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2008年7月 7日 (月)

七夕空襲 千葉神社

写真を撮り始めたきっかけは、サイクリングだった。自転車に乗って、近所をブラブラして写真を撮って帰ってくる。

ずっとデジタルで撮り続けていたのだが、デジタルのあまりにはっきりとした質感に、違うな、と思い始めた。そこで、フィルムカメラに回帰した。露出計もついていないが、露出とシャッタースピードがついているライカM3。まだまだ使いこなせていない。試行錯誤の連続。だが、その試行錯誤が楽しい。

フィルムで古い建物を撮ると、しっくりくるような気がする。デジタルでは見えなかった空気感のようなものが伝わってくる。

これはなんだろう? それはあまりにも直感的で、文章では説明不能な領域だが、その場所にある歴史がなせる「何か」なんだろうか?かつて、心霊写真が騒がれたのも、「フィルムカメラには空気を切り取る力がある」から、かもしれない。

5日、千葉市街を走っていたら、鮮やかな朱色の建物が目に留まった。千葉神社である。鳥居と本殿には、笹が飾ってあり、短冊にはいろんな言葉が書かれている。

千葉神社
千葉神社(ライカM3、ズミクロン50mm、アグフアビスタ400)

千葉市にとって、七夕は別の意味で特別な日である。千葉市は戦時中、2度の大規模な空襲を受けた。2度目となる昭和20年7月7日未明のものは七夕空襲と呼ばれる。人々が星に願いをこめたその夜(実際は夜明け前だが)に、129機のB29が889.5トンの焼夷弾を投下した。その結果、中心市街地の約7割が焼け野原となり、尊い人命が失われた。

この事実を、どれだけの人が受け止めているのだろうか? 恥ずかしながら、僕自身も最近までよく知らなかった。これも、サイクリング&カメラを通して知ったことだ。

七夕空襲で、千葉神社の建物がどうなったのかは詳しく調べていないが、おそらくかなりの被害を受けたのだろう。隣接する千葉家の菩提寺、大日寺は全焼し、現在は西千葉に移転し、跡地は公園になっている。

千葉神社では1127年から毎年、8月16日から22日まで「妙見大祭」というものを行っている。星を司るという妙見尊星王(北斗七星)のお祭で、「何か一言願をかければ、その願いは必ずや達成される」との伝えにより、『一言妙見の祭礼』とも言われているそうだ。まさに「星に願いを」である。終戦直後の昭和20年8月16日も、焼け野原の中、千葉の復興を願い、祭りは行われた、という。

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コメント

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投稿: ieiijuynng | 2010年4月14日 (水) 02時35分

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