« 検見川送信所を知る会HPリニューアル | トップページ | 検見川ナイトの模様が「千都よみうり」(4/12)に »

2008年4月15日 (火)

旧鉄道連隊材料厰煉瓦建築

何でも聞いてみるものです。

千葉経済大学の敷地には鉄道連隊材料廠(しょう)があります。


大きな地図で見る

通りからも、その姿を拝むことができるのですが、どうせなら内部を見てみたい。川光倉庫に続き、千葉経済大学に問い合わせてみました。

大学の敷地にあるのですが、管理をしているのは高校だそうです。千葉経済大学附属高校はセンバツ高校野球に出場したことでも知られます。

何名でいらっしゃいますか?と聞かれたので、「一人ではまずいですか?」と僕。
担当の方は「いえ、大丈夫ですよ」

とはいえ、せっかくの機会ですから、近くに事務所を構える熊谷俊人市議をお誘いしました。熊谷市議は早速レポートされています。

鉄道連隊の歴史はほかのウェブサイトに詳しく書かれていますので、簡単に。

東京・牛込にあった陸軍士官学校に1896年に創設された鉄道大隊が起源。中野にあった交通兵旅団が発展し、連隊となる。一時、津田沼に兵営が置かれましたが、1908年に第一大隊、第二大隊、連隊本部が千葉町椿森に移ります。

千葉には軍事施設がたくさんあるのですが、それには町の発展を願い、千葉町が誘致に熱心だったという背景があったのです。

そして、この鉄道連隊の着任をきっかけに千葉は発展します。ところが、終戦間際には軍都だったゆえに、大規模空襲を受けるわけですから、歴史の皮肉を感じます。

外観は2階建てのように見えますが、中に入ると、平屋であることが分かります。材料廠は1908年(明治41年)に作られた煉瓦造りアーチ構造。10連アーチが非常に珍しいということです。

2階に見える部分にはレールとクレーンがあります。これを動かして、作業をするわけです。

左右にトタンで増設した部分がありますが、これは昭和に入ってから作られたことが文字などで判明したそうです。

窓ガラスがいくつか割れています。薄いガラスなので、台風などで壊れてしまう。しかも、新しいものを嵌めようとすると入らない。しかたなく、板などを被せています。

戦後は国鉄のレールセンターとして使われていましたが、千葉経済大学が土地を取得し、平成6年に千葉県指定文化財登録に動きました。近くには給水塔もあったそうですが、鳥が巣を作るなどしたそうで取り壊されたそうです。

文化財に指定されてメリットはありますか?と聞くと、「ないですね。火は絶対に使えませんし」。

現在は地元劇団に倉庫として貸しているほか、自転車部の保管庫にもなっている。時折、近くの小学生が社会科見学に訪れるそうですが、建物よりも劇団の道具類に目を奪われてしまうとか。材料廠と言ったって、鉄道車両があるわけではないので、ピンと来ないのでしょう。鉄道模型でも一つあると違うのかも知れませんね。とはいえ、そこにないから想像することが楽しいと、僕は思うんですが。

「劇団が公演を行ったこともあったのですが、音響などがよくなかったそうで、一度きりで終わってしまいました」

なかなか難しいものですねぇ。

「ビアガーデンだったら、素敵だな」とも思ったりしたのですが、火が使えないとなると、そうもいかないわけです。文化財指定というのも案外、不自由なものです。

建物の外には、引き込み線が残っています。10個のアーチそれぞれにあったようで、材料廠に入れて、何らかの作業を行ったのでしょう。

煉瓦構造の部分は54.4m×7.3mと細長いのですが、この7mちょっとの長さに車両が収まったのでしょうか。現代の車両だったらムリでしょうね。明治時代の鉄道車両は短かったということでしょう。

特に軽便鉄道は軌道60センチと聞きますから、長さも5m程度なのかもしれません。トタンの増設された部分は次第に車両が大きくなったから、ということでしょうか?

現在、床はコンクリートで固められていますが、その下には今もレールが埋まっているそうです。どんな風に並んでいるのでしょうかね。興味は尽きません。

フォトギャラリーにはブログ未掲載写真もあります。

写真はキャノン30Dで撮影。新型は40D。

EOS 40D ボディ
価格 94,500円 (税込99,225円) 送料別
【キャンペーン対象購入期間】
2008年3月20日(木・祝)~2008年6月30日(月)

【お申し込み締め切り】
2007年7月15(火)

【景品内容】
EOS 40D・ボディをご購入の上、ご応募いただくと、10,000円をキャッシュバック!

検見川送信所を知る会
賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
<a href="http://kemigawaradio.web.fc2.com/" target="_blank"><img src="http://moleskine.air-nifty.com/photos/sozai/banner.jpg" width="170" height="60" alt="検見川送信所を知る会" border="0"></a>

|

« 検見川送信所を知る会HPリニューアル | トップページ | 検見川ナイトの模様が「千都よみうり」(4/12)に »

千葉」カテゴリの記事

近代遺産」カテゴリの記事

コメント

これは貴重な見学ですね。
まだ床のコンクリートにレールが埋もれている、というところにノスタルジックな感覚を持ちました。
ただ、保全・活用となると現実的な問題が立ちはだかる、というのもよくわかりました。
火が使えないのなら、電子レンジとかは大丈夫なのかな…?

投稿: まさやん | 2008年4月16日 (水) 07時55分

一帯は国鉄のレールセンターがあった場所で、昭和50年代半ばまで使用されていたと聞いています。

ターン式の引き込み線などマニア心をくすぐるものもたくさんあったのでしょう。

鉄道ブームの折、脚光を浴びることはないのかなと思ったりもするのですが。

文化財指定というのは、実は厄介な側面もあるんです。考えさせられますね。

投稿: 久住コウ | 2008年4月16日 (水) 11時38分

煉瓦のアーチは見ごたえがありますね。
現在は倉庫ですが倉庫では勿体無い
建物だと思いました。

画像を拝見していて煉瓦にも興味が出て
きました。積み方はイギリス積みに見え
ますがどうなのでしょう。

監獄も煉瓦ですし、大量の煉瓦は何処から
どの様に運ばれたのか、また煉瓦の工場は
何処に在ったのか等、興味を引きます。

そう云えばお庭のピザ窯や花壇も煉瓦造り
でしたね(笑)

投稿: かっぱ画人 | 2008年4月16日 (水) 22時21分

>煉瓦のアーチは見ごたえがありますね。

煉瓦のアーチというのは技術的にも難しいですし、迫力があります。

>現在は倉庫ですが倉庫では勿体無い
>建物だと思いました。

そうなんですが、見せて頂いたということもあって、はっきりとは書きにくい面も(汗)。ここで書いては同じですけど。そうお感じになってくだされば、意図は伝わったんだと思います。

ただ、文化財保存というのは、ここでも書いた通り、難しい側面もあるようです。それでも、公開されたり、ある意味、利活用されているわけですから、検見川送信所よりも、いい環境とは言えるのかもしれません。

こちらの建物も感激しましたが、個人的には気球連隊格納庫を倉庫として使っている川光倉庫さんの建物の方(前回の記事)が迫力を感じました。

>画像を拝見していて煉瓦にも興味が出て
>きました。積み方はイギリス積みに見え
>ますがどうなのでしょう。

ご指摘の通りで、イギリス積みです。

>監獄も煉瓦ですし、大量の煉瓦は何処から
>どの様に運ばれたのか、また煉瓦の工場は
>何処に在ったのか等、興味を引きます。

そうですね。どこで焼かれたものなのでしょうかね。最後は鉄道連隊が機関車で運んだのでしょうが。

>そう云えばお庭のピザ窯や花壇も煉瓦造り
>でしたね(笑)

我が家の煉瓦は非常に簡単な積み方をしています(汗)。

投稿: 久住コウ | 2008年4月16日 (水) 23時01分

レンガのアーチから「トーマス」達が顔を出しそうな感じですね。
それにしても、久住さんの行動力にはいつも驚かされます。(^-^)

投稿: 裏猫あ~ | 2008年4月17日 (木) 10時36分

裏猫あ~さんへ

機関車トーマスがいたら、小学生たちも興味シンシンでしょうね。機関車は市内にも、いくつかディスプレイされている場所があるのですが、一台持ってこられないものでしょうかね。ムリですね。

それにしても、もう少し展示資料などがあれば、立体的に理解することができたりするのになぁ、とは感じます。

あるいは紙一枚でも変わるとは思うのです。

行動力に驚き、ということですが、ほぼ思い付きです(汗)。先入観をもたず、無知を恐れず、トライすること。それでなんとかできることもあります。

投稿: 久住コウ | 2008年4月17日 (木) 14時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/153718/40891261

この記事へのトラックバック一覧です: 旧鉄道連隊材料厰煉瓦建築:

« 検見川送信所を知る会HPリニューアル | トップページ | 検見川ナイトの模様が「千都よみうり」(4/12)に »