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2008年5月 5日 (月)

明治末期のフランス風木造住宅、旧北白川宮邸(木村邸)

4日はかっぱ画人さんの案内で四街道市の文化財・史跡を見て回りました。

以前から、旧北白川宮邸)という洋館が四街道にあると知り、サイクリングがてら見学をしようと思っていたのですが、そこはかっぱ画人さんのお知り合いの家ということでした。


木村家住宅(旧北白川宮邸) 四街道市 個 人
登録有形文化財
登録日:平11.7.8 第12-0013号
木2

以下は千葉県の近代産業遺跡HPより引用

建築年 明治39年
設計者 フランス人技師
施工者 牧野 豊

明治39年に陸軍少佐 牧野豊がフランス駐在中に住んだ住宅の設計図を持ち帰り、技師をフランスから招き建設したと伝えられています。その後、大正9年から11年にかけ、皇族の北白川宮殿下の住まいになりました。
住んだのは、陸軍野戦砲兵第4連隊の大隊長であった北白川宮第三代の成久王と思われますが、決定的な証拠は今のところ見つかりません。


千葉市のお隣、四街道市も、千葉市同様かつては軍都でした。四街道はフランスとの交流が町の発展に大きな役割を果たしている。明治時代は、上記のようにフランスで学んだ軍人もいたようだし、大正期にはフランス航空使節団が下志津にやってきて、四街道の小学生たちはラ・マルセーズを原語で歌って、歓迎したという。

こんな話は市民にどれだけ知られているのだろう?


大きな地図で見る

四街道駅から徒歩数分のこの一帯はかつては将校たちが住んでいたという。

このお宅は現在、個人住宅であり、邸宅には家主のご子息一家が暮らしており、普段は外観を道路から見ることしかできない。今回は特別に敷地の中にいれていただき、外観を拝見させていただきました。

登録有形文化財に指定されたのは平成11年。家主によれば、その2年前にリフォームをされたそうで、だいぶ外観は変わっているという。確かに、外壁を見ると、真新しいサイディングが貼られてます。以前は旧生濱町役場庁舎のような下見張りだったのではないでしょうか。


玄関扉

玄関脇には郵便・新聞受けがあります。模様が年代を物語っています。

窓には鎧戸がついています。昔の雨戸のようなものですが、現在も洋風邸宅には見られるもので、我が配偶者も、新築の際には鎧戸をつけたい、と言ってましたっけ。家のアクセントにもなるんですね。左側には「登録文化財」のプレートが埋め込まれています。

さて、文化財に住むというのはどういう気持ちなんでしょう?

「手を加えられないから、大変ですよ」と家主の方は言います。登録後だったら、リフォームも制限されます。自分の家ながら、自分の都合で修繕もできないのであれば、確かに不便でしょうね。

今回は特別にバックヤードも拝見することができました。

居心地のよさそうな小さなサンルームがありました。

かっぱ画人さん、家主の方の好意で、今回は貴重な体験をさせていただきました。

撮影はGRD2とGX100(バックヤード部分、広角レンズ使用)にて。


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コメント

鎧戸・・・って言うんですね。知りませんでした。

うちの近所の団地内にも、こうしたデザインの可愛らしいお宅がありますが、この写真のように機能するものではなくデザインとしてのモノのようです。サイズが窓より小さいんですもの(笑)

以前、出張でドイツに行った際「この街では建築法で鎧戸の設置が義務付けられている」と同僚に説明されました。それほど、外観や景観に対して厳しい規制がかけられているんですね。

家は個人の住まいであると同時に、街の景観を構成する一部である・・・・という意識。現在の日本にはなかなか無い考え方でしょうかねぇ?

いろんな個性がごっちゃになってるのも、日本的かも知れませんけどね(笑)

投稿: しぇるぽ | 2008年5月 6日 (火) 12時43分

>しぇるぽさん

>鎧戸・・・って言うんですね。知りませんでし
>た。

僕も配偶者が言い出すまで知りませんでした。

>うちの近所の団地内にも、こうしたデザインの
>可愛らしいお宅がありますが、この写真のよう
>に機能するものではなくデザインとしてのモノ
>のようです。サイズが窓より小さいんですもの
>(笑)

そんなものを見たら、配偶者は狂喜乱舞でしょう(笑)。当時、僕も「機能的じゃない」と否定したら、「機能なんて関係ないの!」と一喝されました(汗)

>家は個人の住まいであると同時に、街の景観
>を構成する一部である・・・・という意識。現
>在の日本にはなかなか無い考え方でしょうか
>ねぇ?

自宅近くや小学校近くにラブホテルが出来ると、急に権利を主張したりしますが、そのほかでは無関心ですね。

僕はこう思うんです。町の景観をよくすることや、文化財を大切にしようということは、自分の町の総資産をあげることだ、と。きれいな町並みだったり、珍しいものが集まれば、人はそこにやってくるわけで、経済効果があるわけです。

それには、きちんと評価していく必要があるんじゃないかと思います。といっても、僕は建物の専門家ではないわけですが。

まずは国や自治体が文化財保護に税優遇するなどの啓蒙も必要なんじゃないでしょうか。

>いろんな個性がごっちゃになってるのも、日本
>的かも知れませんけどね(笑)

うん、ジャンクなものも文化だと思いますけどね。

投稿: 久住コウ | 2008年5月 6日 (火) 22時28分

>僕はこう思うんです。町の景観をよくすることや、文化財を大切にしようということは、自分の町の総資産をあげることだ、と。きれいな町並みだったり、珍しいものが集まれば、人はそこにやってくるわけで、経済効果があるわけです。

同感ですね。

実際、欧米ではそうですよね。中古住宅市場が確立されていて、買った家をメンテナンスすれば、買ったときより高値で売却できるし、それは家だけでなく、庭やさらには周囲の家も含めた地域としての価値で評価される。

そんな仕組みがあってもいいように思います。

土着・・・の意識が強い日本では、家(=土地)をヒョイヒョイ売り買いするという感覚に乏しいんでしょうね。でも、そうしたことが経済効果につながるという仕組みができれば、きっとみんなせっせとDIYで家をメンテナンスするでしょうね。

海外にいくと住宅街が素敵だなぁ♪と思うことが多いのですが、それにはこうしたインフラがあるからなんでしょうね。賢いなぁ・・・と思います。

投稿: しぇるぽ | 2008年5月 7日 (水) 06時21分

しぇるぽさんへ

家の価値は経年により償却されるものという印象ですが、逆に価値が上がるということがあるんですね。

確かにアンティークなどは年を追うごとに価値が上がっていきます。家もそうあってもおかしくない話です。

建築家の方から聞いた話ですが、保存の一つの考え方として、価値などを考えず、古いものは片っ端から残すというのがある考え方があるそうです。

一見、乱暴な考えにも思いますが、価値を図るというのも、尊大な考えかもしれません。

誰が何の権限で決めるのか?

例えば、文化住宅は今は建築的な価値は薄いかもしれません。しかし、100年後はどうでしょうか?20世紀の標準的な住宅として、十分価値があるものになるわけです。

この考え方は面白いなぁと思いました。

検見川送信所も一時は壊せという話が主流だったわけですが、残せという声が出てくる。

物の価値はどこで変換するか分かりません。面白いなぁと思います。

話は少し飛びましたが、インフラは必要ですね。日本の総資産を上げるために。

投稿: 久住コウ | 2008年5月 7日 (水) 11時54分

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