物にも死の美学、崩壊の美学がある」といった。

これには、建築家の西岡弘氏が反論する。

長いが省略できないので引用させてもらおう。

「建築を脳死の状態で置いておいてもしかたないという書き方をされていましたが、僕は脳死状態でも何とかして生かしておきたいという気持ちがあって、ご本人もいろいろ苦労して、それで亡くなっていくのが死の美学だと思うのです。それをもう機能しないからということでその生命維持装置を取ってしまう。これは死の美学ではない。単なる暴力だ」

結局、この「考える会」の動きに自治体は反応し、取り壊しは撤回された。11億円をかけ、耐震強度を上げる補修工事を行い、アートプラザとして再生した。

この中には磯崎氏が寄付した模型、パネル、設計図が飾られている。

この本のドキュメント部分は大いに参考になった。こうした先人の努力があるからこそ、僕もやっていくことができる。小さな声で始まっても、それは大きいうねりになる。磯崎氏も同書でそう書いています。

検見川送信所の保存は会にもなっておらず、まだまだ小さい声ですが、少しずつ手応えを感じています。

ところで、「来週末、仕事半分、遊び半分で大分・湯布院に行きませんか?」と誘われた。これは巡り合わせ。大分のアートプラザをめぐって、同じく磯崎氏が手掛けた湯布院駅を見てこようと思っています。

写真は30Dで撮影。


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●ブルーベリーちょっとだけ収穫



2週間前から色づき始め、ちょっとだけ収穫。水遣りの合間に味見といったところですが、まだちょっと酸っぱい。完熟させるほうがうまみが出るらしい。

と思いながら、ちょっとずつ食べてしまう。


2007/05/17 ティフブルーが結実中


musenhozon.jpg

写真はCaplio GX100で撮影。


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去年の日記は?


2006/8/17 窯焼きピザは薪をくべて



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2007年8月16日 (木)

検見川送信所に関する新聞報道

niftyの新聞記事検索(有料)を使って、「検見川送信所」をキーワードに検索してみた。表示されたのは7件。

千葉大教授が中心に行った「アートプロジェクト検見川送信所」がほとんど。

以下、2000.11.25 東京地方版/千葉「朝日新聞」からの引用

千葉大教育学部の長田謙一教授(芸術学)が日本の近代建築の幕開けとして貴重な建物となる同送信所本館の存在を知り、「過去の記憶を踏まえながら千葉のこれからを見通せないか」と考え、総合科目の「文化をつくる」の講義の中で、アートプロジェクトを企画。

とある。

僕は吉田鉄郎氏が設計した送信所こそが最大のアートではないかと思うが、保存の声はなかった。


朝日を浴びる送信所

一番勇気をもらったのは以下の記事。ATさんは、僕がこれまで書いてきたことを端的に表現していた。

2003.05.19付「朝日新聞」より

検見川送信所、局舎の保存を(声)
団体役員 AT(千葉県四街道市 60歳)

日本の文化財保護は十分といえず、歴史が目の前で消えていくのは残念でなりません。千葉市にある旧東京無線局検見川送信所の局舎もその一つです。

送信所は大正15年、逓信省により外国との通信を主な目的に開局しました。昭和5年、日
英米首脳のロンドン軍縮記念放送では、浜口首相による初の国際放送が発信され、検見川無線の名が世界に知られたそうです。技術革新が進んで送信所は昭和54年には閉局、多数の鉄塔が撤去されて局舎だけが残りました。

局舎は2階建てのモダンな建物で日本建築史に名を残す吉田鉄郎氏の設計と言われ、今でも
補強すれば十分使える状況にあります。しかし、市の区画整理事業では学校建設用地として取り壊される予定です。

隣接した公園用地を使って区画整理事業計画の変更は可能ではないでしょうか。取り壊す費
用は数千万円はかかるとのこと。その費用で美術館や博物館、文化ホールなどに改装して利用できれば、千葉市にとっても宝物になるでしょう。関係者の熟慮を望みます。


引用では意味をなさないと思った。ご本人と連絡を取り、全文転載の許可をいただいた。名前の部分のみイニシャルとしている。

さらに、Go!Go!しんけみがわ! 新検見川地域情報の花園シンさんがこんなバナーを作ってくれた。

musenhozon.jpg

今のところ、リンク先はこちら。もしよかったら、ブログ、ホームページで張ってください。

写真は30Dで撮影。


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去年の日記は?


2006/8/16 パーゴラ付の物置の改造PART3 扉のゆがみを直す



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●ミスター・リンカーン!!

暑すぎるので、休むことにした。

配偶者と娘は今日夕方から実家に帰る。しばし、独身。

ミスターリンカーンが咲いた。



前回、花が開いた時、これがミスター・リンカーン?と思った。黒紅色のはずが、ピンク。今度は黒紅色とまでいかないものの、赤となっている。


7月8日に咲いた花

前回は生育が悪かったのか、枝変わりだったのかもしれない。ただ、ハイブリット・ティーと呼ぶにはこぶり。これは時期外れのせいかもしれない。

庭の温度計は40度を超している。日陰において、この数字なのだから、日向は何度なんだろう?それでも、バラは花を咲かせる。このままなら、秋まで咲き続ける。

バラは美しくもたくましい。



写真はCaplio GX100で撮影。


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去年の日記は?


2006/8/16 パーゴラ付の物置の改造PART3 扉のゆがみを直す






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検見川送信所と関東大震災

5時ごろ、地震が起こり、すっかり目が覚めてしまった。震度3だというが、建物がきしむ音がした。

昨日夕方、検見川送信所の写真を撮りに行ったが、方角的にうまく光をとらえられなかったので、起きたついでに朝の送信所を撮ってきた。



なんだか古城のようだ。


「検見川無線史」に載っている1926年開局当初の局舎

今ではすっかり落葉樹が正面を覆っている。このおかげで、最初、ここが正面であることが分からなかった。



さて、今日は送信所開局以前のことを書こうと思う。

というのも、検見川送信所の開局には地震が少なからず関係しているからだ。開局から3年さかのぼる、1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災だ。


19世紀後半の通信はイギリスが掌握していた。世界各地に植民地を持つイギリスは海底線を使い、連絡を取っていた。

しかし、1895年9月、イタリア人マルコニーが6km間をモールス符号による無線電信に成功し、やがて、実用化されていくと、時代は有線から無線へと変わっていった。

ちなみに、あの「タイタニック号」の遭難事故は1912年。この事故は無線があったからこそ、生存者もいた。無線がなければ、全員死亡していたことだろう。



その後、各国は大規模な無線局を作るなど、イギリスに追いつけ追い越せだった。

日本といえば、千葉・銚子に銚子無線局を持っていたものの、大電力による無線局はなく、諸外国に大きな遅れを取っていた。そこで、大無線通信計画が出された。

計画案ではアメリカ方面、ヨーロッパ方面、対植民地、東南アジア、中国大陸方面と計5方面の無線局建設があげられたが、総額は最低でも2〜3000万円。とても国家財政ではまかないきれないと、実際はヨーロッパ局、外地局、国内局の3つに絞られる。

しかし、関東大震災で被害総額は100億円を越えると分かり、さらに計画は縮小。外地局と国内局は逓信省が、そのほかは民間の資本で建設することになった。

この外地局が岩槻と検見川送信所だった。無線電信施設費の予算は100万円。

条件は東京無線電信局から近く、地価が安い広大な平坦地。しかも、電力を取りやすい。

当時、電力は電力会社が集中的に行うのではなく、各企業が独自に供給していた。検見川の場合は京成電鉄があり、電力の確保も十分だった。



敷地総面積は23,788.06坪。検見川から稲毛に及び、地主も50人を超えたことから、買収は難航したが、当時の町長だった斉藤清次郎氏ら土地の有力者の尽力によって、大正12年12月27日に登記を終えた。

設計は逓信省経理課経理局営繕課が担当。「検見川無線史」には、その名前は出てこないが、設計者は逓信省のエース建築家・吉田鉄郎氏が手がけた、とされる。

このシンプルな概観は、関東大震災の影響で予算が少なかった影響かもしれない。



これを書いている間も、大きな揺れが。怖かった。

※参考文献
「検見川無線史」
「千葉県検見川町鳥瞰図」ほか

写真は30Dで撮影。


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去年の日記は?


2006/8/16 パーゴラ付の物置の改造PART3 扉のゆがみを直す




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2007年8月15日 (水)

終戦の日の検見川送信所

最近、検見川送信所に関する2冊の本を読むことができた。



初代所長を務めた菊谷秀雄さんの「検見川無線の思い出」と79年の閉局時にまとめられた「検見川無線史」(編・日本電信電話公社 東京無線通信部)である。この2冊は千葉市図書館で借りることができる。

検見川送信所は1930年(昭和5年)10月にはロンドン軍縮条約締結を記念した浜口雄幸首相の演説を米英に向け、放送。これが日本初の国際放送となり、「検見川」の名を世界にとどろかせた。

その技術の高さから、戦時中は軍事利用されたと推察されるが、その詳細は明らかになっていない。

「無線史」によると、各通信回線が休止となり、記録書類を焼却したとある。戦時中の送信所の役割はまさにミステリーではあるが、これこそが戦争にかかわっていたことを示す事実だろう。

回想録の中に唯一、終戦当日の様子が書かれている箇所がある。

NTさんの文

「朝出勤して間もなく、第1発振室前の広間に整列するよう指示があり、監視用受信機が持ち込まれ、全員が玉音を拝聴した。始めのうちは真意はつかめなかったが、午後になると百数拾名の軍人が入局して来て、階下の廊下で武装を解いた。その日から3日に亘り、玄関前の11号鉄塔下で書類という書類が焼却された」


局舎の正面玄関。書類が焼かれた11号鉄塔はこの右手にあったようだ

戦時中、千葉は多くの軍事施設を抱える軍都だった。

しかし、検見川送信所で働く人々は平和への思いが強かったようだ。


「検見川無線史」に載っている開局当初の局舎。まさに白亜の建物

菊谷氏は国際放送が成功した昭和5年秋以降のことについて書いている。

多くの軍人が見学に訪れたそうで、将校たちも案内した。職業軍人たちは天皇陛下のためには死ぬ覚悟という者ばかりだった。

「われわれ軍人は戦争がなければ、出世なんかできませんよ。もうすぐ昭和9年になりますが、西暦でいうと、1934年。これに昭和10年、11年と続けますと、193456になります。これをこう読むと、《イクサシゴロ》となります。われわれは今、戦争の準備をしているんです」と、ある軍人。

菊谷氏は「語呂あわせで戦争賛美とは怪しからぬと思ったが、軍人さんの前ではどうにもならなかった」と記している。

その後、平和に動いた浜口首相は東京駅で狙撃され、重傷となり、失脚。まさにイクサシゴロの時代に突入していく。

1934年3月から満州国の帝政が始まり、12月にはワシントン海軍軍縮条約を破棄、36年1月にはロンドン軍縮会議から脱退、2・26事件、日独防共協定を締結した。

職員も徴兵され、マニラなどに出兵した。

検見川送信所は前述の通り、真珠湾攻撃を告げる「ニイタカヤマノボレ1208」という暗号を発信した場所ではなかったが、植民地との連絡などの軍事利用があった。平和の声を届けた、その技術は戦争へと利用されていく。

今もぽつんと建っている局舎は、僕らに何かを告げているようでならない。



写真はCaplio GX100で撮影。


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「ユトリロ展」−モンマルトルの詩情−

千葉県立美術館で開催中の「ユトリロ展」−モンマルトルの詩情−(25日まで)に出かけた。

僕にはお盆休みもないのだが、今週末は出勤になりそうなので、平日休んでおこうと思った。毎日、こうも暑いとね。いやになってしまう。

千葉だと、ユトリロの作品は佐倉の川村記念美術館で見ることができる。



ここには去年、サイクリングで訪れたが、現在はリニューアル休館中。コレクションはなかなかのものだが、休館中は全国を巡回する、とのことだ。

以下、抜粋。

川村記念美術館所蔵「巨匠と出会う名画展」
工事休館中、当館のコレクションを代表する主要作品約65点が、朝日新聞および各会場の主催で下記の三館に巡回いたします。

◆兵庫県立美術館
2007年7月28日(土)〜10月8日(祝)
兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1
Tel. 078-262-0901
http://www.artm.pref.hyogo.jp/

◆島根県立石見美術館
2007年10月19日(金)〜12月16日(日)
島根県益田市有明町5-15島根県芸術文化センター「グラントワ」内
Tel. 0856-23-2050
http://www.grandtoit.jp/

◆松坂屋美術館(名古屋)
2007年12月29日(土)〜2008年1月22日(火)
愛知県名古屋市中区栄三丁目16-1松坂屋名古屋本店南館7F
Tel. 052-264-3611
http://www.matsuzakaya.co.jp/museum/

話を戻す。

県立美術館では、ユトリロの1909年頃から15年頃の「白の時代」と呼ばれる初期から、晩年までの作品(日本初公開作品30数点を含む)を公開している。

ユトリロの母シュザンヌ=ヴァラドンはロートレック、モネなどのモデルを務めた人物。ユトリロの父は季節労働者ともいわれるが、詳細は不明。

恋多き女だったヴァラドンはユトリロを顧みず、男狂い。そんな母でも、ユトリロは母を愛し、求めた。中学時代からワインを飲み、重度のアルコール依存症となる。そんなとき、出会ったのが絵を描くことだった。

そんな苦悩から生まれた「白の時代」といわれた初期の作品は傑作ぞろい。しっくいの壁を塗りたくったりして、試行錯誤の感じもあるが、勢いがある。並べてみると、やっぱり際立っている。

ヴァラドンはやがて、ユトリロより1歳上の男と再婚。そのころ、ヴァラドン自身も画家として活動するが、皮肉にも売れたのはユトリロの方。

下は楽天で買えるユトリロ作品。もちろん複製画だが、アル中だったユトリロ自身も、パリで売られていた絵葉書を見て、絵を描いている。


ユトリロ 『通り』 【送料無料】
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ユトリロ 『アンスの街』 【送料無料】
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ヴァラドンの夫はユトリロを金づると思い、プロモーター役を買って出る。ユトリロに絵をいっぱい描くようにいい、ユトリロはワインほしさに描きまくった。その間も何度も酔っ払っては法を犯し、警察のご厄介になる。

ユトリロ自身も結婚をするが、この女も金目的のしたたかなやつだった。今度は妻がプロモーターとなり、ユトリロに描かせる。「白の時代」の作品が人気だったことから、初期の模写をさせるのだ。後期はそんなわけで、「白の時代」に似た作品は多いが、かつての勢いはない。

本人はいいものを描いているという自覚はなく、すべては母に愛されない寂しさを紛らすためのワインのためだった。

なんとも、せつない。これだけ成功しながらも、これだけ人に利用された画家も、そうはいないのではないだろうか。


県立美術館入り口。彫像は千葉県が誇る画家・浅井忠像。後ろに見えるのはポートタワー

写真はCaplio GX100で撮影。


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去年の日記は?


2006/8/15 海外での携帯電話活用術



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2007年8月14日 (火)

針尾無線塔を守る会にノウハウを聞く〜検見川送信所

前回の続き。

連絡先を聞いた僕は「針尾無線塔を守る会」の方と連絡を取ることにした。

お聞きしたかったことがたくさんあったが、大きく言うと、この2点だ。どのような活動をされてきたのか?1万人の署名をどのように集めたのか。

針尾無線塔の取り壊し、保存の動きはこの朝日新聞の記事に詳しい。

連絡を取ったのはこの記事中に出てくる会長さんだ。

僕は突然の電話をおわび、検見川送信所が現在、廃虚化し、将来的には取り壊しになる事情を話した。


検見川送信所。建物の周囲には道路で使う白いポールが無数置かれている。ムーミンに出てくるニョロニョロのようだ

会長さん(70)は保育園の園長をされている方で、電話からも、その人柄が伺える方だった。かなり丁寧に話してくれ、そのひとつひとつが参考になったが、ここではあまり明かすことができない。

ただ、孤軍奮闘に近い状態でいる僕には、大きな励みになった。

そして、検見川送信所について詳しく知りたいので、資料を送ってほしい、とも言ってくれた。

「協力できることがあったら、しますよ」

心強い。

僕自身のことを少し書くと、長崎に縁がないわけでもない。

僕の祖父は長崎市の沖合いにある高島という場所に住んでいたそうだ。高島は廃虚マニアには軍艦島として親しまれる端島を真近に見られる。



軍艦島は近代化遺産、廃虚としてはメジャーなところで、楽天でも67件の商品の取り扱いがある。こちら

数年前、仕事で長崎に出かけた際、初めて渡ることができた。現在は住んでいる方も少なくなってきているようだが、美しい海に囲まれ、小高い山、緑も多く魅力的な島だった。全盛期は炭鉱の町として栄えたが、現在は廃虚も増えている。そんなことをふと思い出した。

佐世保の無線塔と検見川送信所。長崎と千葉の2つの場所がこんな風に結ばれるというのは面白い。

佐世保のこの無線塔を見たいと強く思った。

写真はCaplio GX100で撮影。


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●アサガオの仕立て

夏らしい花の1つとしてアサガオがある。今年はアンビンバンコさんにお裾分けしてもらい、狭い庭の方々に分けて種をまいた。

まだ花は咲かせていない。種を植える時期を逃してしまった。

こちらはフロントガーデンにある電柱。庭を改造したいなどと電力会社に言うと、撤去してくれるとも聞いたが、そのままにしている。

はっきり言って、邪魔な存在。しかし、これを生かしてガーデニングをしてみようと、100円ショップで購入したネットを巻いてみた。



その下からアサガオを3苗ほど植えてみた。誘引してやると、勝手に巻きついてきた。アサガオがグラウンドカバーならぬ電柱カバーになればいいのだけど。


電柱はこの写真の右側にある

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去年の日記は?


2006/8/14 苦節10か月 ゼラニウムが咲きました



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2007年8月13日 (月)

フロントガーデンの小さなヒマワリ

フロントガーデンのヒマワリが咲いた。タネから育てたもので、途中から土に植え替えた。



あまりに小さい花なんで、ビックリ。菊みたいな大きさ。下の方に写っているのがそれ。



今日は配偶者の友人がやってくるので、品種不明のバラもフロントに飾ってみた。



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去年の日記は?


2006/8/13 芝刈りバリカン





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佐世保市役所に聞く〜針尾無線塔、取り壊しから保存へ

検見川送信所に関連して、ニイタカヤマノボレの暗号の送信場所を探しているうちに、長崎・佐世保の針尾無線塔の存在を知った。


ワンダーJapan(3)
針尾無線塔が登場する本

ここはニイタカヤマノボレを送信した3つある場所の一つである。

そして、ここも検見川送信所同様、取り壊しの危機を迎えているという。


検見川送信所

写真はCaplio GX100で撮影。


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この無線塔は昨日、紹介した「近代化遺産を歩く」にも登場する。空高く伸びる塔は、遠めからも印象的で、一目見たいと思わせる。ここは佐世保の観光資源としても有益なはずだ。


近代化遺産を歩く

07年5月25日の朝日新聞などによれば、現在は海上保安庁の所有。海保は市に買って欲しいと持ちかけている。しかし、千葉市同様、佐世保市は財政難ということで買い取りを渋っている。海保は買ってくれないのなら、取り壊すしかないと言っていた。

そんな話を聞いた町の有志が05年に「針尾無線塔を保存する会」を発足し、瞬く間に1万人の署名を集め、佐世保市に保存を訴えかけた。この結果、市も前言を撤回し、国からの補助も出る国の指定文化財に向け保存への道を模索し始めたという。

これがうまくいけば、いい前例になるのではないか。そう期待を覚えた。佐世保市役所に問い合わせをすることにした。

「保存する会」の連絡先も把握しているはずだ。担当部署は社会教育課。

まずは現状について聞く。

担当者「来年か再来年には結論が出ると思います」

−それは保存するということですか?

担当者「それは分かりません。現在は費用がどれくらいかかるのか、保存の耐久年がどれくらいあるのかなどを調査している段階です」

−保存の声が上がっていますが、逆に取り壊せ、という声もあるのでしょうか?

担当者「それはそれぞれあります」

ともかく、実際に市役所が前向きに取り組んでいることは確認できた。

こうして県外から問い合わせをすることは、保存への力にも多少なるはずだ。さらに、保存する会の連絡先も知ることができた。ダメ元で電話をかけてみよう。





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日光過敏症につき

数日前から配偶者の顔に赤い湿疹が出るようになった。あまりにひどくなったので、病院に行ったが、原因はよく分からない。日光過敏症ではないかと医師は言う。

僕が帰ってきたら、口割け女がするような大きなマスクを急につけて、「ひどいから見ないで」という。

夫婦歴10年を越えれば、恥じらうこともないだろうに。

僕は転んで、唇を切った時は、本当に見事に腫れ上がって、オバQ状態。心ない人からは「エイズ?」と聞かれたこともある。 この時よりはどう考えたってマシなはず。

しばらく経って、マスクを取って、「どう?ひどい?」と聞くから、「大したことないよ」と答えたが、正直、大変そうだった。

彼女はもともと、肌は強くない。太陽に当たると、肌が赤くなることから、紫外線の防御は念入りしていた。さらに、甘いものも、辛いものもダメと言われたらしい。「太陽はダメっていうし、何を食べたらいいの?」。

配偶者は以前、膠原病を疑うほど体調不良に悩んでいたが、サン・クロレラサン・ウコギを飲んでからというもの、次第に改善された。最近はすっかり健康を取り戻したので、服用をやめていたのである。

「また飲み始めたら?」と僕。
「いいよ、高いから」
「そうもいってやれないだろ」
「今月は車検もあるから、家計厳しいし」

貧乏の典型みたいな会話である(涙)。

バカなやつだな。健康を壊して、金の心配するなんて。

「金ならあるよ」思わず言ってしまった。

楽天アフィリエイトのポイントも入ったばかり。本当はサイクルジャージを新調しようと思っていたが、見事にこれに化けた。


サン・ウコギ粒×サン・クロレラA 6カ月セット
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確かに安くはない。サイクルジャージなら、上下セットが2枚買えた。





去年の日記は?


2006/8/13 芝刈りバリカン





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2007年8月12日 (日)

「近代化遺産を歩く」(著・増田彰久)

いま、検見川送信所のことでいろいろ調べている。そんな中で出会った1冊。


近代化遺産を歩く

筆者は大成建設を定年退職後にカメラマンに転身したという増田彰久氏。

検見川送信所のことをさしおいても、面白かった。



写真はCaplio GX100で撮影。


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Map価格 56,000円 (税込 58,800 円) 送料別

検見川送信所のために産業遺構・戦争遺構というテーマを立ち上げたが、最近では「近代化遺産」という言葉が定着しているようだ。確かに、どことなくマイナスの匂いのする「遺構」よりも「遺産」の方が響きがいい。

おなじみのウィキペディアにも載っている。こちら

「近代化遺産」とは幕末、明治、大正、昭和戦前に建てられた工場、鉄道、トンネル、ダム、橋、鉄道など日本の近代化に大きな役割を果たした建物、構造物のこと。

検見川送信所もこのカテゴリーに入るようだ。

文化庁も1990年から近代化遺産総合調査事業を手がけ、96年から文化財の登録制度を始めた。

同書で、増田氏はこう書いている。ちょっと長いが、引用されてもらう。

私たちが文化財というと、まず頭に浮かぶのは京都や奈良の神社仏閣であろう。(略)「近代化遺産」は考えてみると、最も身近で懐かしさを感じるものが多い。(略)現在の生きた社会の中にある文化財なのだ。

今までは、いわば、お上がいろいろな文化財というものを指定して、市民がそれを見るという形だった。「近代化遺産」の場合は、川下から川上へ上げていく、市民からのアプローチしていく文化財と言えるのではないかと思う。


増田氏の提示はすごく分かりやすい。

たとえば、広島の原爆ドーム。産業奨励館として作られた、この建物はユネスコによって世界遺産に指定されている、という。

さらに、全国にはたくさんの「近代化遺産」が残っている。遺産を通し、先祖の物語を聞き、自分の生きた時代を振り返り、多くのことを子孫に伝えることができる。身の回りの文化を考えるヒントとして、積極的に評価していったいいのではないか、と。

まさに、僕が思っていたことのすべてが書かれていた。

さらに「遺産」は過去のものではなく、未来への伝言である、とも。

本書には構造物の美しい写真とともに、バックグラウンドを伺えるストーリーが満載で、非常に面白く読むことができた。増田氏はフットワークも軽く日本中の近代化遺産を撮影に回っている。

検見川送信所は紹介されていなかったが、「送信塔」は出てくる。

この章では、奄美大島の送信塔を撮りに行く際、乗ったタクシー運転手との会話が出てくる。
運転手から「取り壊されるのですか?」と聞かれる。

増田氏は、「どこへ行っても、近代化遺産の撮影ではよく同じ質問を受ける。どこの土地でも、人々が、その建造物に特別な親しみや思い出を持っているからだろう」と書く。

僕自身には、検見川送信所に思い出はない。ふと出会って、ものすごいインパクトを受けただけだ。

だが、検見川の方にお話を聞くと、「子供の頃は中に忍び込んで遊んだ」とか耳にする。まさに、生活の一部だっただろうな、と想像する。これは、かなりうらやましい。

ちなみに、近代化遺産で調べてみると、楽天では100件以上の商品がある。

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●しのぶれど満開

京成バラ園作の「しのぶれど」が満開に。



アンティークタッチの和風なバラ。名前は平兼盛の和歌「しのぶれど 色に出でけり わが恋は」に由来する。

時期外れに購入した新苗だったので、開花は秋と思っていたが、無事、日の目を見た。

途中は紫が濃く出ていたが、開くと薄くなる。



夏場のバラはやや日陰の風通しのよいところに置くのがいいようだ。



写真はCaplio GX100で撮影。


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去年の日記は?


2006/8/12 実家のトマト! ゴーヤ! ナス!



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検見川送信所とニイタカヤマノボレ1208

真珠湾攻撃の暗号「ニイタカヤマノボレ1208」は、検見川送信所から発信されたといわれる。そう過去記事で書いた。


写真はCaplio GX100で撮影。


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18ネット上で複数の記事を見かけたので、「と言われる」と書いたのだが、結論から言うと、間違いだった。

「日々の日誌」というブログに、バスガイドさんから「検見川送信所からニイタカヤマノボレの暗号が発信された」と説明を受けたという話が出てくる。

これはバスガイドさんの勘違いのようで、ブログ筆者の方が書いているように、実際に暗号が発信されたのは同じ千葉県船橋市行田の海軍行田送信所のようだ。

長崎新聞のHPに詳しい記事が載っている。

以下は引用。

当時の通信記録を調べた防衛庁防衛研究所調査員の菊田愼典さんによると、正確にはこうだ。

 暗号文は開戦六日前の四一年十二月二日、瀬戸内海に停泊中の連合艦隊旗艦「長門」が打電。広島県の呉通信隊から針尾など国内三つの送信所に分かれて海外に送られた。このうち針尾送信所は中国大陸や南太平洋の部隊に伝え、真珠湾を攻撃する機動部隊が受信したのは千葉県の船橋送信所を経由した電波だった―。


行田送信所は既に取り壊され、現在は団地になっている。円形に区分けされた土地だけが名残を残す。



なんだかミステリーサークルのよう。自転車で走ってみたくなる場所だ。でも、きっと迷ってしまうだろうなぁ。





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2007年8月11日 (土)

検見川送信所の件で市民ネットへ

8月10日、検見川送信所の保存の件で市民ネットのひとつ「花見川ネット」に話を聞きに行った。



市民ネットについては「Go!Go!しんけみがわ! 新検見川地域情報」の記事に詳しい。

花見川ネットでは月2回、市民の行政相談の時間にあてている、ということ。

長谷川ひろ美市議が話を聞いてくれた。

口頭で保存を要望するとともに、いくつか疑問に思っていることをたずねた。それらについては後日、分かったら教えてくださる、とのことだった。

下の写真は先月、撮影したもの。



「無線局跡」との碑が定位置からなくなっていた。何者かが持ち去ったのかと思ったが、近くにこんな風に放置されていた。

焚き火を消すための道具になっていたのだ。

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2007年8月10日 (金)

●しのぶれど、咲きました

言いたくないが、暑い。時間がないときでも、鉢に水をやらないと、薔薇もグッタリ。ただ、水や肥料を上げていれば、この暑さの中でもしっかりと花を咲かせてくれる。

バラ園感謝祭で買った「しのぶれど」の花が開き始めた。夕暮れ時に撮影したが、深い色を見せて、味わいがある。どんな風に開くか、楽しみ。



こちらは名前が覚えられない「ザンガーハウザー ユビレウムスローゼ 」。NY留守中に咲いてしまったので、咲き終わりの様子。あまり形がよくないが、秋に期待しよう。



写真はCaplio GX100で撮影。


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去年の日記は?


2006/8/10 今月のアフィリエイトの売り上げは?




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2007年8月 9日 (木)

検見川送信所を残そう

重要な産業遺構である検見川送信所が取り壊しの危機にあることは何度か書いた



これは地元のみならず、日本の大事な財産だと思う。それを壊してしまうなんて、もったいない。なんとかできないものか?

しかし、こればっかり、僕が、この「へたれブログ」で書いていても、愚痴にしかならない。広く存在を知ってもらい、賛成してくれる人を集めて、声を大きくするしかない。

まずは、いろいろと話を聞いて回ろう。というわけで、「Go!Go!しんけみがわ! 新検見川地域情報」を発信している花園シンさんと初めてお会いした。4日のことだ。

僕は検見川送信所を保存するには、文化財の指定を受けるよう働きかけるのがいいと思っている。指定されれば、当然壊すことはできないわけだ。できれば、国の指定を受けれるのがベスト。


昔の送信所

だが、千葉市は巨額の財政赤字を抱え、しかもハコ物行政好き。難題はたくさんあるようだ。

しかし、ハードルが高くなければ、高くも飛べないわけで、相手にも不足はない。

まずはできることを考えよう、検見川送信所について知ろうということで意見は一致した。

何もしないで、取り壊されて残念と嘆くのは簡単。どこまでできるか、なんて分からないが、僕はなんだか面白くなりそうな気がしている。

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2007年8月 8日 (水)

●真夏のバラ

バラの季節は5〜6月。そう思い込んでいたが、猛暑日が続く8月でも元気に咲いている。このまま秋まで咲き続けるのだろうか。だったら、バラは高いどころか、お買い得な植物だ。

フロントガーデンのアイスバーグは蕾がどんどん花を咲かせる。



ブルーヘブンは何度目の花?



品種不明のため300円で買った苗も二度目の花を咲かせた。カップ咲きで色はオレンジ。別の品種不明バラと同様で、今回の方が形がいい。



「ストーンズのベストアルバムは?」と聞かれ、「最新作さ」と答えるミック・ジャガーのような咲きっぷりだ。

写真はCaplio GX100で撮影。


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2006/8/8 車輪つきベンチ




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2007年8月 7日 (火)

●黄色いゴーヤは食べられる?〜ゴーヤチャンプルを夢見てPART10

自家製ゴーヤチャンプルを夢見て、タネからゴーヤを育てた、このシリーズも今回が最終回。

結論から言うと、前回の収穫の後、配偶者がチャンプルを作ってくれた。これは配偶者がケータイで送ってくれた写真。おいしかった。完全有機野菜。

goya.jpg

その後も、ものすごい勢いで実がなりましたが、ほっておくと、こんな風になってしまう。

黄色いゴーヤ。



前に住むご主人は「黄色いヤツは爆発しますよ」という。

昨今、ペットボトルの爆発が問題になっているが、ゴーヤ爆弾?

爆発されると、困るので収穫した。要は熟れすぎると、こうなってしまうらしい。配偶者に見せると、「なに、これ!?」とビックリ。

「食べる?」と聞くと、「絶対、食べたくない」という。

僕は好奇心に任せて、中を割ってみた。普通は中に白いワタのようなものがある。ここが苦味。これを取って、調理するわけだ。それが真っ赤になっている。



さらに、好奇心に任せて、食べてみた。赤い部分は苦いどころか、甘い。フルーツのようだ。杏仁豆腐にはいっているクコの実のような感じかな。この赤い部分はタネを覆っているのだ。





ゴーヤ本体もひとかじり。あまり苦味はない。というか、味はあまりない。しいていえば、ウリの味がする。

そんな様子を見て、配偶者は一言。

「どこでも、生きていけるね」

この繊細でひ弱な僕に何をいう!冗談ですが(笑)。

多分、僕の先祖か、前世の自分は世界で初めてフグを食べて、亡くなった人です。

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2006/8/6 ウインドーガーデニング&ロートアイアン@リスボン




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2007年8月 6日 (月)

●第30回千葉市民花火大会

4日は第30回千葉市民花火大会。

去年、高校時代からの友人に「花火大会行く?」とメールしたら、「マンションのベランダからよく見えるよ。来年(今年のこと)は招待するよ」と返ってきた。

こちらから、催促するのもなんだと思い、声がかかるのを待っていたが、ついにメールも電話もなかった。しかたないので「今年はどうするの?」とメールしたら、「ごめん。実家から親が来るんだ」だって。

社会人となれば、休みは貴重。家族サービスも大事。だから、こちらも遊びの声かけは遠慮している。だけど、不都合になったのなら、一報入れてくれてもいいよなぁ。1年越しの約束を待つバカもいないと思ったか?

家族に「花火大会行く?」と聞いたら、こちらも「暑いから、動きたくない」とだらだらモード。

どうやら、花火を見たいなんていう女子大生みたいなことを思っているのは、周りでは僕だけのよう(汗)。

しかし、配偶者と娘は夕方になってのそのそと支度を始め、車で出掛けた。周囲は交通規制中。車内から見えたり見えなかったり。

それでも、何発かは楽しめた。手持ちの撮影なので、きれいには撮れなかったが、千葉の夜空に咲く花火。



来年は一人で撮りに出掛けるか(涙)。

写真は30Dで撮影。


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去年の日記は?


2006/8/6 リスボンで見かけたペイビング




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2007年8月 5日 (日)

●プラモデルの道具

プラモデル自体は楽天で購入した。全てポイントを使ったので、金はかかっていない。

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しかし、組み立てにはニッパーやら塗料、筆と道具が必要。これが意外とかかった。

中学時代、個人経営の模型屋、玩具屋はゴロゴロあったが、いつの間にか消えた。今住んでいる町にも、模型屋があったが、ついに潰れた。

根強いファンはいても、なかなか難しいのだろう。

道具をそろえるというのも、なかなか楽しい作業だ。説明書の色番号を見ながら、棚からタミヤカラーを出す。

ニッパーは代用できそうだったが、一番高いのを買ってしまった。刃物は切れ味にこだわりたい。


74035 タミヤ 薄刃ニッパー
当店通常価格 2,030円 (税込)
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ショップの人にいろいろたずねると、
「大人になってから、もう一度、プラモに帰ってくる方も多いんですよ」

なるほど。

一揃えすると、1万円近く。少年時代は、色やら道具やらをチマチマ買い揃えていたな。ない色は混ぜ合わせて作ったりして。

これだけ一気に買えるのが、ちょっとうれしい(笑)。




写真はCaplio GX100で撮影。


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2006/8/5 リスボンの日よけ術〜オーニング、木陰作り



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2007年8月 4日 (土)

●福山雅治とヒロシマナガサキ

福山雅治って、いいなぁ。

何気なくつけたカーステから流れてきたのが、「福山雅治のオールナイトニッポン」だった。

そこで福山君は「ヒロシマナガサキ」という映画について話し始めた。

この映画は日系アメリカ人のスティーヴン・オカザキという監督によるドキュメンタリー。題名から分かる通り、原爆についての内容だ。

福山君は昨日、東京・神保町にある岩波ホールで見てきたという。

ご存知の通り、福山君は長崎出身。学校では、原爆投下に関することを教わってきた。

ほとんどのことは知っていることだったが、知らないこともあったといい、詳しく話していた。そして、力説するわけでもなく、「見に行ってほしい」と言っていた。

福山君は語りが上手だと思っていたが、僕も、この映画を見てみたいと思った。
福山君のような影響力を持った人が戦争を語るというのは、大きい意味がある。同じように興味を持った人は少なくないんじゃないかな。

僕が福山君を羨ましいと思ったのは、爆心地・長崎ではきちんと戦争への教育を受ける機会があったことだ。

僕が育ったのは千葉市。千葉市も2度に渡る大規模な空襲で多くの市民が犠牲となった。しかし、それを知ったのはつい最近のことだ。授業では習った覚えがない。それは違う学校に通った違う世代の方も同様だった。千葉はなぜ地域の歴史教育をしないのだろう。

さらに言うと、歴史の授業は昭和を学ぶ前に終わった。縄文時代から始めるから時間が足りないのだ。昭和は受験のための勉強でしかなかった。

そういった教育を受けてきた人間は少なくないのではないか?

しかし、歴史の勉強で大事なのは、近代から現代かけてではないのか、と僕は思うのですが。





去年の日記は?


2006/8/4 さよならリスボン、最後の散歩





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2007年8月 3日 (金)

●田宮模型の仕事

隠れ家でこそこそプラモデルのマスタングP-51を作っている。完成まではあとちょっと。




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プラモ作りは中学時代以来かな。当時は1/144のガンダム、1/35スケールの戦争ジオラマを作った。戦車は高かったので、水陸両用のフォードや歩兵で風景を作った気がする。

20年ぶりのきっかけは図書館で借りた「千葉市空襲の記録」という書籍。その中に、P-51やグラマンF4F(ワイルドキャット)、F6F(ヘルキャット)は出てくる。


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日立工場に学徒動員されたある男性の体験談。5月8日の空襲。すざまじい銃撃がした。しかし、その男性は一目だけでも敵の姿を見たいという衝動は抑えがたかったと書く。少年ならではの好奇心だった。

戦争末期、日本軍は制空権を失った。その戦闘機(この時はヘルキャットだった)は地上からの攻撃を案じる必要もなく、低空飛行に入った。コックピットからパイロットの顔が見えるほどの距離だったという。想像するだけで、すごい光景だ。それがどんな状態なのか、知りたいと思った。


まだ雑な作りですが

資料によると、それらの戦闘機は小回りの効かないB-29に代わって偵察、護衛をしていたようだ。

また、図書館で別の本を見つけた。「田宮模型の仕事」。


田宮模型の仕事

これを読んだのが、プラモ熱再燃の決定打。

世界に名だたるプラモデルメーカー、田宮俊介氏の回顧録。これが「プロジェクトX」ばりに、めちゃめちゃ面白い。木製模型のメーカーだったタミヤは戦後、工場の火災を経て、方向転換。やがて独自の金型作りに苦労しながらも、精巧な模型を作り、世界市場に躍り出る。

戦車などは緻密な現地取材から図面を起こした。戦車博物館で写真を撮りまくり、細部を表現。それには、海外の協力が必要だった。

戦闘機、戦車を作り続けるタミヤには、戦争を肯定するのか?とか、海外では敗戦国のオモチャ屋がなぜ敵の戦車を作りたいのか?という声もあった。

俊介氏は戦争を肯定する気はない。彼自身、戦争体験者であり、その悲惨さは十分に分かっている。

自伝の中には、さきほどの千葉空襲の体験者と同じような米戦闘機との対面があった。やはり、戦闘機は地上すれすれで飛んできたという。コルセア F4-Uだった。


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前半の描写であるが、僕が感じた話のクライマックスは英ボービントン博物館への寄付にある。俊介氏はこれまで協力してくれたお礼に、戦車博物館に何かをお返ししたいといった。

先方は、タミヤの名前が残るようにホールを作ってくれませんかと申し出る。俊介氏は快く引き受け、除幕式へに出席するのだ。

プラモデルの歴史とサクセスストーリー。一度、プラモに夢中になった人なら面白く読めるはず。

懐かしいタミヤニュースの写真もある。よく取材がされていて、毎号楽しみにしていた。そんな舞台裏を知ることができる。

探したら、こんな本も出ている。これなんか、模型少年の心をくすぐりません?


タミヤニュースの世界


田宮模型全仕事(2)

写真はCaplio GX100で撮影。


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去年の日記は?


2006/8/3 HAVE A NICE TRIP!



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2007年8月 2日 (木)

●夏の庭、長期不在の顛末

毎回のことだけど、出張で家を留守にして気になるのが、庭のこと。

今回は娘の水遣りを頼んだ。1000円のバイト。水遣りっても、単に水をやればいいものではなくて、僕なりの工夫があるが、小4の娘には「ともかく薔薇の鉢だけはたっぷりあげて欲しい」とだけ言った。

しかし、薔薇の一部は枯れたり、ゴーヤも黄色く変色していた。植物も全体的に元気がない。

ちゃんとやってくれた?と聞くと、ジョーロであげたという。

僕も春までは雨水タンクの水を使って、ジョーロであげていたが、この暑さだとジョーロでチョロチョロでは植物も追いつかない。

ホースでたっぷりやらないと、枯死する。

バイト代は半分だな、と言うと、本人も納得した。しかし、配偶者に言わせると、僕の説明不足だという。

「一度、水遣りしているところを見せなきゃ分からないよ」

もっともな意見だったので、満額あげた。クソー(笑)。

こっちは帰ってくるなり、水遣りをやり直し、枯れた葉や花を摘み、ニームを散布した。

久々にバックヤード全体を撮影。



右のパーゴラから伸びているのはブドウ。心地よい木陰を作ってくれる。ただし、勢いがものすごく、既にパーゴラをはみ出している。なんとかしない、と。

その下は薔薇の鉢。直射日光に当てると、鉢がカラカラになるので、ブドウの下がいいようだ。おかげで、ぼちぼち咲き続けている。鉢のいいところは移動が容易なこと。

左側ラティスを這っているのはピエール・ドゥ・ロンサールとバニラボニカ。バニラボニカはつる性ではないと思うが、すごい勢いで天に向かって伸びる。

一方、フロントガーデンでは、品種不明の薔薇が咲いていた。



前回よりもきれいな形を保っている。



こちらが前回。記事はこちら。今回の咲き方が本来の姿なんだろう。品種を探る手がかりが増えた。



ちょっとだけ話は変わる。留守中、配偶者が近所の家に遊びに行ったら、その奥様から「だんなさんは職人さんですか?」と聞かれたそうだ。

一時は朝から木工していたし、今ではDIYの機会は減ったけど、毎朝、草花の手入れを黙々とやっているから、職人さんか、単なる物好きとでも思ったのだろう。

さすがに、物好きとは聞けないからなぁ。

3年前までは、DIYもガーデニングもまったく興味がなかった。マンション住まいで庭もなかったし。

今日も、この暑い中、麦藁帽子をかぶって、庭に出る。これはもう物好きとしかいいようがない。

写真はCaplio GX100で撮影。


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去年の日記は?


2006/8/2 リスボン到着





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2007年8月 1日 (水)

某詐欺事件で事情聴取?

ニューヨークから成田空港に無事に着いたことを自宅に連絡をすると、配偶者が「たった今、岡山県警から電話があったわよ。なにかしたの?」という。

善良なる市民である僕は、警察のご厄介になるようなことはしていない。
それに、ここ数日はニューヨークにいたし、岡山県には1度も行ったこともないのだ。

電話は楽天ユーザーを震撼させた某商会による詐欺事件についてだった。所轄は岡山県とは意外だった。

僕は安さに釣られて、同商会から一眼レフを購入した。到着までは時間がかかったものの、商品はなんとか届き、被害に遭うことはなかった。

警察が問題にしたのは、僕の口座にオープンゴルフ商会からの入金があったことだった。

僕は同社に商品到着のメール連絡を入れると同時に、商品が届くのに時間がかかったことに苦情を入れた。(この経緯は既に書いている)。

さらに、注文時の価格より、到着時の価格が下がっていることに着目し、「商品到着が遅れるのなら、下がった時点で注文すべきだった。御社は次回の購入時の割引券を同封して誠意を見せたつもりだろうが、一消費者として納得できない」と書くと、口座番号を教えてくれれば、翌日には入金すると返事を寄越し、すぐに入金だけは速やかに行われた。

警察にはこの入金が理解できなかったようで、僕を関係者と見ていたようだ。配偶者は入金の経緯をすべてを話し、誤解は無事解けた。

配偶者の話だと、警察は僕の口座を全て調べたらしい。犯人逮捕のために捜査協力するのはやぶさかではないが、勝手に口座という大事な個人情報を開示されたと思うと、腹が立つ。

そんなことを配偶者に言うと、「当局から求められれば、金融機関は提示しないといけないんじゃない」と言う。

しかし、それでいいのだろうか?

当局に求められたとはいえ、情報を開示した「みずほ銀行」への信頼は完全に消えた。岡山県警にある僕の口座書類はどうなるのだろうか?

こうした個人情報がまったく関係のないところに流出する危険性だってあるではないか。過去には金融機関、警察による書類の紛失事故も少なくない。

僕はこの事態にどうにも納得できないのだ。僕には、少なくとも、これらの書類がどうなるのか知る権利があるはずだ。

みなさんはどう思います?

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●NY帰り

たった今、成田空港に着きました。

無線LANの調子が悪く、パソコンが使えなくなってしまいました。仕事が終わった後だったのは、不幸中の幸い。

今は民間駐車サービスの送迎バスの中です。

仕事は1日だけで、滞在中は毎朝、セントラルパークをジョギングして、昼間は観光も楽しみました。

詳しくは後ほど報告します。







去年の日記は?


2006/08/1 リスボンに行きます



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