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2008年8月19日 (火)

ポツダム宣言受諾を世界に発信した多摩送信所

16日付の朝日新聞東京版に「送信所跡の歴史探訪」という記事が載っていた。

我らが「検見川送信所を知る会」の記事ではない。町田市相原町に多摩送信所というものがあり、地元の郷土史サークル「まちだ史考会」が10月にイベントを企画しているという。

場所は僕の母校の多摩キャンパス内というからビックリ。大学1年の時に必修の体育を受けるため、3時間かけて千葉から通ったものだが、存在はまったく知らなかった。現在、アンテナや施設などはなく、記念碑だけが残っている。記事には写真も載っているが、柱の台は検見川送信所に比べ、かなり小さい。多摩送信所のアンテナが小さいのではなく、検見川送信所の柱台が立派なんだろう。

多摩送信所は本土空襲に備え、通信施設を確保しようと軍部が場所を選定。1945年1月に国際電気通信株式会社が開設。同年8月10から15日にかけて、あのポツダム宣言受諾を世界に送信した。

同盟国ドイツへの専用アンテナなども設置したが、実際には使われなかったという。閉局は46年秋と、恐ろしく短命。一番の大仕事は敗戦を全世界に伝えたという何とも皮肉ではないか。

ポツダム宣言は長崎原爆の翌10日に受諾するのだが、終戦は15日。それには訳がある。当初の受諾は無条件ではなく、米軍の空襲は止まなかった。

同サークルのメンバーで、14日の大阪空襲を受けた方の話も載っている。
「ポツダム宣言と聞いても分からず、町田にこんな施設があったことも知らない人が多い」


大きな地図で見る

ポツダム宣言を知らない人がいる、というのは信じがたいが、地元でも存在や役割を知らない人が少なくない、という状況は検見川送信所と同じである。

ネット上に記事がないと思ったら、ちゃんとアップされていた(そのうち、リンクは消えちゃうはず)。

多摩送信所の歴史に光 町田市(朝日新聞)

musenhozon.jpg
8月30日(土)午後3時から、千葉市検見川公民館でイベント「検見川送信所、文化遺産宣言」を開催します。詳細はホームページで。

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