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2007年10月30日 (火)

「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会

検見川送信所国際放送77周年記念イベント「ほぼ満月ただの月見@検見川送信所」(10月27日、千葉市花見川区・はなのわ広場、検見川送信所で開催)は講演、嵐の中の見学会を経て、午後5時すぎから懇親会が行われ、18人が参加しました。


傘も役に立たない嵐の中の検見川送信所見学会

自己紹介を兼ねながら、個々の思い、送信所の今後について、さまざまな具体的な意見が飛び出しました。約2時間半に及ぶ内容でした。

参加者は以下の通り。

「検見川送信所を知る会」発起人、町民、区民、市民、元市民、県外の近代建築愛好家、廃墟ファン、建築関係者、近代建築の保存運動をされている県外の市民、産業考古学会関係者、市議、国会議員秘書。掲載許可を取っていないので、公人以外は肩書きといたします。


河童画人さん、まさやんさん提供の酒を飲みながらの熱いトークはシンポジウムというべき内容でした

●専門家「国の指定文化財の要件を満たしている」

専門家の方は行政は発掘の方ばかりに目をやっていて、地上に建っているものを見ようとしない、と指摘。建築家協会の保存担当者は、協会にも、今回の動きについて報告したい、保存を訴える要望書についても会にかけたいとの提案もありました。

産業考古学会関係者からは、送信所は国の施設として作られたもので、国の指定文化財としての要件を満たしていると指摘。学会としても、働きかけたい、と申し出。保存だけでなく、地域住民の声をいかした利活用が大事、という意見があがりました。

●与野党市議「文化財としての重要性は理解した。市側に訴えていく」

自民党の川村市議は行政の現状について報告。市議会では、地元の声を受け、送信所を地域文化財に指定してほしいと要望していましたが、もっとランクの高い国、県、市の文化財としての価値があり、市側に訴えていきたいと発言。教育委員会トップを現地に案内し、理解を求めたそうです。市民ネットの長谷川弘美市議も「送信所の重要性は理解しました。市側にも訴えていきたい」と発言。

●吉田鉄郎建築「東京中央郵便局、大阪中央郵便局」をめぐって
建築関係者からは吉田鉄郎建築をめぐる話も出ました。

10月からの郵政三事業民営化によって、東京、大阪の中央郵便局に高層ビル化計画が持ち上がり、東京では超党派の国会議員が取り壊しを反対している、との現状が報告。

仲佐代表は最近、朝日新聞に掲載された安藤忠雄氏による提案記事を紹介。

「都市への思い共有を」安藤忠雄氏、東京に「歴史の回廊」提唱
2007年10月23日11時28分


――安藤さんは東京、大阪の駅前にある中央郵便局(いずれも設計・吉田鉄郎、東京が1931年、大阪は1939年)の保存も主張する。戦前は「東京駅が明治、丸ビルが大正、東京中央郵便局が昭和を代表する」とされた。旧・丸ビルはすでになく、中央郵便局も姿を消すと……。


大阪中央郵便局(2007年9月撮影)


東京中央郵便局(2007年9月撮影)

「装飾をそぎ落とした近代建築のよさは一般の人にはなかなか理解してもらえないが、なにより、もう80年近くもそこに存在して、景観として定着しているんですよ。よくみれば新表現の追究に込めた当時の建築家の意気込みが伝わってくるはず」(安藤氏発言抜粋)


山中あきこ議員秘書の方も熱心にメモをとっていました。検見川送信所、中央郵便局をめぐる現状については山中議員へ報告していたたげる、ということです。

●送信所OB「建物の重要性ばかりが着目されるのは違和感」

送信所のOBからは建物の重要性ばかりが着目されているのには違和感を覚える、との声もありました。所員の方々は閉局にあたって、「送信所周辺を地元に還元できるよう公園にしたらどうか」と提案されたそうで、その考えは間違いでなかったと思うと同時に、今になって、という複雑な思いもあるそうです。

●「保存には寄付が必要」「市民、有志によるDIYも」

地元の年配者
「保存にはお金がかかるところもあり、寄付という考え方をしなければいけない」

県外の方
「草を刈ったり、壁を塗ったりと専門家でなくともできる部分はあるはず。有志で修復もあるだろう」

●地元町内会「持ち帰って町内に報告したい」

地元町内会連合会長は懇親会には出席されませんでしたが、イベントの終了間際、「私自身、送信所の意義など知らなかった部分はあります。町内も知らない者が多い。持ち帰って、報告したい」と発言。

そのひとつひとつが傾聴に値するものでした。メモを取らなかったので、多少、ニュアンスが違うかもしれませんが、その場合はご指摘くだされば、幸いです。意見は一部抜粋にすぎません。追加コメントでフォローしてくださいませんか。

今回は意見に私見をいれずに紹介しました。最後に一言だけ言わせていただければ、会は「知る」から「保存」へと動き出した、と僕は感じました。

ほぼ満月ただの月見@検見川送信所
日本初の国際放送77周年記念
「ほぼ満月ただの月見@検見川送信所」

10月27日(土)午後3時〜、新検見川駅徒歩2分、はなのわ広場

イベントの様子は11月14日(水)の「ニュースC−master(ニュース・シーマスター)」(月〜金曜、夜9時から9時55分)で 約10分間、特集されます。千葉近県の方はぜひ見てください。

「検見川送信所を知る会」では仲間を募っています。入会していただける方はこちらのメールフォームから「入会希望」と明記の上、

お名前(ふりがな):
ご住所:〒
電話番号:
メールアドレス:

をお知らせください。

メールマガジン「検見川送信所J1AA通信」を購読していただける方は以下のURLからお申し込みください。
http://www.mag2.com/m/0000246340.html
バックナンバーも読めます。

検見川送信所についてはここで過去記事をまとめています。

musenhozon.jpg

日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
<a href="http://moleskine.air-nifty.com/photos/kemigawamusen/" target="_blank"><img src="http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/47/0000060947/20/img2159e7f1zik6zj.jpeg" width="170" height="60" alt="musenhozon.jpg" border="0"></a>


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2006/10/30 レッドシダーで自転車置き場作り(18)〜花台



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「都市への思い共有を」安藤忠雄氏、東京に「歴史の回廊」提唱
2007年10月23日11時28分

 建築家の安藤忠雄氏が再開発で様変わりの激しい東京に「歴史の回廊」を提案している。東京駅が元の形に復元され、丸の内の三菱1号館も再建される。日本橋の景観を昔の姿へ戻す動きもある。「それらをつなぐプロムナードを整備すれば、東京は国際社会に向けたカオを持てる。保存か再開発かで揺れる東京中央郵便局も残し、先人の記憶と夢を語り継げる東京に」と訴える安藤氏に話を聞いた。



東京駅(左)、東京中央郵便局(中央奥の白い建物)が東京の代表的景観を維持してきた。丸ビル(右)は新築された

 ――この5年ほど東京は再開発ラッシュ。海外からの投資も相次いでいる。

 「世界中の人たちが日本を評価するのは、安全と民度の高さ。それが投資する側の安心に結びついている。その好印象を、積極的に都市の魅力に高めないと、地球規模での都市間競争に勝てない。日本の明治は、国際的にも〈世界の奇跡〉とされている。その代表的な建築、施設が、時期を同じくして復元、保存される。観光立国というなら、これを面的に生かす発想がほしい。それが歴史の回廊です」

 ――三菱1号館(1894年)は、維新後、日本の建築家を育てたジョサイア・コンドルの設計によるもので、オフィス街、丸の内の象徴だった。高度成長期に取り壊したその赤れんがが再建される。東京駅(設計・辰野葛西建築事務所、1914年)は戦災で焼失した3階部分とドーム屋根を復元。日本橋(設計・妻木頼黄ら、1911年)は高架の高速道路を地下に移して景観を取り戻す計画だ。

 「せっかくだから国際的に広報すべきです。韓国は、ソウルの都心で高架道路を撤去して清渓川の清流を取り戻したのを上手にアピールしている。東京も屋上緑化など熱心にやっているし、今回の復元、保存は、資源保護、環境保全の観点からも、ひとまとめにしたほうが訴求力が強い。東京が環境意識を高めているのは、開発ラッシュの北京、上海などのお手本になるでしょう」

 ――安藤さんは東京、大阪の駅前にある中央郵便局(いずれも設計・吉田鉄郎、東京が1931年、大阪は1939年)の保存も主張する。戦前は「東京駅が明治、丸ビルが大正、東京中央郵便局が昭和を代表する」とされた。旧・丸ビルはすでになく、中央郵便局も姿を消すと……。

 「装飾をそぎ落とした近代建築のよさは一般の人にはなかなか理解してもらえないが、なにより、もう80年近くもそこに存在して、景観として定着しているんですよ。よくみれば新表現の追究に込めた当時の建築家の意気込みが伝わってくるはず。土地の高度利用、効率優先で再開発というが、空中権を周囲の街区に譲ってもよいから、現在の土地で今のまま残すべきだ。そうすれば、江戸に始まる日本橋から、明治の三菱1号館、東京駅を経て、昭和までつながります」

 ――それにしても日本の都市の建築の保存は、賽(さい)の河原の石積みのように、なかなか定着しない。

 「今春、イタリアのベネチアで、大運河の入り口に位置する17世紀の旧税関の建物の内部を現代美術のギャラリーとするコンペに当選しました。ベネチア市などの肝いりで30年間、ギャラリーとするプログラムです。歴史資産を継承するには、ハードとしての文化遺産を活用する発想が不可欠で、旧税関もそれにのっとって新たな生命を吹き込まれるわけです。そして、なにより大切なのは、都市に対する思い。イタリアの人々にはそれがあるが日本はとなると。どんなにバーチャルな空間が広がっても、人々の暮らしは現実の都市にある。都市を維持更新し、よくしていく思いを、わが国の建築界も市民も政財界もどうやって共有して高めていくか。歴史の回廊の発想が、きっかけになればと考えています」


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検見川送信所」カテゴリの記事

コメント

TITLE: Re:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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懇談会場でお話をうかがっていた範囲だと、あくまで個人的な感触ですが「保存、いけるのでは!?」と希望が見えました。



気になってしまうのが保存後で、確か産業考古学会の方が仰っていた「五つの方面からの働きかけ」の、どれが欠けてもだめなんだなぁ、というのが今回の日記を拝見して改めて思ったことです。

投稿: 慧俊 | 2007年10月30日 (火) 13時47分

TITLE: Re:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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内容もさることながら、これだけの各方面の意見を久住さんが克明に覚えておられるのが驚異です。

文章を読み進めていくうちに、「そう、こういう言葉があった」「ああ、こんなことを言ってた人がいたよなぁ」なんて、

僕の場合はようやく忘却曲線の彼方から蘇ってきました(^_^;)

投稿: まさやん0386 | 2007年10月30日 (火) 14時07分

TITLE: Re[2]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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私の意見を取り入れていただき、感謝!です。

しかも素早い対応ですね〜。

投稿: きくち@分離派建築博物館 | 2007年10月30日 (火) 16時04分

TITLE: Re:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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イベント無事開催できたようでなによりです。



いろいろな立場の方が、それぞれの想いを持って送信所を見ておられるんですね。送信所OBの方の地元に還元できるよう公園に・・・・というお考えも判るような気がします。



とはいえ、運命のいたずらなのか?建物は時代を経ても現存しているわけで、消滅する前に保存が実現することを祈っています。

投稿: しぇるぽ911 | 2007年10月30日 (火) 19時07分

TITLE: Re:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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懇親会の際の発言、意見のご報告、有難うございます。保存で行きましょうよ!そして活用方法については、時間をかけて、じっくり考えましょう!



それにしても、ご紹介頂いた他の建物も、出来れば、残したいものです。



そして、安藤忠雄さんにも、送信所の事、保存へ向けての活動の事を、知って頂きたいと思いました。


投稿: ソフィア | 2007年10月30日 (火) 20時13分

TITLE: Re:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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写真に引き続きビデオも出てきました。2000年11月に行われた「検見川送信所アートプロジェクト」のもようをNHK「日曜美術館」のアートシーンのコーナーで取り上げたものです。このビデオを見てて思ったのは、磨けば光る、ということ。

今はすっかり廃墟イメージが定着してしまいましたが、「廃墟から楽しい市民広場へ!」を合言葉に、再生させましょう。こんなふうに生まれ変わるよ、というのをビジュアルで提示することで、市民はもっと賛同してくれることでしょう。

投稿: イッシー | 2007年10月30日 (火) 21時44分

TITLE: Re[1]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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慧俊さん

>懇談会場でお話をうかがっていた範囲だと、あくま>で個人的な感触ですが「保存、いけるのでは!?」>と希望が見えました。



三人寄れば文殊の知恵とは言いますが、あれだけの多方面の方が集まると、いろんな意見が出てきますね。個人的にもすごく興味深かったです。



>気になってしまうのが保存後で、確か産業考古学会>の方が仰っていた「五つの方面からの働きかけ」

>の、どれが欠けてもだめなんだなぁ、というのが今>回の日記を拝見して改めて思ったことです。



5つの方面の働きかけ。これ書き忘れましたね。

えーと、具体的になんでしたっけ?失念しました。トイレにいったときの話かも。



こういう感じでトンマなんで、フォローお願いします。

投稿: 久住浩 | 2007年10月30日 (火) 22時48分

TITLE: Re[1]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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まさやん0386さん

>内容もさることながら、これだけの各方面の意見を>久住さんが克明に覚えておられるのが驚異です。



いやあ、結構忘れていますよ。記録を撮るのも忘れていたくらいですから。反省です。



>文章を読み進めていくうちに、「そう、こういう言>葉があった」「ああ、こんなことを言ってた人がい>たよなぁ」なんて、

>僕の場合はようやく忘却曲線の彼方から蘇ってきま>した(^_^;)



5つの方面の働きかけ、なんて重要な話も抜けていましたね。失敗です。ほかにあれば、教えてください。

投稿: 久住浩 | 2007年10月30日 (火) 22時50分

TITLE: Re[3]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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きくち@分離派建築博物館さん

>私の意見を取り入れていただき、感謝!です。

>しかも素早い対応ですね〜。



誤りならば、すぐ直さなければいけないと思って。フォローありがとうございます。

投稿: 久住浩 | 2007年10月30日 (火) 22時51分

TITLE: Re[1]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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しぇるぽ911さん

>イベント無事開催できたようでなによりです。



台風の中の開催でご心配かけました。そんな中でも駆けつけてくださった方々はやはり熱心な方でした。



>いろいろな立場の方が、それぞれの想いを持って送>信所を見ておられるんですね。送信所OBの方の地>元に還元できるよう公園に・・・・というお考えも>判るような気がします。



それが通らなかったNTT、行政があるわけですね。なんとかみなさんで力を合わせて、今度こそ、いい方向へ実現したいです。



それには、方法論も大事なんでしょう。声が正しくても、それが通らない世の中なので。



>とはいえ、運命のいたずらなのか?建物は時代を経>ても現存しているわけで、消滅する前に保存が実現>することを祈っています。



今の状態は、まさに残ってしまったという状況です。積極的な保存をしていかないと、崩れることもあるでしょうね。

投稿: 久住浩 | 2007年10月30日 (火) 22時55分

TITLE: Re[1]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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ソフィアさん

>懇親会の際の発言、意見のご報告、有難うございま>す。保存で行きましょうよ!そして活用方法につい>ては、時間をかけて、じっくり考えましょう!



じっくり考えたいのですが、あまり時間がないかもしれません。保存に進むには、市議の方々が来年度予算に計上していただかないと。



もちろん、慎重に有益にしていかないといけないと思います。単なる保存ではなく、町のためになるものにならないと、長続きしないですよね。



やはり、ここは町内の方の意見が重要になってくると思います。



>それにしても、ご紹介頂いた他の建物も、出来れば、残したいものです。



2つの中央郵便局は残す価値があると思います。町の風景を残すというのは大事なことだと思っています。



>そして、安藤忠雄さんにも、送信所の事、保存へ向>けての活動の事を、知って頂きたいと思いました。



実は当初から、そう思ってました。安藤さんの本をいくつか読んでいたのも、そういう理由です。安藤さんが賛同してくだされば、大きな力になるでしょうね。

少し落ち着いてきたので、手紙を書こうかと思います。既に事務所の住所は控えているので。

投稿: 久住浩 | 2007年10月30日 (火) 23時00分

TITLE: Re[1]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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イッシーさん

>写真に引き続きビデオも出てきました。2000年>11月に行われた「検見川送信所アートプロジェク>ト」のもようをNHK「日曜美術館」のアートシー>ンのコーナーで取り上げたものです。



ぜひ拝見したいです。貸していただけませんか?



>このビデオを見てて思ったのは、磨けば光る、とい>うこと。

>今はすっかり廃墟イメージが定着してしまいました>が、「廃墟から楽しい市民広場へ!」を合言葉に、>再生させましょう。こんなふうに生まれ変わるよ、>というのをビジュアルで提示することで、市民はも>っと賛同してくれることでしょう。



そうですね。どなたかパースを書いてくれる方なんていませんかね。やっぱり、ビジュアルは非常に大事です。河童画人さんの絵を見ても、絵は力だなと思いました。



文章書きはかないません。

投稿: 久住浩 | 2007年10月30日 (火) 23時03分

TITLE: Re[2]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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やはり多方面から専門家のかたがみえただけあって、色々と

勉強になりました。



五つの働きかけ、私もちょっとうろ覚えなんですよね。思い

出せる範囲だと、次の五つではなかったかと。



・建造物としての価値

・設計者(吉田氏)の作品としての価値

・検見川送信所自体の業績(送信所としての働き)

・検見川町の中における価値

・地元住民の保存への意向



四番目と五番目がちょっと怪しいです。

いずれにしても、地に足の着いた活動で、かつタイミングを逃

さないよう、息を長く続けて行く必要があると強く感じました。

投稿: 慧俊 | 2007年10月30日 (火) 23時08分

TITLE: Re[3]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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慧俊さん

>やはり多方面から専門家のかたがみえただけあっ

>て、色々と勉強になりました。



僕も同じ意見です。それなりに調べたつもりですが、そうそうたる方々が並ぶと違いますね。



>五つの働きかけ、私もちょっとうろ覚えなんですよね。思い

>出せる範囲だと、次の五つではなかったかと。



>・建造物としての価値

>・設計者(吉田氏)の作品としての価値

>・検見川送信所自体の業績(送信所としての働き)

>・検見川町の中における価値

>・地元住民の保存への意向



これは産業考古学会の方の言葉でしたっけ?

だとすれば、ご本人に直接伺ってみるのも手ですね。

ありがとうございました。



>いずれにしても、地に足の着いた活動で、かつタイ>ミングを逃

>さないよう、息を長く続けて行く必要があると強く>感じました。



そうなんです。やはり連続性が大事だと思いました。イベントをやったことで満足せず、これを形にしていかないと意味がないですよね。

次なる戦略も模索中です。いいアイデアがあったら、ご報告ください。

投稿: 久住浩 | 2007年10月31日 (水) 00時02分

TITLE: Re[2]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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久住浩さん

>じっくり考えたいのですが、あまり時間がないかもしれません。保存に進むには、市議の方々が来年度予算に計上していただかないと。



時間が無いようであれば、まずは当分の間壊さない事を約束させる事が重要ですね。取り壊しの担当はどこの機関になるのでしょうか?どういった働きかけが有効なのか?



本当に、来年度予算に計上しないと保存は無理なのですか?例えば、小額でも、検見川送信所の価値の再評価の調査の為の予算が付けば良いのでしょうか?



議員さんだけでなく千葉市長、市の関係機関の長や花見川区長宛に、保存を切望する声を、(何度か)届ける必要があるでしょう。何故なら、予算の原案を作るのは市の関係機関です。その後議会でその案を承認し事業に予算が付くのですよね。



>もちろん、慎重に有益にしていかないといけないと思います。単なる保存ではなく、町のためになるものにならないと、長続きしないですよね。>やはり、ここは町内の方の意見が重要になってくると思います。



俊慧さんの書いて下さった5つの方面の働きかけの4番目と5番目ですね。

4.検見川町の中における価値

5.地元住民の保存への意向

検見川町の方のご意見も重要だと思いますが、花見川区そして千葉市全体の住民も地元住民であると思います。保存できた場合利用もします。シンボルにも成り得ます。さまざまな意見を統合できると良いですね。



ちなみに、私の姉は3才年上で美浜区在住ですが、子供の頃良くあの辺りまで遊びに行き、柵を乗り越え、送信所の敷地内にも入っていたようです。残せば良いのにと言っていました。



>安藤さんが賛同してくだされば、大きな力になるでしょうね。>少し落ち着いてきたので、手紙を書こうかと思います。既に事務所の住所は控えているので。



ありがとうございます。宜しくお願いします。

投稿: ソフィア | 2007年10月31日 (水) 00時47分

TITLE: Re[3]:「知る」から「保存」へ〜検見川送信所イベント懇親会(10/30)
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ソフィアさん

>時間が無いようであれば、まずは当分の間壊さな>い事を約束させる事が重要ですね。取り壊しの担>当はどこの機関になるのでしょうか?



これが面白い話というか、中学校用地ですから、教育委員会が学校が必要かどうかを決めるんですよ。その一方で文化財で保存となれば、これも教育委員会が担当。この辺が大いに矛盾しているわけです。



>本当に、来年度予算に計上しないと保存は無理な>のですか?



予算に乗らなくても、このまま放置されるだけだと思います。悉皆調査は終わっているので、強度安全面を調査していただければ、いいのですが。それにしても、文化財としての指定されることが条件になるかと思います。



>議員さんだけでなく千葉市長、市の関係機関の長>や花見川区長宛に、保存を切望する声を、(何度>か)届ける必要があるでしょう。



その通りです。いろんなところからの働きかけが有効になるようです。



>俊慧さんの書いて下さった5つの方面の働きかけの4番目と5番目ですね。



慧俊(けいしゅん)さんがその後、ブログで詳しく報告してくださいました。

http://plaza.rakuten.co.jp/earlyriser/diary/200710300000/



>検見川町の方のご意見も重要だと思いますが、花>見川区そして千葉市全体の住民も地元住民である>と思います。



僕もそういう意識です。もっといえば、国家事業として建てた建物ですから、日本国民なら誰もが口を出す権利があるはずです。専門家の方もそうおっしゃっていました。



>ちなみに、私の姉は3才年上で美浜区在住ですが、>残せば良いのにと言っていました。



ぜひお姉さんも参加してくだされば。

投稿: 久住浩 | 2007年10月31日 (水) 20時24分

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