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2008年6月 9日 (月)

検見川トマソン

街で見かけるヘンなもの。なんか呼び名があったよなぁ。ずっと頭の片隅にあったのですが、ようやく思い出した。

そうそう、トマソン。僕の世代的にはヘンな造形物や雑誌などの誤植に突っ込みを入れる「VOW」という雑誌が有名だったのですが、トマソンはそのオリジナルというべき存在です。

トマソンとは、路上観察で有名な作家・赤瀬川原平氏が提唱したもので、不動産に付着している無用な造形物の総称。由来は大金かけて鳴り物入りでやってきたのに、全く活躍しなかった巨人の助っ人外国人ゲーリー・トマソン。08年風に言えば、ゴンザレス(薬物使用で解雇)とでも呼ぶべきだろう。

昔はトマソンはそこら中に存在していた気がする。古い場所や建物には、意味不明の残骸があった。それがめっきり減ったのはスクラップ&ビルドのバブル期があったからでしょう。この時期に多くの貴重な建築がなくなったが、多くのトマソンも消え去った。赤瀬川氏はトマソンを超芸術と呼ぶ。作為的なものではなく、いろんな偶然が要因でできたものだからです。その原因の多くは金の都合だと思う。

検見川送信所もトマソン的な経緯で現存している。建物を壊そうにも、あまりにも丈夫にできていて、多額の費用がかかる。千葉市も財政難だから、おいそれとお金を出せない。

以下の写真は送信所の近くを散策していた時に見つけた検見川送信所近くの民家の庭です。庭の中心にコンクリートの固まりがデーン。明らかな異物です。 

周りでガーデニングもされていますが、邪魔でしょうね。ちょうど家人が庭に出ていらっしゃったので、撮影の許可を取って、話を聞くことができました。

「これはいつからあるのですか?」僕は聞く。
「正確には分かりませんが、父親の世代からありました」
「これはなんでしょうか?」
「鉄塔の基礎部分だと思います」

下の写真を見ていただきたい。


大きな地図で見る

モノクロ写真は昭和22年ごろ空撮写真から送信所周辺を抜粋したものです。参考までにグーグルマップを貼り付けてみました。

現存しない第2期工事で完成した建物も見えます。周辺は送信所のほかに建物はなく、一面サツマイモ畑だった。唯一、左下部分にある住宅群は送信所の官舎で、左下部分の黒いところは海。

これらの建物を囲むようにして、白い棒のようなものが写っているのが分かります。全部で十数本確認できるはずです。この白い棒が鉄塔。

送信所は広大な敷地の中にありましたが、鉄塔は自分の土地だけでは収まらなかった。当時の逓信省は場当たり的な土地の運用を行っていた。鉄塔を建てる土地は買わずに、鉄塔を建てる部分の狭い土地だけ農地から借りたのだ。

戦後、検見川でも宅地化が進む。鉄塔の周囲を囲むようにして、住宅が送信所に迫る。そうなると、いろんな問題が出てきた。鉄塔の上からは水やら鳥のフンも落ちてきたでしょうし、ラジオやテレビが普及すると、電波障害なども起こった。そうなると、鉄塔は邪魔な存在になる。

そうした住民からの苦情も引き金のひとつになって、1979年に閉局を迎える。閉局後、鉄塔自体は割とすみやかに撤去されていったようだが、厄介だったのは、その基礎部分だったようだ。今の欠陥マンションの基礎とは違って、しっかりとした強度を持っている。一般市民が壊せるようなヤワなものではない。

こうして、鉄塔の基礎だけがいくつか残っていたようだ。基礎部分は閉局から10数年経った91年には市議会で問題になっています。

1991.02.26 : 平成3年第1回定例会(第3日目) 本文

中村敏夫市議(共産党)

以前ここは電電公社検見川送信所の鉄塔が立ち並んでいました。送信所が移転したため,鉄塔は姿を消しました。
 かつて私はこの議場で,古くなって赤さびていつ倒れるかわからん。そういう鉄塔を危険だから撤去するように,この場から電電公社に申し入れることを求めたことがございました。

 現在,区画整理事業の中で,この鉄塔のコンクリート基礎除去工事を千葉市の手で行っています。全部で50カ所あり,そのうち11カ所除去中とのことです。本当は,コンクリート基礎も鉄塔と一緒に電電公社かNTTが撤去すべきなのに,NTTの台帳に一切記載のないものだから,こういうことでNTTが撤去を渋ったということであります。50カ所全部の鉄塔基礎をNTTにやらせるべきですが,はっきりした御答弁をいただきたいと思います。

◯都市局長(杉山義命君) 

 この地区には,約50カ所の鉄塔基礎がございます。検見川無線送信所の移転に伴いまして,昭和58年から59年にかけて鉄塔は撤去されましたが,基礎の一部を撤去するにとどめ,今日に至っているわけでございます。
 その後,送信所移転を機に,この地区の基盤整備をするため,昭和61年,区画整理事業を行うこととしたわけでございます。
 一般的に,建築物の移転,または除却につきましては,事業進捗の円滑を図る意味から,法77条によりまして,事業施行者が直接に施工できますが,所有者みずから施工することもできるわけでございます。
 この基礎は除却の必要がありますので,所有者であるNTTに対し,みずから移転する意思があるか否かの文書照会をし,その回答を受け,除却等の工事を施行者である千葉市に一任されたため,今回の除却工事を施工することとなったわけでございます。

鉄塔の基礎部分は当時50か所もあったそうですが、送信所跡以外の場所で基礎はほとんど確認できない。今回、撮影した部分が唯一かもしれない。そういう意味ではトマソンであると同時に貴重な遺構とも言えるかもしれない。

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撮影はGX100にて。


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コメント

トマソン・・・・時代を超えて厄介もののレッテルを貼られるなんて・・・・ちょっと気の毒ですね(笑)

航空写真で現代と当時の比較をできるなんて素敵ですね。今多くの人は芋畑だったところに住んでるんですねぇ。うちはどんなだったんだろう?

投稿: しぇるぽ | 2008年6月 9日 (月) 12時36分

>しぇるぽさん

ゲーリー・トマソンって、ほとんど記憶にはありません。調べていると、トマソンの前の4番打者は中畑なんですね。

航空写真は図書館などで見ることができますよ。今度、確認してみてください。

2つの写真を比べると、住宅街が送信所に攻め込んでいるような感じがしました。

現在はさらに住宅が増えています。

投稿: 久住コウ | 2008年6月10日 (火) 11時31分

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