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2008年8月16日 (土)

来た時よりも美しく~旧別府市公会堂(1)

旧逓信省電報電話局での見学を終えて、駅反対側にある旧別府市公会堂(現別府市中央公民館)に向かった。別府は歴史ある温泉街で、貴重な建築も数多く残っているが、吉田鉄郎建築が徒歩圏に2つもある。なんとも贅沢な話だ。


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Aが公会堂、Cが児童館



旧別府市公会堂正面(GRD2)

別府市公会堂に関しては、詳細な記録が残っている。別府市は大正13年(1924年)に市制を施行した。その際、「泉都別府に公会堂がなきは一大欠点とする所なり」との声が上がった。

設計に当たっては、当時の助役、笠置雪治氏が知人で金沢旧制第4高等学校教授の重光葵から推薦を受けた。第4高等学校は逓信省の吉田鉄郎の母校であり、重光は恩師だった。吉田は大正15年(1926年)4月に設計を開始した。ちょうど検見川送信所(1926年)の竣工を見届けた時期である。


旧別府市公会堂裏面(GRD2)

別府市には、先に紹介した電報電話局がある。電話局の功績が認められ、市公会堂の依頼が来たと思いがちだが、真実は逆なのだ。

吉田は逓信省の仕事が終わった夜、自宅で線を引いた。別府市からは吉田を強く推した建築技師の池田三比古が東京に出張し、詳細図を担当。10月に作業は完了する。

当時、スウェーデンの代表的な近代建築「ストックホルム市庁舎」(設計ラグナル・エストベリィ)に深く感銘を覚えていた時期で、その影響が見て取れる、と言われる。


ストックホルム市庁舎(ウィキペディアより)

昭和2年、着工し、翌3年3月に竣工。施工は大分市の溝口組が担当した。総工費は当時43万円。

今年で80周年を迎える。灰色のボディから鉄筋コンクリートなのかと想像していたのだが、飾りレンガが施されている。その配列も一風変わっている。

外観は老朽化しているが、今も現役。平成6年11月25日には、大分県下、最古級の鉄筋コンクリート建築であり、別府市指定有形文化財になった。僕が訪問した際は宮沢りえが主演した映画「父と暮らせば」の上映会を行っていた。終戦記念日に合わせた企画のようだ。

窓口に内部の写真許可を求めると、快諾いただき、資料も探してきてくださった。

最初に目に飛び込んでくるのは「来たときよりも美しく」という標語。大切な文化財だから、大切に使いましょうという別府っ子の心意気の現れである。

参考文献

<続く>

別府市公会堂80周年記念プロジェクト

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