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2008年7月29日 (火)

「逃げ去るイメージ アンリ・カルティエ=ブレッソン」

アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶 予告編

最近になって、フィルムカメラであるライカにはまった。

配偶者からは「何で今さらフィルムなの?」と聞かれた。
デジカメもあるのに、なぜフィルムか?

元来、変わり者なのか、主流とは別の方向に行ってしまうのである。しかし、今だからこそフィルムなんじゃないか、と思う。デジカメは未来永劫、スタンダードになるのは必至で、フィルムという20世紀の産物を楽しむには今しかないのではないか。ポラロイドフィルムが生産中止になったニュースを知ると、なおさら、フィルムライフを謳歌しなければ、という気分にもなる。フィルムはいずれなくなるという危機感も覚えつつも、一方で振り子の原理同様、デジタル志向が強くなればなるほど、フィルム回帰の波も出てくるような気がする。

そんなわけで、ライカの神様、アンリ カルティエ・ブレッソンに関する研究本。

「逃げ去るイメージ アンリ・カルティエ=ブレッソン」 ★★★★☆

慣用句としても一般的な「決定的瞬間」。この言葉はブレッソンから始まった。ブレッソンの初写真集の序文の言葉である。

「決定的瞬間を持っていないものなど、この世には存在しない」

しかし、この言葉は米国版の写真集で強調して使われたもので、題名にもなっているが、フランス版の写真集の題名は「逃げ去るイメージ」というもので、「決定的瞬間」という言葉はことさら強調されていない。ここは編集者の腕だったのかもしれないが、同書の著者はブレッソンの写真は「決定的瞬間」の類型には収まらないものだとして、ブレッソンの写真の1枚1枚の考察に力を傾ける。

確かに、「逃げ去るイメージ」と「決定的瞬間」では言葉の持っている意味は違いすぎる。「逃げ去る」では刹那的だが、「決定的瞬間」ではハンターのようだ。

鷹の目とビロードの手を持つ男、ブレッソンは確かにシャッターチャンスをものにし続けたのであろうが、物理的なものではなく、もっと精神的な瞬間を切り取っている。その辺に著者も言及する。

文中に出てくる木村伊兵衛の言葉は印象的だ。

「ただシャッターチャンスが面白い表情をつかむという素朴な現実の複写が決定的瞬間とかリアリズムと解釈されがちでブレッソンの決定的瞬間が誤解されている。いま彼が編集中の『第二の決定的瞬間』は世界の若人の動きを通して彼が持っている世界観によって立っているヒューマニズムを表現しているので、単に若者の動きをシャッターで止めているのではない。次の世代を背負おう人々を彼が生きてきた体験で発見し、それが写真に表現されて、強く生きる力を見る人に報道してゆくのである。そこを写し出すのは彼の決定的瞬間なのだ」

僕が思うに、ブレッソンの写真との向き合い方が「逃げ去るイメージ」という言葉に出ている気がする。イメージは逃げ去る。つまり時代は動いていく。その中で刹那的ながらも自身のメッセージを残そうという考えではないだろうか。そこには時間をとめようという傲慢さはない。

同書の紹介からははずれてしまったが、ブレッソンの写真を読み解こうという試みはなかなか刺激的だった。

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コメント

今、フィルムを味わおうとうするのも、それ自体が逃げ去るものであることを感じておられるからなんでしょうか?

アナログレコードや8mmフィルム・・・・消え去ったはずのメディア達も、どっこいマニアの世界では未だ現役だったりしますね(8mmフィルムはそうでもないかな?)

消え去る・・・・ということもまた無いのかも知れません。

私の場合は、新しいモノにも旧いモノにも関心が薄く、時代と共に移り変わる“現代の標準”を普及しきってから使うことばかりですけれど(笑)

投稿: しぇるぽ | 2008年7月30日 (水) 12時42分

しぇるぽさん

>今、フィルムを味わおうとうするのも、それ
>自体が逃げ去るものであることを感じておら
>れるからなんでしょうか?

僕はデジタルの優位性を否定はしません。こうしてネットも便利に使っているくらいですから。ただ、古くなったから捨ててしまうのはちょっと違うかな、と思います。

銀塩は利便性、経済性では劣っていますが、実際に撮ってみると、いいところはいっぱいあるなぁと思います。

フィルムは「逃げ去る」というより、「消え去る」ものになりつつありますね。

>アナログレコードや8mmフィルム・・・・
>消え去ったはずのメディア達も、どっこいマ
>ニアの世界では未だ現役だったりしますね
>(8mmフィルムはそうでもないかな?)

アナログレコードも8mmフィルムも手元にあります(笑)。8mmフィルムはいまだ細々ながら現役ですよ。

映画「砂の影」は全編8mmフィルムで撮られた商業映画です。

>消え去る・・・・ということもまた無いのか
>も知れません。

需要と供給、それにコストの問題ですから、危うい存在ではありますね。

>私の場合は、新しいモノにも旧いモノにも関
>心が薄く、時代と共に移り変わる“現代の標
>準”を普及しきってから使うことばかりです
>けれど(笑)

商品には標準のすごさってありますよね。開発者はみんな、標準になることを目指して努力を重ねているのではないでしょうか。しぇるぽさんの発明も、そうではないですか?

投稿: 久住コウ | 2008年7月31日 (木) 09時51分

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