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2008年7月 1日 (火)

日本における近代建築の原点~吉田鉄郎の作品を通して~


(GR DIGITAl2)

シンポジウムの冒頭、南一誠芝浦工大教授からは中央郵便局保存が目的ではない、との前置きがあった。「それには事情がある」と建築関係者は言う。建て替え推進派、保存派が同じテーブルで語ることが大事という民主主義的なスタンスもあるが、建物を守ろうというのも、日本建築学会会員ならば、建て替え案を出すのも日本建築学会会員である。主催者側の微妙な立場を理解しなければならない。

しかしながら、東京中央郵便局をめぐっては先週、ファザードのレプリカを残し、高層化するという建て替え案が提示されたばかり。まさに待ったなしの状況に置かれた感がある。

シンポジウムでは鈴木博之東大教授が「保存が目的ではないとは言っていられない」と切り出し、東京駅周辺をめぐる建物事情について語る。30年前の写真と比べると、東京駅周辺の建物は驚くほど変貌を見せている。東京駅自体は竣工当時の3階建てに復原する計画が進んでいるが、周辺は建て替え、高層化の嵐。首都の顔であるターミナル駅がこれだけ激変している例は諸外国を見渡してもないと指摘する。

「東京中央郵便局を重要文化財にする会」の中心人物、兼松紘一郎氏は「建て替え案が提出されたことは既成事実を作ってしまおうという郵政側の意図を感じる」と憤った。さらに有識者の意見を聞いたとしている点については特に「許せない」と語る。

「なくなるよりは一部を残す方がマシとの声があるがレプリカなんてありえない。それなら壊した方がいいくらいだ」

小泉内閣時、郵政解散後に民営化が決定した。民営化された日本郵政が選んだ道は不動産を生かし、高層化を進め、テナント料で収益を上げるというもの。民間企業ならば、収益を上げることは当然の使命とも言える。

しかしながら、郵便会社の30%は国の持ち分であり、単なる民営ではない、その財産は国民全員のものだというのが兼松氏の主張だ。

建物の保存活動にも大きな関心を持つ民主党の河村たかし議員の姿もあった。東京中央郵便局の保存をめぐっては河村議員だけでなく、超党派の議員が結束し、要望書も出している。民主党党首選に出馬を表明したこともあってか、「私が総理なら間違いなく残す」といい、これまでの保存運動の経験から「裁判を起こして、最後は座り込みだ」と行動派らしい発言も。

目下、東京中央郵便局の外壁には崩落の危険があるとして、ネットが張り巡らされている。この件についても「だいたい網が張ってあるのも嘘だ。建物を建て替えて、喜ぶのは郵便局の25万人だけ。1億人の利益にはならない」とさえ言う。

吉田鉄郎のモダニズム建築の傑作でありながら、これまで低く見られがちだった東京中央郵便局。建て替え問題が持ち上がっている現状は不幸と言える。ただ、これだけの人々が熱く発信する状況を目の当たりにすると、幸福な建物とも言えるかもしれない。

これまでも名建築と言われた建物は声さえ上がらぬまま消滅してきたのだから。

以下はドキュメンタリー番組で登場した内田祥哉さんの言葉だ。

「建物は壊してしまったら、生き返らない。そういう意味では建物は生き物と同じだ」

同じ吉田鉄郎のもう一つの遺産、検見川送信所にもさらなる光を当てたい。

musenhozon.jpg
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コメント

メールマガジン拝読しました。

読んでいて、以前の仕事で訪れた東京芝浦にある東○の旧い建物を思い出しました。

創業からそれほど年数が経たないうちに建てられたと思われるその建物は、それはそれは老朽化しておりました。

旧い建築ですので、柱の数も多い狭いフロアに、まだブラウン管だったモニターのPCを並べて、ぎゅうぎゅう詰で仕事をしている姿に、タイムスリップしたような印象を受けました。

ここは民間会社故、経済的な理由が優先して立替ないのでしょうが、街のシンボルにも成り得る建物の保存をする上でも、旧さや不便さから使用する人達を解放してあげる必要もあるような気がしました。

欧州などでは特に外観の保存が義務付けられたような旧い建物でも、内部は最新の設備にリフォームするようなことが多いですね。

日本でもそういうやり方はできないものでしょうか?

シンボルとしての外観は保存しつつ、内部は最新の設備に入れ替えて使う側の利便性も確保する。

当然、スクラップ&ビルドよりも手間も費用もかかるでしょうけれど、文化財としての建築物を保存する活動というのは、そういう負担をする覚悟が要るということでもあるように思います。

景観の価値も、数値にはし難いですけれど、あるんだと思うんですけどね。

長文失礼しました。

投稿: しぇるぽ | 2008年7月 2日 (水) 22時25分

>しぇるぽさん

外観はそのままに、内装は近代的に、という建物が
日本でも作れないか? という事例ですが、僕が知っている限り、いくつかあります。

2月のイベント、「送信所ナイト」での倉方俊輔氏の講演では吉田鉄郎建築での活用事例も紹介されています。

http://kemigawaradio.web.fc2.com/cont/archive/kurakata0101.html

長文なので、部分をピックアップすると、このページに書かれています。
http://kemigawaradio.web.fc2.com/cont/archive/kurakata0103.html
レンガホール(旧・別府郵便局電話事務室、1928年)は外観はそのままに、内観は託児所として活用されています。

また、千葉市の事例で言うと、千葉トヨペットがあります。
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=81573

元は第一勧業銀行の建物で、外観は和風でありながら、中は車が展示されたり、きちっとしたオフィス機能が備わっています。中に踏み入れると、本当に普通なのです。

何度か訪れていますが、今度きちっと記事化させていただきます。

東京中郵を見る限り、「古いから不便をしている」ということはあまりないようにも思えます。建築家・吉田鉄郎は郵便の機能性を重視し、内部は非常に大きなスペースを確保し、窓も広く開放性が高いです。

景観面を言及しますと、目下、東京駅丸の内口側は高層ビルが立ち並び、非常に窮屈な感じがいたします。そこに唯一、低層の郵便局があり、開放性を保っているように見受けられます。

ご指摘の通り、文化財を守るというのは、なかなか覚悟がいることです。ただ、壊してしまったら、もう元には戻らない。慎重さと長期的な視野で物を見る必要があるでしょうね。

投稿: 久住コウ | 2008年7月 3日 (木) 10時58分

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