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2008年4月12日 (土)

刑務所へ行こう!

「刑務所へ行こう!」と元気に書いても、なんだかなぁという感じですね(汗)。

Googleのマイマップ機能で、「千葉市近代建築マップ」を作ってみようと思いつきました。

戦時中、2度の大規模空襲を受けた千葉市には歴史的な建築物は少ないのですが、それでも見るに値するユニークなものがいくつか存在します。それらを写真付きで紹介すれば、千葉市の観光と文化再発見のヒントになるのでは? と、おこがましくも思った次第です。

そんな中で、千葉刑務所は最初に取り上げるべき建物だと思いました。写真を撮ってくる必要がある!早速、刑務所へ行こう。

千葉刑務所は文化財指定こそ受けていませんが、1907年(明治40年)竣工と近代建築の中でも最も古い。設計は司法省の山下啓次郎氏。山下氏が手がけた千葉、金沢、奈良、長崎、鹿児島の刑務所は「日本の5大監獄」と言われているそうです。

そして、この山下氏の孫がジャズピアニストの山下洋輔氏。洋輔氏は祖父の足跡を追って、「ドバラダ門」(絶版)という本も記しています。「細野晴臣の祖父がタイタニック号の生き残りだった」という事実同様、ちょっとしたトリビアですね。

近代建築の面白いところは、こうして祖父、父世代に遡ばるだけで、へぇと声を上げる事実が落ちていること。二世代くらい前の話ですから、親しみも感じます。

今回も自転車で向かったわけですが、あれ、道はどっちだ? 

何度か通りかかったことがあるものの、中に入ったこともなければ、行ったこともない。道が定かではありません。

そんな時に、ちょうどお巡りさんの姿が。これ幸い、道を訪ねようかと思ったのですが、やめました。

「刑務所に行きたいのですが」と聞いたら、どう思うでしょうか?不審者と思われるかもしれませんから。

地図を広げました。場所は佐倉街道の坂の途中にあります。近くを走ると、「刑務所につき、立ち入り禁止」といった看板が目につきます。

ちょっと脇道を上がると、巨大なコンクリートの塀と監視カメラ。その近くに、一般住宅もあり、不思議な感じを持ちました。

正面につきました。看板によれば、所内は撮影禁止のようですが、所外は関係ないようです。土曜日のせいか、門番もいなかったので、遠くから撮影させていただきました。

第1ゲートがあり、さらに所内という構図になっているようです。

昔の映画では、登場人物が刑務所のことを「別荘」と呼んでいましたが、それも頷けます。山下啓次郎という一流アーキテクトによる建物は、まるで宮殿のようです。遠くからも威風堂々とした姿が窺い知ることができます。もっと近くに行きたかったのですが、あまり奥まで行くと、別の形で入ることになりそうです。

千葉刑務所のHPによれば、千葉刑務所は初犯ながら刑期の長い受刑者が入っているそうです。それゆえ、手に職をつけて、社会復帰してもらおうと、さまざまなプログラムがあるようです。ネットで見る限り、刑務所の見学は法学部の大学生の研究の一環として行われているようですが、建物の見学などは行われていないようです。

また、ネット上には、千葉刑務所の近景もありました。何かの催しの際に撮影されたもののようです。

これを手がかりに調べを進めました。そして、毎秋、受刑者が手がけた工芸品を展示・販売する「矯正展」が開かれていることが分かりました。ネットでは公示されることはないようで、直接問い合わせる必要があるようです。


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コメント

ステキな建物ですね。
刑務所という、特別な建物にしておくのは勿体ないくらい。
近くで見てみたいです。
「検見川送信所」もそうですが、
Rのある建物は、それだけで心惹かれるのです。

投稿: 裏猫あ~ | 2008年4月14日 (月) 08時04分

裏猫あ~さん

近くでごらんになりたい場合は矯正展に出かけるしかないですね。例年ですと、11月第2週の日曜日に開かれているようです。

工芸品などの即売・展示も行われているので、あ~さんの趣味にも合いそうな気がします。ビーズはないかもしれませんけど。

山下敬次郞という方は確か欧州で建築を学び、東京駅の辰野金吾の門下生だったように記憶しています。そういわれてみれば、東京駅っぽい、と思いませんか?

建物のRって、僕も好きであ~る。なんちゃって。

投稿: 久住コウ | 2008年4月14日 (月) 09時28分

刑務所と云うより、監獄と云った方が旧い私には
ピンときます。昔は四街道から千葉へ行くのに
高品交差点を通る道はまだ無く、ボンネット
バスのルートは刑務所の塀を見ながら千葉へと
向かいました。佐倉街道、広小路の交差点は
当時、真ん中に池があるロータリー式でした。

昔は刑務所の正門から中を覗くと有刺鉄線を
張ったバリケードがいくつも見え、物々しい
警備をしていましたが今はそうでもないよう
ですね。

今でも残る佐倉街道の四街道入り口、懐かしい
風景です。

投稿: かっぱ画人 | 2008年4月14日 (月) 12時32分

>かっぱ画人さん

>刑務所と云うより、監獄と云った方が旧い私に
>はピンときます。

ある時代までは千葉監獄と言われていたのでしょうね。そういわれると、いつからなんだろうと気になりますね。

>昔は四街道から千葉へ行くのに
>高品交差点を通る道はまだ無く、ボンネット
>バスのルートは刑務所の塀を見ながら千葉へと
>向かいました。

都賀を通る直線道路ですね。あそこは比較的新しいように思えます。

>昔は刑務所の正門から中を覗くと有刺鉄線を
>張ったバリケードがいくつも見え、物々しい
>警備をしていましたが今はそうでもないよう
>ですね。

塀の監視塔にも、人影は見られませんでした。全部カメラでやっているのではないでしょうか?

思い出したのですが、刑務所の前を通る時は市営霊園に行くときでした。僕の頭の中では刑務所と霊園はなぜかリンクしています。

投稿: 久住コウ | 2008年4月14日 (月) 12時59分

高崎かな?前橋かな?お隣の県にもありますね。刑務所。

19か20歳の頃、前橋にある友人の実家に彼を送っていく際、たまたま早朝に近くを走ったら、その筋の偉い方の出所だったらしく、沿道にズラーっと強面のお兄さん達がいるのに縮み上がったのを思い出しました(笑)

ある意味、加害者に方は手厚いですね。

投稿: しぇるぽ | 2008年4月14日 (月) 22時10分

>しぇるぽさん

>高崎かな?前橋かな?お隣の県にもあります
>ね。刑務所。

前橋刑務所がありますね。

>19か20歳の頃、前橋にある友人の実家に彼
>を送っていく際、たまたま早朝に近くを走った
>ら、その筋の偉い方の出所だったらしく、沿道
>にズラーっと強面のお兄さん達がいるのに縮み
>上がったのを思い出しました(笑)

それはすごい光景を見ましたね。

>ある意味、加害者に方は手厚いですね。

法制度と刑務所というテーマだと、かなり深い話になりますね。その辺をスルーしてしまったのですが(汗)、来春から裁判員制度が始まります。市民としても、いろいろ勉強しないと大変なことになりますよ、これは。

投稿: 久住コウ | 2008年4月15日 (火) 10時54分

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