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2008年10月

2008年10月30日 (木)

検見川無線跡地土地区画整理事業調査概要報告書

「検見川無線跡地土地区画整理事業調査概要報告書」なるものがあることを知り、千葉市中央図書館で読んでみた。

 検見川送信所は1979年に廃局した。千葉市とNTTは91年、土地を等価交換し、送信所跡地は千葉市所有地となるが、その計画自体は早い段階から始まっていたようだ。

 送信所跡の周辺は駅近の好地でありながら、一部地域に住居が密集し、道路が狭い上、下水道が完備されていないなど、大きな問題を抱えていた。

 千葉市では64年(昭和39年)から「区画整理事業」 をスタートさせ、宅地化を進めている。廃局後の80年6月26日~9月30日までに計3回、現地調査を実施。その結果は81年3月に「検見川無線跡地土地区画整理事業調査概要報告書」(千葉市中央図書館収蔵)としてまとめられた。
 同調査書には以下のような一文が載っている。
 「地区に不足している公益施設を積極的に整備し、稲毛検見川地域の一時避難地としての機能を確保し、近隣公園、教育関連施設、低層集合住宅地を集約的に配置する」

 整理事業は86年(昭和61年)1月23日にスタートし、当初の期間を超え、現在は平成33年3月31日を完了期日としているが、現在も計画の半分を越えたに過ぎない。

 宅地化はある程度、進みつつあるが、近隣公園も教育施設も未だ完成を見ていない。それどころか、かねてからの少子化、計画の遅れが重なり、当初の予定にあった小学校も中学校も必要ないと判断されるに至った。

 専門家は「都市計画は一般に計画通りにはいかない」という。しかし、周辺市民は市が発表する計画を信じて、生活設計を立てている。確かに、事情は変わっていく。マイナーチェンジもあるべきだろうとは思うが、計画が計画通りでなかったら、何を信じたらいいのだろうか? 

 当時はNTT所有地であった送信所跡地については北面を教育施設、南面を公園とするビジョンを提示している。

 「調査地区に不足する近隣公園を生み出せる唯一の地区であろう」(P16)、「人口増も予想されることから、周辺からの利用も可能な防災、環境保全、レクリエーションなどの核となる公園などの整備が必要となっている」(P36)

 確かに周辺地域を見ても、跡地は唯一、開けた場所だ。中学校が不要となった今、局舎を核とした大規模な公園とできないものか。既に局舎は保存の方向で検討が進められているが、局舎だけを残すのではもったいない。

公園ならば、予算がなくても時間をかけて、少しずつ全体を整備していくことも可能なはずで、地域への還元もできる。大地震が起こった場合の避難地としても確保できる。

送信所開局時にあったテニスコートを復元するのも一案であろうし、近くには花見川サイクリングコースもあるのだから、サイクリング施設などもよいかもしれない。周囲が芋畑だった歴史を見れば、市民農園というのも意味がある。

 局舎の用途についてはさまざまな議論が必要かと思うが、まずは耐震性を調べ、その後に損朽を止めるための処置を施せばよいのではないか。どんな用途があるにせよ、雨漏りやコンクリートの爆裂などは修復しなければいけない。

送信所跡地はまだ「約束の地」ではない。しかし、そのポテンシャルは無限だ。

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下はYouTubeで公開中の検見川送信所関連のショートムービー。「幽霊屋敷編」としたのが受けたのか、いくつかある映像の中でアクセス数はトップ。

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2008年10月29日 (水)

「検見川送信所を知る会」見学会でうれしかったこと

忙しくて、久々の更新(汗)。書くことも貯まってしまったが、まずは「検見川送信所を知る会」の動き。

25日(土)、東京産業考古学会主催、「知る会」共催の見学会&研究発表会が行われました。

午前は現地見学会、午後は本八幡にある千葉県現代産業科学館での研究発表会。僕も「知る会」の活動報告を行いました。僕がぐずぐずしていたら、ホームページ担当のまさやんさんがブログホームページで既に紹介してくださったので、詳しくはそちらをご参照ください。


25日午前の送信所見学会

今回は小規模な会となりましたが、見学会には若いカップルもお見えになりました。送信所イベントは平均年齢が高いので、若い方がお見えになると、うれしくなります。

「どこで知りましたか?」とお聞きすると、「(22日放送の)千葉テレビを見ました」ということでした。最後に「詳しくはネットで検索してください」と紹介してくださったのが効果があったのでしょう。近くの中学校にも通われていたそうで、「昔から、あの建物はなんだろう?」と思っていたそうです。

送信所跡は区画整理事務所の配慮でしょうか、廃棄資材もなく、きれいになっていたのも印象的でした。

送信所を跡にした際には、自転車を引っ張っていたご高齢の方に声をかけられました。
「何かやっていたのかい?」と興味津々。
「ええ、見学会を行いました」と僕。
「送信所、残るらしいね? 」
「そうなるように活動しているんです」
「オレ、大工でさ。昔ここで働いていたんだよ。残るといいなぁ」
お住まいをお聞きすると、検見川町の方ということで、今回の資料をお渡しして、別れました。

以前、地元の方から「廃墟を強調しているのが気に入らない」と、間接的におしかりを受けたこともあるのですが、少しずつ真意を理解していただけるようになってきたのかもしれません。

もちろん、僕らは「廃墟」を売りにしているわけではありません。大切な「文化遺産」が「廃墟」になっているのはもったいない。次世代に残せるようにみんなで考えませんか?と提言しているのです。

近くに通ったという若い方、検見川町に住むお年寄り。そういった方々が少しずつ愛着を持っていただいているんだと思うと、なんだかうれしくなりました。

送信所の保存運動は確かにいい方向には向かっていますが、建物の傷みを見ると、そんなに時間はないと思ってしまうのです。千葉市は速やかに調査を行い、損朽を食い止めて欲しいですね。


崩落したコンクリートが積もる正面階段

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2008年10月20日 (月)

ブックレット「検見川送信所1930年10月のスパイダーズ」

久々の更新となってしまった。

昨年10月、メールマガジン「検見川送信所J1AA通信」で連載した小説を冊子(A5版、全80ページ)にまとめました。

同小説は検見川送信所初代所長の故・菊谷秀雄さんの自叙伝「検見川無線の思い出」を原作に、1930年10月、検見川送信所が行った日本初の国際放送の舞台裏を描いたものです。表紙は「検見川送信所を知る会」のホームページを担当しているまさやんさん。

まぐまぐポケット出版を利用した自主出版で、20部発行。「知る会」の運営メンバー、出版を快諾してくださった菊谷さん、過去に資料をお譲りくださった元送信所職員の方らに謹呈いたしました。

既に計50部の増刷の発注をいただきましたので、今後についても考えていきたいと思います。

「検見川送信所1930年10月のスパイダーズ」
クリックすると、4ページ分読めます



ブックレットは増刷予定。500円にて頒布予定です。ご希望の方はこちらから。

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東京産業考古学会主催 見学会・研究会
『千葉県の産業遺産を考える』-2008年10月25日開催
・見学会:検見川送信所跡(千葉市花見川区)
・研究会:千葉県立現代産業科学館(千葉県市川市)

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2008年10月12日 (日)

「検見川送信所を知る会」要望書への千葉市の回答書

「検見川送信所を知る会」の要望書に対する千葉市の回答書が8日付けで届きました。

要望書では千葉市に対して、検見川送信所の保存、利活用及び周辺環境の整備を訴えてきました。
全文は「検見川送信所を知る会」のホームページで記載しています。

                                     20千市地(陳)第23号
                                      平成20年10月8日

検見川送信所を知る会
代表 仲佐 秀雄 様
                                      千葉市長 鶴岡啓一

平成20年9月5日付けで提出されました要望書につきまして、別紙のとおり回答いたします。

検見川送信所跡の保存、利活用及び周辺整備に関する要望こついて

1 検見川送信所建物及び跡地について

建物の保存・利括用につきましては、跡地利用を含めた総合的な観点から検討してまいりたいと考えております。
また、建物の調査につきましては,状況確認のため、耐震性や損朽度調査等を行うことを検討してまいりたいと考えでおります。(生涯学習振興課)次に、跡地の利活用につきましては、地元からの要望等を勘案し、次期実施計画を策定(平成22年度)する中で、市全体における公共施設の必要性の観点から検討してまいります。(企画課)

2 周辺地域の整備について

草刈りを定期的に行う等の用地管理に努めてまいります。(検見川稲毛土地区画整理事務所)

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東京産業考古学会主催 見学会・研究会
『千葉県の産業遺産を考える』-2008年10月25日開催
・見学会:検見川送信所跡(千葉市花見川区)
・研究会:千葉県立現代産業科学館(千葉県市川市)

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2008年10月11日 (土)

巨人セ・リーグ優勝の夜に

ノーベル賞を受賞した日本人の誰かの言葉だっただろうか、成功のコツは?と聞かれて、「諦めないことです」と言った。よく言われる言葉だが、成功者から発せられると、重みを持つ。

読売ジャイアンツが最大13ゲーム差をひっくり返して、セ・リーグ優勝を成し遂げた。これも同じことが言えるだろう。巨人ナインは諦めなかった。テレビ出演した小笠原は最大13差で首位を走っていた阪神について、「その背中は遥か遠かった。コツコツと勝っていくしかないと思った」と言った。

1つのゲームでは大逆転はあるかもしれない。しかし、140試合以上を戦うペナントレースに一発大逆転はない。積み重ねがモノを言う。諦めず、コツコツやる。それに尽きるのではないか。岡本太郎の「自分の中に毒を持て」を読んでいる。久々に本を読んで、震えた。

岡本太郎は過去を振り返るな、積み重ねるな、瞬間瞬間を闘えという。

さきほどの「コツコツ」とは真逆のことを言ってようにも思えるが、そうではない。

瞬間瞬間で闘え、但し、過去は振り返るなということだ。成功したことに、傲ってはいけない。また、失敗することに悔やむ必要もない。ただ、瞬間瞬間を大切にしろ、と岡本太郎は言う。

巨人の敵はなんであったか。阪神?いや、違う。敵は巨人であった。

敵は己にある。セ・リーグの盟主たる巨人。それにどう打ち勝つか。巨人は度々、金に物を言わせて、いい選手を取ってきた、と評される。金に物を言わせて、うんぬんは実に下らない批判だと思う。日本人、日本国は資本主義を選択したのである。努力して集めた金で、どう物を言わせて、何が悪いのか。

傲慢で開き直っているのではない。そもそも、金があるから勝つ、ないから勝たない、スポーツというのはそういうものではない。

誰にだって、勝つチャンスはある。ただ、勝者敗者を分けるのは諦めない、という気持ちではないか。

パ・リーグの最終戦、楽天と引退を決意した王監督率いるソフトバンクが最下位脱出をかけて対決した。延長12回に渡る名勝負だった。

楽天とソフトバンク。チーム財政ではソフトバンクが上であろう。しかし、勝利を物にしたのは楽天であった。ソフトバンクにしてみれば、勝利は王監督への餞であったのにもかかわらず、である。それは楽天の執念がまさっていたのである。

スポーツはある種、技術である。しかし、ある時点からは技術ではない。諦めない気持ちではないか?

再び、岡本太郎の言葉。

「己を殺せ」

敵は弱い自分にある。それを殺す者だけが生き残れる。あまりにも強いメッセージだ。

巨人ナインは己を殺して、己を生かした。今夜は巨人ファンとして、美酒に酔いしれよう。そして、明日から僕は瞬間瞬間の自分に闘いを挑もう。そんなことを決意する巨人優勝の夜だった。不況、社会不安がうずまく世の中で、巨人の13差逆転勝利は奇跡というべき出来事だ。たくさんの勇気をもらった。

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2008年10月 5日 (日)

「建築ジャーナル」に記事執筆

お知らせです。僕が検見川送信所の保存・利活用運動の記事を書いた月刊誌「建築ジャーナル」10月号が発売中です。

同誌編集部から依頼を受けて書いたもの。建築の専門家ではない僕がこういう機会をいただけるとは思わなかった。これまでの経緯を短くまとめたものだが、建築家の方々にも目に留まると思うと、その効果に期待が高まる。専門誌という性質上、すべての書店に陳列されているわけではないようですが、機会があったら、お読み下さい。


「建築ジャーナル」10月号

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東京産業考古学会主催 見学会・研究会
『千葉県の産業遺産を考える』-2008年10月25日開催
・見学会:検見川送信所跡(千葉市花見川区)
・研究会:千葉県立現代産業科学館(千葉県市川市)

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2008年10月 4日 (土)

アシナガバチの駆除

久々の休日。庭で布団を干していた配偶者の叫び声が聞こえる。

「ハチ! 怖くて、布団が干せない!」

ブドウ棚の下、我が家と隣家のフェンスのところに、ハチが巣を作り始めたのは初夏。どうやらアシナガバチという種類らしい。


2008年8月21日撮影

ハチは春から夏にかけて、巣作りが盛んになる。まあ、不用意に近寄らなければ、ハチは刺すことはない。盛夏は活動が盛んなので、もう少し涼しくなってから除去しましょうと、隣人とは話していたのだが、そろそろ駆除しなければと思っていた。

最近、アシナガバチがブドウの周囲を飛んでいる姿を見るようになった。目当てはブドウの実である。今年は待望の実をつけながら、あまり収穫をしなかったのだけども、ハチにとっては格好の食事なんだろう。

夕方、だいぶ涼しくなったので、思い切って駆除に動くことにした。あらかじめ、駆除剤は買ってある。キンチョールのアブ、ハチ用。ハチは夕方、巣に戻るので、一網打尽できるのだ。

アシナガバチなら、防護服などは着なくても大丈夫だろう。もちろん、用心に越したことはない。黒い服は避け、白っぽい服装で臨む。キンチョールのジェットスプレーは10m噴射というのが売り。30秒噴射しつづけると、全部使い切るという。

恐る恐る巣に噴射してみると、山本昌並の抜群のコントロールに、クルーン並のスピードで巣に噴射される。あっという間に巣に噴射され、ハチが巣から落ちていく。これはすごい!!

しばらく経ってから、巣の動きが止まったところ、覗いてみると、ハチは全て落ちたか逃げ出した様子。

トングでつかんで、取り出したのがこれ。

しかし、よくできていますね、この六角形。途中段階ではいびつだったりするわけですが、最終的にはきちんと均一な大きさになっている。この正確さはどこで身につけたのでしょう。

この正六角形を並べたものを「ハニカム構造」というそうですが、工業界ではいろんなものに応用されている。

僕の友人はこの六角形に目をつけて、金属を六角形にエンボス加工することで、薄さを実現するという発明をされました。「コロンブスの卵」的な柔軟な発想で生まれたものだそうですが、ハチは遙か以前から同じ原理で強度の高い住宅を作っている。その友人も「ハチはすごい」と感嘆していましたが、同感。駆除しちゃったけど、ゴメンね。

 

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「『家をつくる』ということ」(藤原智美)★★★

今では近代建築見学が趣味のひとつになったが、元はと言えば、家を建てたことがきっかけだった。言うまでもなく、衣食住は人間の営みの基本であり、家を建てるということは、自分の生活設計、ライフスタイルを見直すことである。

同書は「運転士」で芥川賞を受賞した藤原智美氏のノンフィクション。グッドデザイン賞を受賞したミサワホームの蔵のある家の取材記や精神科医Kとの対話によって、家とは何かを筆者なりに解き明かすという内容だ。

最後の参考文献リストを見ると、よく読んでいるなぁとは思うが、取材自体はミサワホームがほとんど全て。「ミサワホームの社報か?」と皮肉る声もあるだろう。

とはいえ、本をきっかけに、家への思いを改めて問いただされる部分も多い。

さすがに、作家だと思わせるのは、小説を通じて知り合ったという精神科医Kとの対話として、日本の家の本質を解き明かすことだろう。Kが実在の人物なのか、筆者が作り出したもう一人の人格かは定かではないが、うまく話を転がしてみせる。靴を脱ぐ習慣、リビングルームが持つ意味合いの国内外の違いをうまく引き出している。

欧米のリビングは人を招くことが前提にあって、日本のリビングは生活の延長である。パブリックスペースという意識はあまりなくて、そこには私物がなだれ込み、整理整頓などできない。そうなると、とても人様を招くことはできない、というわけだ。

欧米のリビングルームが洗練されているのは、「人の目を意識した緊張感によって培われている。そして人々は住まいを、その歴史的蓄積の中で見ることができる。代々受け継がれてきた住まいに対する感覚というものがおのずと備わっている」と文中のKさんは言う。

そういわれれば、雑誌で憧れるような欧米のリビングルームというのは、日本のリビングに置いてあるものが違うように思える。また、リビングとしての機能も違うのだろう。しかしながら、これはどっちがいいか悪いかという話でもない。

家をめぐる話だが、当たり前のことながら、人間関係の話になる。家を作ることは、家庭の内外でいかに人間関係を構築していくかということだ。人を呼べるような家に住みたいのか、家でくらいゆっくりしたいから、人は呼ばないのか。どちらでもいい。それは個人のスタンスの問題だろう。

筆者は同書執筆時点、独身で、実際に家を建てたことはないようだが、実際に家を建てた人間がいわせると、実際の家作りは「妥協の産物」である。

まず大きな理想がある。たとえば、交通の便のいい、広い家を目指す。ところが、そういった場所の戸建ての価格非常に高い。すると、何を取って、何を削るか、ということになる。そんな妥協の結果、悲しいかな欠陥マンションや欠陥住宅をつかんでしまう人もいる。「家をつくる」ということは本当に難しい。

僕の場合は妻子と3人暮らし。モノレール駅徒歩1分、約55平米のマンションに住んでいた。当時、子供部屋はなく、段ボールの上にガラステーブルのテーブル部分を置いた即席の学習机で勉強する娘の姿を見て、「これはダメだ」と感じ、新居探しを始めたのだ。住宅ローンはさらに延長になったわけで、仕事、ライフスタイルなどより真剣に考えなくてはならなくなった。

多分、夫婦だけの生活ならば、家を建てることに、さほどこだわらなかっただろう。やはり、家は子育てがあってこそだ。それにしても、家というやつは、どんな人でも、本一冊くらい書けるくらいの考察が書けると思う。

考え込むと、いろんな作業が進まなくなりそうなので、まずは部屋を掃除するか。そんな気分にはなる本である。

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