« 昭和初期の風景印に見る検見川送信所 | トップページ | GR2を買ったわけ »

2008年4月26日 (土)

旧炊事棟~鉄道第一連隊跡

先週からの体調不良も最悪な時期は脱したようで、図書館へ調べものに。いつもなら、自転車ですが、今日はさすがに自動車。鉄道連隊跡のある椿森が近くなので、少しだけ散策。


大きな地図で見る

グレーで囲った場所が鉄道第一聯隊跡。この辺りは住宅地に様変わりをしていて、普通に歩いていると、軍隊が置かれていたとは到底思えない。というのも、1945年7月6~7日(通称・七夕空襲)で集中的に爆撃を受け、戦後、住宅地に生まれ変わった地区だからです。

椿森公園の入り口付近に小高い山があります。ここは将校集会所庭の築山跡。しかし、案内板は一切なく、普通に歩いていたら通り過ぎてしまいます。

記念碑はないのか? と言いますと、少し離れた椿山集会所の隣にあります。

2メートル以上ある立派な石碑は「鉄道大隊記念碑」。北清事変(通称・義和団の乱、1900年6月20日 - 1901年9月7日)で亡くなった将兵を悼んだもの。裏面には北京郊外の鉄道路線図があり、下には「北清事変現存将校」として建立者の名前が刻まれています。

鉄道大隊は明治29年(1896年)創設。1908年に東京・牛込、津田沼を経て椿森に移ってきて、鉄道連隊第一連隊となるわけです。連隊に配属された大隊の生き残り将校たちが後年、以前の仲間を弔おうと作ったということになるのでしょうか。

小さい方(左下の白っぽい石)は「鉄道隊駐屯の地」とあり、こちらが戦後に作られた記念碑ということになるようです。

以前、旧鉄道連隊材料厰煉瓦建築(1908年竣工、轟町)を紹介しましたが、椿森にも同時期に作られたものがわずかに残っていると聞いていました。ようやく見つけることができました。それがこれです。旧炊事棟です。

外観から伺うことができませんが、裏側に回ると、1階部分が煉瓦造りになっているのが分かります。椿森の一帯は2度の大規模空襲を受けましたが、ここは奇跡的に壁が残ったようで、施設を譲り受けた民間業者が2階部分を増設して、2階部分を寮として使っているようです。

窓部分はアーチになっていて、それらしさを見ることができます。

以下は戦時中の絵はがきで、鉄道連隊の炊事棟の様子を撮影したものだそうです。よく見ると、レンガにアーチを見ることができます。

以上、写真はGR DIGITAL2で撮影しました。

★代引手数料・送料無料!アクセサリーもお買得価格!★【でんき0317】リコー GR DIGITAL II
価格 51,240円 (税込 53,802 円) 送料込

※参考文献

|

« 昭和初期の風景印に見る検見川送信所 | トップページ | GR2を買ったわけ »

千葉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/153718/41001653

この記事へのトラックバック一覧です: 旧炊事棟~鉄道第一連隊跡:

« 昭和初期の風景印に見る検見川送信所 | トップページ | GR2を買ったわけ »