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2008年11月

2008年11月30日 (日)

検見川送信所内部見学会Part3(6:23)

内部見学会の映像はpart1,2で完結させようと思ったのだが、写真を整理しているうちに、もう1本作ってみようかと考えた。

写真の方が鮮明だが、内部の魅力を立体的にお知らせするには映像の方が向いているのではないか、と思ったのだった。見る方が実際に歩いているような感覚を味わってもらいたかった。本編では情報公開によって入手した平面図を織り交ぜて紹介した。これによって、多少の位置関係は分かってもらえるのではないか。

僕が感銘を受けたのもののひとつは、この映像のラストに登場する建物背面のアーチ窓である。

元職員、岩佐さんは「建物は窓が少なく、暗い印象があった」という。これは送信機械のための施設だった点が大きい。しかし、人が働く場所にはきちんと光が差し込んできたという。これは設計者、吉田鉄郎の配慮ではなかったのか、と岩佐さんは言う。

それが大きなアーチ窓だ。この鉄板がすべて剥がされた時、このアーチ窓にはどんな光が差し込むのだろうか?そんなことを考えて、わくわく感を覚えた。

part1,2をご覧いただいた方は既にお分かりだと思いますが、2階部分は完全に鉄板でふさがれていて、相当暗い。この映像も、編集段階で輝度を4倍上げている。見学中も、頼りになるのは懐中電灯だけだった。お見苦しい点はご容赦ください。

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2008年11月28日 (金)

検見川送信所内部見学会Part2(6:46)

日本建築家協会が主催した内部見学会のPart2。79年の閉局後初の公式見学会となる。Part1はこちら

【プロダクションノート】

外観以上に素晴らしかった内部

僕らはヘルメット、軍手、マスク着用の上、懐中電灯を持って歩いた。

以前、建築家の方は「壁の爆裂(コンクリートが剥がれて、鉄筋がのぞいている状態)は屋根の防水が切れて、壁を伝わったものではないか」と指摘された。

内部を見ることができるというのはうれしい反面、状態が悪かったらという不安もあった。窓は鉄板で覆われているだけに空気がよどんでいる可能性もある。

しかし、異臭を感じることはなかった。壁には落書きなどもあり、天井の塗装が剥がれ落ちていたり、後付の天井が損傷しているものはあったが、構造上の心配はないことが確認できた。ある方は、耐震は第一次審査でクリアできるのではないか、と話された。大正末期に建てられた建築がこれほどの強度を持っているということは驚くべきことである。

それ以上に驚いたのは、内部装飾の素晴らしさだった。送信所の特徴であるアール、パラボラアーチが随所に施されている。そのアールは1面だけが丸味を帯びているのではなくて、全体が丸くなっている。一見、シンプルながら、実は細部に渡って、凝っているのだ。

施工技術の高さ、建物としての芸術性の高さを改めて感じた。

ビデオ撮影したテープは計40分。2階部分は真っ暗で、輝度を上げるなどして対処したが、かなり見づらい部分もある。次回は大型の照明などもいれて撮影したい。こうした映像を撮り始めると、自主映画を作っていた学生時代の感覚が蘇る。準プロ仕様のハイビジョンカメラも欲しいところだ。

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検見川送信所内部見学会Part1(4:00)

検見川送信所の鉄の扉がついに開け放たれた。

日本建築家協会関東甲信越支部が千葉市から許可を取り、26日、内部見学会が行われた。検見川稲毛区画整理事務所の立ち会いの下、内部見学の参加者は13人。

僕も協会関係者からのお誘いをいただき、ビデオカメラとデジカメを持ち込んで、初めて内部に入った。ビデオカメラはビクターのGR-D750という廉価モデル(楽天のECカレントで21,500円)。16:4のワイドで撮影し、XPのムービーメーカーで簡易に編集したので、縦横の比率がおかしなことになっていますが、これも味ということで…(汗)。

送信所は1979年に閉局。以後、廃墟となった。一時期は自由に出入りできたそうだ。93年に千葉市とNTTが土地を等価交換。周囲の都市区画整理を進める千葉市は跡地を中学校用地と位置づけ、建物を取り壊すとした。千葉市は「残す価値がない」と判断したのだった。

千葉市は解体業者に見積もりを出しもらったが、予想以上に高額だったため、すぐに取り壊すことはしないで、その分の事業費をほかの開発に回したという。

廃墟となった建物は、若者がたむろするようになり、治安を憂う地域住民からの要望を受け、建物の扉と窓には鉄板が打ち付けられた。

今回の内部見学会は93年から初めて外部に公式に認められたものとなる。

YouTubeでは10分以上の映像をアップロードできないため、2回に分けて公開。出し惜しみしているわけではないですよ。

musenhozon.jpg

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2008年11月21日 (金)

頓挫した検見川送信所の文化財への動き

検見川送信所に関する情報開示請求をしたことによって、いくつか新たに分かったことが出てきた。情報開示請求は市民に与えられた権利であり、行使しなければ、形骸化してしまう。手続きはそれほど面倒ではないし、疑問があったら、使ってみるのも手だと思った。

検見川送信所は10年前に文化財への動きがあったいう話を、ある市議から聞いたことがあった。


情報公開で見つかった平成初頭の検見川送信所の写真

「10年以上も前だから、記録はないのでは」とも話されていたが、しっかり残っていた。

文化庁は平成8年に文化財保護法の一部改正を行った。登録文化財制度の登場だ。この制度改正に先駆け、全国でも文化財の見直しが進められ、千葉県でも、文化財の悉皆(しっかい)調査が行われた。その中で、登録文化財の候補が挙げられ、検見川送信所もその中にリストアップされたのだった。

千葉県教育委員会は平成8年10月18日、千葉市教育委員会宛に、登録文化財の照会を行っている。

候補となったのは次の3つであった。

1.千葉トヨペット本社(旧勧業銀行本店)
2.旧日本電電公社検見川無線送信所
3.旧川崎銀行千葉支店

これを受けて、千葉市側は登録文化財に不同意の旨、県に通知した。

平成8年11月15日決済の資料にはこう書かれている。

所轄課は都市局都市整備部検見川稲毛区画整理事務所。

「下記、同意できない理由を添付します

1.旧日本電電公社検見川無線送信所の取り扱いについて平成2年3月29日付けで教育長より、現在の状況を考慮し、施行者において検討する旨、回答を得ている

2.平成2年7月12日に教育委員会を含む市関係部局の協議において、検見川・稲毛地区区画整理事業において解体する方針で確認されている」

行政は前例主義でことが進んでいくというのはいうまでもない。千葉市は6年前の了解事項を理由に文化財として認めなかった。現在、文化財的な価値の見直しが進んでいるが、それがスムーズ、迅速といかないのは、前例主義に固執している面があるからであろう。

いずれにせよ、平成8年の時点では、再検討はされなかったようだ。つまり、議論の記録がない。

ただ、言えることは千葉トヨペット本社は後に登録文化財に、旧川崎銀行千葉支店は旧来の建物に新しい建物をかぶせるという「さや堂方式」で、千葉市美術館となり、さや堂ホールは千葉市指定文化財となった、ということだ。

では、これをさかのぼること6年前の平成2年、どんな議論が行われたのか? 当時の会議録を今後、明らかにしていく。文化課の認識はちょっとした驚きに値する

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2008年11月20日 (木)

毎日新聞千葉版に「検見川送信所を知る会」の9段記事

送信所ナイト2008/2/23

11月20日付の毎日新聞の千葉版に「検見川送信所を知る会」の取り組みが大きく紹介されました。これで朝毎読の3紙で紹介されたことになります。このほか、これまで東京新聞、千葉日報にも掲載されています。

千葉遺産:/26 検見川送信所 モダン建築の魅力 /千葉

 ◇廃虚を「夢拓く場」に
 日本で初めて外国向けの無線放送を成功させた逓信省(当時)の「検見川送信所」(千葉市花見川区)は、1926年の開局当時、最先端の技術を誇る電波の研究施設として活用されていた。しかし、79年の閉鎖後は、荒れ地に取り残された「廃虚」となり、「心霊スポット」として名高い場所になってしまった。ここ数年、送信所の歴史的、建築的な価値が見直され、「廃虚を文化遺産に」という声が高まっている。【斎藤有香】

 JR新検見川駅から住宅地を海側へ歩くと、整備された遊歩道の向こうに荒れ地が現れた。ススキが生い茂る中に、くすんだコンクリート壁の異様な雰囲気を醸し出す建物が見える。

 面積1375平方メートルの敷地に高さ約13メートルの建物(2階建て)が1棟。「あれが検見川送信所です」。取材に同行してくれた「検見川送信所を知る会」代表、仲佐秀雄さん(78)=千葉市花見川区瑞穂=が指さした。お世辞にも、「文化遺産」のイメージとは、ほど遠い外見ではある。

  ◇    ◇

 送信所開設のきっかけは1923年に発生した関東大震災。関東一円の有線通信網が壊滅したことから無線放送の必要性が指摘され、逓信省が設置した。

 我が国初の海外向け国際放送を送信したのもこの施設。30年10月、国際協調を掲げていた浜口雄幸首相が、ロンドン軍縮会議を記念して米英に向けた交歓スピーチを送信したのが日本で初めての国際無線放送とされる。周波数は7880キロヘルツ、出力10キロワット。「北米大陸まで届くように」と、高さ45メートルのアンテナ6本が建てられた。

 昭和初期に北海道や九州で台風などの災害が起きて陸上の電話通信が途絶えた時は、送信所の無線技術が大いに役立った。戦時中は軍用通信の基地として使われた。戦後は日本電信電話公社(当時)に移管されたが、衛星放送などの技術が発達し、79年、送信所はその役目を終えた。

 閉局後、敷地を所有していたNTTから千葉市が建物と土地(5・3ヘクタール)を買い取った。中学校の建設予定地だったが、少子化で建設計画は延期に。放置された土地は荒れ、残された建物は少年たちのたまり場となった。事故防止のため、窓はすべて鉄板でふさがれ、周辺住民に「不気味な建物」と言われるようになった。

  ◇    ◇

 00年に同市花見川区に引っ越してきた仲佐さんも、偶然送信所を目にした時「何とも言えない、変な場所だ」と思った。しかし、長く日本民間放送連盟(東京都千代田区)の事務局長を務めた仲佐さんは、送信所の歴史に興味を抱く。

 インターネットで送信所について調べてみると、「廃虚」「心霊スポット」として紹介されている一方で、建物の設計者がJR東京駅前にある「東京中央郵便局」などを手掛けた故吉田鉄郎氏(1956年死去)とわかった。「送信所についてもっと詳しく調べてみたい」と仲間を募ると、地元の人たちにとどまらず、画家や写真家など約60人が参加、07年8月、「知る会」が発足した。

 仲佐さんの案内で、送信所に近付いてみた。よく見ると、建物の角がすべて丸みを帯びている。「これはアールという建築の特徴の一つです。建築のことはよく分からないが、何となく触ってみたくなるような気持ちになるね」と仲佐さん。確かに、じっくり見るほど不思議な魅力がわいてくる。

 無線機械を冷やすための給水塔や、雑草の間に見え隠れする鉄柱跡を探し当てていくうち、かつて空にクモの巣のように張り巡らされていたであろう電線と、その中で白亜に輝く送信所の姿が目に浮かぶ。仲佐さんは「研究所として栄華を誇ったが、荒廃して『廃虚』と呼ばれた。しかしまた、価値を見直そうという機運が高まっている。この建物にまつわる時代の流れの変遷が面白い」と語る。

  ◇    ◇

 送信所の歴史と、モダニズム建築という近代建築様式が評価され、送信所は国際的な建築保存団体「ドコモモ・ジャパン」(代表=鈴木博之・東京大大学院教授)の07年度重要建築に選定された。「知る会」は今年9月、送信所の保存と活用、周辺整備を求め、要望書を市に提出した。要望書は市議会で審議され、市は「跡地利用を含めて保存を検討したい」と回答した。仲佐さんは「取り壊し寸前だった状況から考えると、大きな前進」と評価する。

 「知る会」会員で、電電公社検見川送信所技術課職員だった岩佐悦次さん(60)は、送信所の活用方法について「送信所を子供たちに開放して、電波を利用した技術に親しむ施設に」と提案する。「無線は現在の通信技術の原点。通信の原理を知って、自分の発信した情報が世界中につながる感動を得られるような、夢を拓(ひら)く場所になればいい」と話した。

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 ◇行こうョ!千葉遺産
 所在地は千葉市花見川区検見川町5の2069。JR総武線新検見川駅、または京成電鉄千葉線検見川駅下車、徒歩10分。建物は閉鎖されているため敷地脇の遊歩道から見学が可能。

毎日新聞 2008年11月20日 地方版

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検見川送信所の図面資料

検見川モノクロームの日-2008年2月3日(再生時間0:52)撮影:久住

千葉市に対して、検見川送信所の図面など資料の情報開示を求めたところ、全部開示が決定。19日午後、市政情報室にて開示が行われた。通知書は第1号となっており、本年度では初めてのケースだという。正式な開示請求を行うことなく、閲覧ということが多いようだ。

資料は昭和58年4月21日から平成8年11月15日までの14点で、図面はオリジナルではないものの、青焼きなどが残っていた。全部で100枚以上をコピーした。

区画整理事務所によると、元々、局舎は壊すことを前提に土地の等価交換を行っており、図面などは重要視されなかったという。それでも、取り壊しとなれば、構造を知ることは大事なことではある。開示に立ち会った建築家によれば、これらの図面は復元に向けての重要な資料になるという。


外観図はオリジナルではなく、コピーだが、吉田建築の大きな特徴である窓の配列を伺うことができる


図面の青焼き。作成日、作成者不明

また、添付資料にあったプリント16点についてはGRD2でマクロ接写した。こちらも撮影日は不明だが、赤い鉄板が打ち込まれる前のもので、1990年代初頭のもののようだ。これらの検見川送信所の全容を知る上で貴重な資料と言える。


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2008年11月19日 (水)

冬のボーナス交渉妥結

書記長として、最前線に立つ冬のボーナス交渉が18日、収拾をみました。

前回回答より数千円プラス。結果、マイナス回答には変わりませんが、同業各社が10~20万円以上の大幅なマイナス回答となっている中、最低ラインのマイナスで食い止めることができ、考課制度に関する部長面談を行うことなど組合員からの要望の強かった要求について回答を得ることができました。

いろいろ課題は残りましたが、周囲からは「団体交渉でのやりとりはよかった」などと評価をいただき、まずまずだったのかな、と胸をなで下ろしています。

書記長としての仕事の難しいところは会社とは対決姿勢をみせながらも、最後は着地点を見いださなければいけないこと。駆け引きもありますし、妥協もしなければいけません。

収拾後は書記局で酒盛り。朝3時すぎまで飲み明かしました。おかげで、翌19日はヘロヘロ。夕方になって、ようやく酒が抜けるという有様。

すぐに春闘の準備に入りますが、小休止できそうです。

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2008年11月18日 (火)

「20世紀の写真」(千葉市美術館、08年11月1日~12月14日)★★★

Henri Cartier Bresson Tribute 01


Photo by au W33SA2

千葉市美術館
一般800円

写真は当初、芸術とは見られなかった。しかし、考えてみれば、ほとんどの芸術は評価を得るまでに時間がかかる。映画もそうであったし、漫画、アニメも同様。芸術と呼ばれるもの多くは外的な評価によって、その価値を見い出される。

同展では国立美術館所蔵の20世紀初頭から90年代までの作品を集めた。有名なところではブレッソンキャパマン・レイ土門拳木村伊兵衛ら。現代の作家では森山大道の作品も2点あった。キャパの「スペイン共和国兵士の死」という有名な作品はあったが、いずれの写真家の代表作が少なかったのが残念。

ただ、年代順の展示で見えてくることがある。それは写真の芸術における可能性と価値だ。

初期は写真家がおそらく芸術的な価値を意識しないで撮られた。なにげない写真ではあるが、それは当時の風俗、建物、町並みを知る手がかり(歴史的な資料)でもある。キャパに代表される戦場写真家も、決定的な瞬間をピンぼけなしに撮ろうとは考えただろうが、芸術とは意識しなかったはずだ。

写真が芸術を意識するのは、1930年代に起こったセセッション運動からであり、戦時中はいかに現実を切り取るかに終始する。風俗写真も報道写真も時間が経てば、芸術というポジションを得る。現代に近づけば近づくほど、写真は作為的になり、物語性を主張するようになる。しかし、前衛的な作品よりも、ブレッソンや木村らが市井の人々を写した作品の方が面白く感じる。理由はよく分からない。

写真展に数多く足を運んだわけではないが、不思議に思うことがある。それは、なぜ写真とともに写真機を飾らないのかということだ。

そういうなら、絵画展も絵の具を置くべきだ、というかもしれないが、まさにそう思う。ある絵画展でパレットが展示されたことがあった。絵の具が堆積した姿を見て、なるほどと思った。

写真は絵画以上に技術の進歩が大きい。大判から中判、さらに35mmの登場で、できることとできないことの違いは大きい。

現在、工業製品にもアート性が見い出され、MOMAなどでは多数展示されている通り、テクノロジーとアートは密接なつながりがある。アートは技術であり、テクノロジーは芸術にもなりうる。

図版説明はプリントのみだったが、シャッタースピード、露出、使用レンズ、フィルターも出来る限り、知りたい。

それを教えたところで、簡単に真似できない作品ばかりのはずなのだから。


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2008年11月17日 (月)

楽天でもモレスキン・シティ・ノートブック東京が発売

Moreskine - The City Moleskine(シティノートブックについて)

Moleskine city notebook tokyoがamazonの予約中に続き、ついに楽天でも取り扱いが始まった。


MOLESKINE(モールスキン・モレスキン)City Notebooks TOKYOシティノートブック アジア版 【...
2,940 円

ナガサワ文具センターです。こちらは取り扱い文具の数では定評があり、僕も過去に何度か買い物したことがある。

価格はアマゾンよりも550円高いけど。しかし、アマゾンでは予約中とあり、入荷待ち。待ちきれない方は楽天でしょうか。


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GX200かGRD2か

Ricoh GR Digital II in my hands(大きさ、機能が分かる映像)

後輩から「買うなら、どちらがいいですか?」と聞かれた。
これは悩ましい質問だ。

GXは新型GX200になって、進化した。GRD2にあって、旧GX100になかった機能が追加された。特にキャップの改良はうれしい。


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いつもはアマゾンを中心に紹介するのだが、デジカメは楽天の方が安い。

単純化して言うと、GX200とGRD2の違いは単焦点かズームかに集約される。

ズームが必要と思うなら、GX200。いらないのなら、GRD2。

ズームがいるか、いらないか。実はそこが難しい。誰もが機能は多いに越したことはない、と考える。

しかし、一度、ズームという考えを捨ててしまったらどうだ?

実は単焦点の感覚は楽しい。単焦点レンズカメラは、違う発想を生む。カメラとの向き合い方も変わる。ズームがあれば、ズームに頼ってしまうが、単焦点の広角で被写体と対峙するには一歩前へということになる。ズームが無ければ、寄ればいいだけの話だ。

ライカに手を出したのも、単焦点の魅力に気付いてしまったからかもしれない。単焦点はカメラらしいカメラと言える。そうとなると、ひょっとしたら、これは危険な道かもしれない。

実情から書くと、出動率はGRD2が圧倒的に高い。

GRD2はジーパンの尻ポケットに引っ掛かることなく、スムーズに収まる。だから、財布と同じような感じで外に連れ出す。これは結婚、大事なことかもしれない。僕がモレスキンが好きなのも、尻ポケットに収まるから、だ。

尻ポケットサイズというのは相棒になりうる大きさなのではないか。

カメラに新しい刺激を求めるなら、GRD2かと思う。

Jelly Fish(GR digital2の動画機能を使って撮影された)




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「G・I・ジェーン(G.I.Jane)」★★

G I Jane Promo Trailer

「ブレード・ランナー」「ブラック・レイン」のリドリー・スコット最新作。主演はデミ・ムーア。ペンタゴンの情報部門に所属するジョーダン・オニール大尉(ムーア)は彼女の知らない政治的取り引きの結果、海軍のエリートである特殊部隊の特別訓練を受ける初の女性候補に抜擢された。しかし、男社会の伝統を頑なに守ろうとする将校は彼女を脱落させようと、拷問のような訓練と「女性であること」に対する敵意と反目で迎える。陰謀と裏切りが渦巻く世界で生き抜き、栄光と勝利を勝ち取るまでを描く。共演は「ある貴婦人の肖像」のヴィゴ・モーテンセン、「卒業」のアン・バンクロフト。2時間6分(日本ヘラルド映画)

●祝ラズベリー賞。これを糧に頑張れムーア

見事? 98年度ラズベリー賞を受賞したデミ・ムーア。「素顔のままで」で女優最高ギャラを獲得した紛れもないトップスターである。そして、この「G.I ジェーン」も全米NO.1を記録した。

日本の女性には彼女はどのように映っているのだろうか? 日本での興行成績の方はいまいちぱっとしない。「ゴースト」以降、ヒット作らしいヒット作は浮かばない。しかし、栄養剤「プロテイン」のCMに起用されているところを見ると、それなりの好感度の裏付けはあるのだろう。

女性のオピニオン・リーダーであるムーアが、この作品を撮りたかったというのは、容易に理解できる。

男社会の軍隊、そのトップの海軍特殊部隊「シールズ」の訓練プログラムに、女性が飛び込む話。

「ハリウッドでは女性映画がない」と嘆く彼女がやらないわけがない。彼女は自らが設立したプロダクションが出資、デミ自身もプロデューサーとして、2番目に名前を連ねている。

監督は「ブレード・ランナー」「ブラック・レイン」のリドリー・スコット。話はテンポがあるし、最後まで飽きずに見られる。女性が男性社会で勝ち抜くという中に女性対女性の構図も入っており、「女性万歳!」というだけのウーマンリブ映画になっていない。

弱点は、ヒロインの動機の希薄さ。訓練の厳しさは十分に伝わってくるのに、この訓練に耐え、実戦に行きたいのか理由が伝わってこない。「ぶっぱなしたかった」とヒロインは言うが、それだけではないだろう。

「鍛え抜けば、男女の個体差すらない」という肉体改造論は、そのままムーアの主張のように見える。ただただ圧倒されるだけだった。ムーアもいよいよ来るところまでに来たなという印象。ここまで来たら、次はシガニー・ウィーバーの後釜となって、「エイリアン5」に出るしかない。(98年1月31日、丸の内ピカデリー2ほか全国松竹、東急洋画系)

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2008年11月16日 (日)

「大安に仏滅!?」★★★★

「お日柄もよくご愁傷さま」に続く冠婚葬祭コメディ。サラリーマン生活30年、やっと我家を建てた主人公の西岡哲夫。ここから長女を嫁に出せると、充実感に浸るのも束の間。家は欠陥住宅だったのだ・・・。

出演:橋爪功、吉行和子、酒井美紀、金子賢、林知花。監督:和泉聖治。1時間47分(東映)

「お日柄もよくご愁傷様」の続編的なホーム・コメディ。「お日柄-」は仲人を頼まれた友人の子供の結婚式当日、祖父が亡くなり、結婚式と葬式を掛け持ちせざるを得なくなった男(橋爪功)とその家族のお話。

本作は、やっとの思いで新築の一戸建てを持ったサラリーマンが主人公。これで、娘(酒井美紀)を家から嫁がせることができると思っていたら、家は欠陥住宅。娘の結婚も婿側のトラブルでおかしくなってしまう・・・。

日本人の長年のテーマである住宅問題、家族、その自立、世代ギャップなどを織り込んで、若者から中高年まで楽しめる作品に仕上がった。

人生にはいくつかのヤマ場がある。入学、入社、転職、結婚、家を建てるなど・・・。その中でも、もっともドラマチックなのが「結婚」である。名匠・小津安二郎の世界テーマもずっと「結婚」だった。それは父親から見たもので、小津は「娘の結婚」を人生最大の喜びであり、悲しみととらえた。

そんな小津映画から綿々と流れている父娘の関係を描きながら、父と息子の関係もくっきりと見せる。父と息子は非常に微妙だ。男同士というのは、あるときを境にライバルへと変わる。

主人公は、ことなかれ主義で過ごしてきた。楽しみといえば、ゴルフ。夢は新築の我が家を持つことだ。そんな父親を見て、息子は「親父のようにはなりたくない」と誓い、コメディアンを目指す。2人には会話もあまりなく、たまに顔を付き合わせば、けんか。お互いがお互いを理解しようとしていない。それが、あることがきっかけで、2人して田舎に帰ったことで氷解してゆく。父親は自分の青春の夢を語り、息子(金子賢)も父親の歩んで来た道を理解する。

このドラマが描いているものは実に平凡でオーソドックスな世界だ。ただ、それが素晴らしく感じられるのは、ホームドラマへの回帰なのかもしれない。

社会はすさんでいる。最近の報道によれば、少年による犯罪は97年の50%増しという。新聞やテレビが単に騒いでいるだけでなく、統計的に実証されているのだ。世相を反映してか、テレビで見られる「ホームドラマ」というのも、激減しているように思える。中産階級の美徳は語られなくなった。そんななか、久々見たホーム・ドラマにホッとし、新鮮にも感じたのだった。

主題歌は矢野顕子の「ホーム・スイート・ホーム」。

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「ディアボロス 悪魔の扉」★★★

The Devil's Advocate - Official Trailer

キャッチコピー:魂を売るだけでいいんだよ

アル・パチーノ、キアヌ・リーブス共演のサスペンス・スリラー。フロリダ在住の弁護士ケビン・ロマックス(リーブス)はたとえどんな凶悪犯であろうとも、一度として弁護をいとわなかった。彼は明らかに有罪と分かる異常性格者の裁判に勝訴した後、ニューヨークの最高級法律事務所「ミルトン・チャドウィック・ウォーター」に招かれた。そして、法曹界でカリスマ的存在になった大物弁護士で経営最高責任者のミルトンの片腕として正式に採用される。彼が担当する事件は有罪としか思えない被告の弁護ばかり。ミルトンはぜいたくな生活をプレゼントすることで、ケビンの戸惑いを押え込んでいた。しかし、妻のメアア=アンはミルトンに巣食う悪魔を見抜いていた。ある日、彼女はミルトンにレイプされてしまう…。監督:テイラー・ハックフォード「愛と青春の旅立ち」「黙秘」。製作:アーノン・ミルチャン。出演:アル・パチーノ、キアヌ・リーブス。(日本ヘラルド映画)

題名「ディアボロス」は「DIABOLIC」(悪魔的な)という言葉を基に日本ヘラルド映画が考えた造語という。原題の「DEVIL'S AVOCATE」は「悪魔の弁護士」の意。

この世に悪魔が存在するとすれば、どんななのか。

悪魔を否定的に描くよりも、人間の虚栄とは何かを描く現代の寓話だ。パチーノの大げさな演技がコミカルで楽しい。パチーノは見るからに精力的でスケベそうで、悪魔のイメージにピッタリではないか。

舞台はニューヨーク。天に届くばかりの高層ビル郡はまさにバビロン。悪魔が生き場所と定めたのは、法曹界だ。人間が人間を裁く、微妙なパートはまさに悪魔の入る余地が十分にあるということか?主人公は元はフロリダの弁護士。女子生徒にいたずらをしたとして、訴えられた教師の事件で、見事に無罪を勝ち取り、ニューヨークの刑事事件専門のミルトン弁護士事務所からスカウトされる。8部屋ある豪華マンションに、高い給料。彼はその魅力にすっかり取り付かれる。しかし、何かがおかしかった。

彼の妻は異常に気がつくのだが、裁判に多忙を極める彼は、妻の訴えに耳を貸さない。ミルトンは人間の姿をした悪魔だったのだ。彼は有罪の人間を次々に無罪として、この世の支配を狙っていたというわけ。この後には恐れるべき真実が・・・。

「ザ・ファーム/法律事務所」ばりの展開だが、悪魔という古典的なな存在を現代的なアプローチで描き、法曹サスペンスとしての魅力を合わせたところが面白い。悪魔パチーノの演説は見応えある。 忘れてならないのがニュー・キアヌ・リーブス。この役のために減量し、痩せ過ぎっていうくらいスリムになった。ストイックなまでに自分の美学を貫く彼らしい行動である。(98年2月18日)

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「ピースメーカー(The Peacemaker)」★★1/2

The Peacemaker (1997) - Trailer

キャッチコピー:世界中の核は全てコントロールされているはずだった・・・

ドリームワークス第1回作品。監督:ミミ・レダー「ディープ・インパクト」。主演:ジョージ・クルーニー、ニコール・キッドマン。2時間4分(UIP)

スティーブン・スピルバーグ監督、ゲフィン・レコードのゲフィン、元ディズニーのカッツェンバーグの3人がタッグを組んだ映画製作プロダクション「ドリームワークス」の第1回作品。期待とは裏腹に、平均的サスペンス。監督はミミ・レダー。この作品で評価され、次回作には夏の大作「ディープ・インパクト」が控えているという。

盗まれた核兵器をめぐる特殊部隊の話。冒頭部分は説明不足で、犯人がユーゴのテロリストというのは陳腐。サスペンスの盛り上がりに欠ける。救いは主演のジョージ・クルーニー、ニコール・キッドマンが魅力的なこと。ますます美しくなったキッドマンの顔に見とれました。(98年1月15日)

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「エイリアン4(ALIEN RESURRECTION)」★★★★

Alien 4 - Resurrection (1997) - Trailer

あのレプリーが帰ってきた!主演:シガニー・ウィーバー、ウィノナ・ライダー。監督:ジャン=ピエール・ジュネ(ロスト・チルドレン)1時間47分(フォックス)

●人気シリーズにハマったジュネ・ワールド

人気シリーズとはいえ、3作品以上続くと、閉塞感が出てくるものだ。「ロッキー」シリー ズなどはいい例。オリジナルの持つ良さも歪められしまい、熱狂的なファンも背を向けてしまうほどの出来栄え。人気シリーズだから、当たるというのは映画会社の勝手な思惑に過ぎない。映画ファンの目はもっとシビアだ。

「エイリアン」の4作目を作るというとき、当初、シガニー・ウィーバーは難色を示したという。リプリーは3作目でエイリアンを道連れに自害した。これ以上何をできようか、と考えたのである。

伝統と新しさを求められた怪物ヒット作の新作に起用されたのは「デリカテッセン」のジャン・ピエール・ジュネ。グロでブラックな笑いを持った彼の映画は欧州では爆発的な人気を誇るものの、米国では受けるかどうかは疑問だった。なんと言っても、暗い。ハリウッドからはかけ離れた映画人という印象がある。

彼の起用はフォックス首脳部、ジュネ本人にとっても大きな賭けだったはずだ。

SFはアメリカが産んだニューカルチャーである。UFOを「発見」し、命名したのはアメリカ。宇宙旅行にも並々ならぬ執着を見せた。空想の世界、現実ともに先駆者であった。それを英語を話せないフランス人に任せようというのだ。(ジュネは撮影後には下町の人間が悪態をつくように英語を話せるようになったという)

しかし、それは杞憂に終わった。

ジュネはハリウッドのシステムにも慣れ、俳優たちとのコミュニケーションは概ね良好だったようだ。それらはウィーバーの表情にもよく現れている。彼女は4度目のリプリーを実に楽しんでいる。そして、ジュネは自分の世界を残しつつ、エイリアンの伝統を見事なまでに引き継いだ。キャストにはジュネ映画には欠かせないロン・バールマン、ドミニク・ピノンの2人を起用した。

ジュネらしいシュールなユーモアは健在だ。「エイリアン」ファンにはうれしいフェイスハガーに、エイリアンの出産、クイーンエイリアン、もちろん、新エイリアンも水中を泳ぐなど趣向が凝されている。ジュネはいまや、ハリウッドでもひっぱりだこらしい。いよいよ彼の「毒」が世界に回るのだ。楽しみである。(98年4月25日)

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「アイス・ストーム(THE ICE STORM)」(アン・リー監督)★★★★

●「虚空」があっても、家族は家に帰ってくる

The Ice Storm (1997)

「いつか晴れた日」で世界進出した台湾の巨匠、アン・リー監督作。97年カンヌ国際映画祭最優秀脚本賞受賞。舞台は70年代のアメリカ。郊外に住む典型的な中流家庭に起こる親同士の不倫、その子供たちの無軌道な愛の姿を描く。主演:ケビン・クライン(デーブ)、シガニー・ウィーバー(エイリアン4)、クリスティーナ・リッチ(ベスト・フレンズ)、イライジャ・ウッド。監督:アン・リー。原作: リック・ムーディ。全米97年9月、foxサーチライト配給。113分。(ギャガ)

《「ファンタスティック・フォー」の73年11月発売、第141号で敵の手で人間原爆に変えられた息子を、主人公は反物質兵器で攻撃する。この作品らしい設定だ。彼らはただのヒーローではなく家族であり、パワーが強ければ強いほど互いを傷つける。それが「ファンタスティック・フォー」のテーマなのだ。家族は「反物質」なのだ。人間は家族という虚空から生じ、死ぬとき、「虚空」に戻る。これは逆説的だ。絆が強いほど、「虚空」は奥深い。》

前段は主人公一家の長男のモノローグ。電車で帰路につく彼はコミック「ファンタスティック・フォー」を読みながら、そんなことを思う。「ファンンタスティック・フォー」は米国で人気コミックのひとつだ。宇宙線の嵐の影響で超能力を得た主人公4人が人類のために活躍するという話。ゴムのように体を変形することのできる「ミスター・ファンタスティック」と透明になる能力を持つ「インビジブル・ガール」は夫婦で、炎人間の「ヒューマン・トーチ」は「インビジブル・ガール」の弟だ。(怪力の岩石男「ザ・シング」だけが”他人”)。

テーマを引用によって語るのは、よくある手だが、それがアメコミというのは恐れ入る。このワンシーンで70年代という時代背景、少年がいるのが典型的な中流家庭だということ一気に説明してしまう。このジェイムス・シェイマスはこの脚本で第50回カンヌ映画祭脚本賞を受賞。リック・ムーディの原作がある以上、正確には脚色賞なのだが、やはり、シェイマスの手腕によるところが大きいだろう。

その脚本はさまざなところで巧妙な伏線を張っている。アン・リー監督作の「推手」 (91)「恋人たちの食卓」 (94)の脚本家で、2人はこれまでの家族の温かさを描く作風から一変、家族の影を鋭く描き出した。

ベン(ケビン・クライン)の一家は一見、幸せそうに見える平凡な家族。だが、ベンは隣家の妻ジェイミー(シガニー・ウィーバー)と浮気。妻エレナ(ジョアン・アレン)は精神不安定。長女ウェンディ(クリスティナ・リッチ)は早熟で、政治やセックスが関心事。隣家の少年マイキー(イライジャ・ウッド)と森でキスをしたり、セックスの真似事をしたりする。崩壊の寸前のところで均衡を保っている。

ベン夫妻と隣家の夫婦は嵐の夜に行われたパーティーに出席。そこで、エレナはベンの浮気の決定的事実を知ってしまう。そして…、別の場所ではもうひとつの悲劇が起こっていた。

後半、ベンの一家はそれぞれの秘密を知ることになる。ウエンディは父の浮気を、ベンはウェンディの無軌道な性を。秘密を知ることによって、家族の「虚空」は広がっていく。しかし、最後は家族は家族の元へと帰ってくる。それが冒頭からラストへつながる長男の帰郷シーンの意味なのだろう。

家族は崩壊寸前ながらも、長男を迎えに行くために車で駅に向かう。誰もが黙っている。ベンは無事に帰ってきた長男の顔を見て、思わず顔を被い涙する。その後、家族は愛を取り戻したかどうかは分からないが、ベンの一家は家族の意味を確認したに違いない。重いラストに、誰もが自分の家族を振り返るだろう。(98年9月26日、銀座テアトル銀座)

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PLAYBOY日本版終刊前号★★★★~山口百恵と筑紫哲也のガチンコインタビュー

「月刊プレイボーイ」が来年1月号を持って、廃刊になる。最終2号はこれまでの総決算として、これまのインタビューを再録している。

山口百恵さん、ジョン・レノン、村上春樹、村上龍、松田優作などなど。百恵さんのインタビューは引退最後のもので、聞き手は先日ガンでなくなった筑紫哲也さん。百恵さんのご指名だという。

筑紫さんは父親との確執から始め、セックス観まで切り込む。百恵さんも「大事なものです」とはっきり答えている。また、百恵さんは美空ひばりさんの名前が出てくると、「正直言ってあまり好きじゃない。あそこまで孤独になってしまいたくない」と一蹴する。

現役を退くとはいえ、ここまで言うか。完全なガチンコインタビューで面白い。

同誌では、インタビュー嫌いで知られるデ・ニーロも登場する。デ・ニーロは自分のことを話すのは苦手だといい、少年時代について聞かれると、怒り出してしまう。

インタビューの基本は限られた時間内に、相手から本音を聞き出すことにある。言葉を引き出すのも大事だが、いらついている様子も記事にしてしまう。それによって、デ・ニーロのパーソナリティーを現す。これも手法のひとつだ。

出版関係者最近のインタビューは事前に、「これは聞かないでくれ」とのリクエストがあり、実際の取材後も、事務所側がゲラチェックを行う。個性的な発言、スキャンダラスな発言は削除されてしまう。これでは面白くないのも当然という気がする。

本号と来月発売される最終号は一読の価値あり。

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2008年11月15日 (土)

「遥かなる帰郷(THE TRUCE)」★★★★

ユダヤ系イタリア人小説家プリモ・レヴィが1963年に発表した死の収容所アウシュビッツから帰還の記録を「シシリーの黒い影」「黒い砂漠」の社会派フランチェスコ・ロージが映画化。第2次大戦中、アウシュヴィッツでの過酷な収容所生活で言葉を失った男が母国イタリアに戻るまでの長い旅の間に、人間らしい感情、生の喜びを取り戻していく。

監督・脚本・脚色:フランチェスコ・ロージ

出演:ジョン・タトゥーロ「バートン・フィンク」

アグニェシカ・ヴァグネル「シンドラーのリスト」

ステファノ・ディオニジ「カストラート」

第50回カンヌ国際映画祭正式出品。イタリア、フランス、ドイツ、スイス合作。(日本ヘラルド映画)

98年のカンヌ映画祭の審査員賞はイタリア映画「ライフ・イズ・ビューティフル」(ロベルト・ベニーニ監督)が受賞した。ユダヤ人収容所を舞台にした話だという。本作はその前年、コンペティション部門に出品された。内戦が続く欧州では、今も、戦争は大きなテーマである。近年でも、「大地と自由」(ケン・ローチ監督)、ユーゴ内戦を描く「アンダーグラウンド」が出品されたのが記憶に新しい。

 
 
悪名高きユダヤ人収容所「アウシュビッツ」。「シンドラーのリスト」などでも取り上げられている題材だが、この映画がほかの作品と違うのは、解放されたユダヤ人が家路につくという別の角度で、戦争、生きることを見つめているということだ。

冒頭、ロシア軍によって、壊された収容所の扉を前に主人公プリモは呆然と立ち尽し、そして、言う。「私たちは自由を得たということと同時に、これからどうしたらいいのかという不安に駆られた」。これらは体験した者でなければ、わからない感情だ。解放されたことで、逆に不安が生まれるとは、僕には想像できない。

彼はいったんは脱いだ囚人服を再び着て、祖国へと向う。主人公にはアウシュビッツの忌わしき思い出がこびりついた服を着ることによって、自分が今後生きる意味を見つけようとしている。この服がアウシュビッツで起ったことを我々に想起させる。

ジョン・タトゥーロは主人公の複雑な心境をシンプルでかつ、情感を押えた演技で見せる。それだけに、主人公が出会った人々の姿が際だち、その相乗効果で主人公という人間が見えてくる。

すべては金と割り切るギリシア人、男の武器を最大限に利用するしたたかなロシア人看護婦、期せずして、イタリア人難民をまとめることになり、四苦八苦する男・・・。戦後を力強く生きようとする人々の姿を、カメラのような冷静な目で人々をみつめている。それは、いかなるものも記憶して、後世に残そうという強い意志のようでもある。

彼がアウシュビッツについて、声高く主張するのは、ロシアの闇市だけだ。シャツを売る彼は、覚えたてのロシア語で値段を連呼するが、売れるどころか、人々は彼から遠ざかっていく。ある紳士は主人公に忠告する。「その服のせいだよ」。ジャケットの下からはアウシュビッツの囚人服とそのシンボルマークがはっきりと見える。

「なぜ避けるんだ。アウシュビッツは小さな子供や女が殺されていったんです。現実を見てください」

主人公の大きな声は逆に人々を遠避ける。
紳士は言う。
「みんな早く忘れたいんだ」

その言葉に彼は気落ちしながらも「記憶すること」「伝えること」を自分の使命と感じていく。

原作はプリモ・レーヴィのノンフィクション小説「休戦」。数々の文学賞に輝き、ベストセラーとなった。フランチェスコ・ロージ監督は87年に映画化を思い立ち、レーヴィに連絡した。彼は「人生の暗黒の部分に一筋の光を当てられた」と喜ぶが、その1週間後に自ら命を絶つ。遺書などはなく、いまとなっては理由は分からない。

映画で感じたのは、レーヴィの不器用すぎる誠実さ。レーヴィは内に秘めた悶々とした思いを解き放つことによって、自らの使命が終わったと感じたのかもしれない。(98年6月6日、シネスイッチ銀座)

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「プルガサリ/伝説の大怪獣」★~突っ込み満載の北朝鮮版ゴジラ

●突っ込みどころ満載の北朝鮮版ゴジラ

米映画「GODZILLA」(ローランド・エメリッヒ監督)が98年5月ついに全米公開され、ベールを脱いだ。ファンは熱狂、専門家は激辛評という予想通りの展開となった。それでも大ヒットはしているようで、3日間のオープニング成績は「ロスト・ワールド」をしのぐという。

Godzilla teaser trailer #2

 

ところで、ゴジラのあのスタイルはどうだろう? ぐんと細くなり、まさに巨大化したトカゲ以外の何ものでもない。ゴジラ俳優(着ぐるみ俳優)薩摩剣八郎さんは早い時点から、知人からインターネットを通じて、「GODZILLA」のデザインを知った。「あんなの、ゴジラではないよ」。その言葉には怒りすら感じられる。

 

その薩摩さんが北朝鮮に赴き、怪獣を演じたのが、この「プルガサリ」。狙いなのか、偶然なのか、「GODZILLA」とほぼ同時公開。北朝鮮の朝鮮芸術映画撮影所が85年に「ゴジラ」のスタッフを招いて作った怪獣映画。完成直後に発生した諸般の事情により、本国でも未公開に終わった幻の作品。日本が世界初公開となる。

「完成度の高さは怪獣映画の傑作とも絶賛された」と配給会社は主張するが、出来ははっきり言ってひどい。しかし、星ひとつはむしろ、勲章だ。この出来の悪さがかわいいのだ。

なぜ公開が12年後になったのには訳がある。そもそも、故・金日成主席が大の「ゴジラ」ファンで、撮影所に命じたらしい。ところが、出来上がったこの映画は、高麗朝末期を舞台に、飢饉、悪政に苦しむ民が一揆を起こし、それを伝説の怪獣、プルガサリが助けるという筋立て。最後は朝廷に乗り込み、建物を破壊する。絶対的権力者を否定し、民衆の力を賛歌したものなのだ。

朝鮮初の怪獣映画に狂喜乱舞した金日成主席もさぞかし、驚いたことだろう。時の権力者がこんな映画を許すわけがない。監督のチョン・ゴンジョは、完成直後に米国に亡命したという。その後、ゴンジョ監督が持ち出したフィルムは韓国経由などで海外に流出。日本でも既にビデオ化している。この事態に朝鮮総連は激怒。フィルムでの上映はまかりならんと、ストップをかけ、今日まで至ったようだ。

プルガサリは出生からしてユニークだ。反乱罪で捕まった鍛冶屋の主人タクセは断食を強いられ、やせ細っていく。見かねた娘のアミはこっそりおむすびを牢に投げ込む。世の中を愁うタクセは何を思ったのか、その米粒を捏ねあわせ、伝説の怪獣の人形を作り上げ息絶える。

それが天から光を浴び、命を宿すという次第。最初は手の平に乗るほどの大きさ。娘アミとふとんを並べて寝たりする。好物は鉄。最初は針を食べ、そして、鍬を食べ、どんどん成長を遂げる。人間大の大きさになったときには、死刑されそうになっているヒロインの恋人の窮地を救う。なんとオノを食ってしまう。

その後も大きくなり続ける。ともかく無敵。矢も火も爆弾もものともしない。一時は呪い師によって力を奪われるが、その後はなんのその。自分と同じ高さの宮殿をいともたやすく壊す。おかげで民衆は自由を得る。普通の映画なら、ここで終わるはずだ。伝説の怪獣はどこかに帰っていく。続編の予感を感じさせながら。

<以降ネタバレあり>


しかし、この映画はその後のプルガサリの姿を律義に見せる。

平和が戻った後もプルガサリは、成長を続ける。民衆は「命の恩人だから」と、鉄を与え続けたが、それは巨大なプルガサリの腹を満腹させるほどにはならない。民衆は鉄という鉄は与え、畑を耕す鍬にも困っている。この現状にヒロインも「このまま世界中の鉄を食べる気?」と嘆くのだ。そして、悲劇のラストシーンと向かっていく。

怪獣映画がかつて、こんな風に描かれたことはあっただろうか。

権力、革命、民主主義、巨大化、自己矛盾、そして、崩壊。これらはプルガサリをめぐるこれらのキーワード。お笑いな怪獣映画だが、その奥にあるものは意味深いのかもしれない。そう言えば、「ゴジラ」も反戦、反原爆を謳った社会派映画であった。1h35。(98年7月4日、キネカ大森公開)

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「スクリーム」(SCREAM)★★★★

●珠玉の脚本とクレイブンの小気味よい演出

監督は「エルム街の悪夢」のウェス・クレイヴン監督。ハイスクールで連続殺人事件が発生。次の犠牲者として標的にされたシドニーはボーイフレンドに救いを求めるが・・。

久々のホラーの快作。スリラーあり、ナゾ解きあり、ときにコミカル。古典的なホラーを踏襲しつつ、堂々とパロディを見せる。ホラーを知り尽くした脚本が珠玉だ。上映時間の1時間57分はあっという間。

カップルで盛り上がれる。久々の復活!”ET女優”ドリュー・バリモアを始め、ネーヴ・キャンベル、デビッド・アークエット、スキート・ウーリッチら若手スターも要チェックだ。

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2008年11月14日 (金)

「愛する」(熊井啓監督)★★

●時代錯誤の若者たち

 

原作は遠藤周作の小説「私が・棄てた・女」。ハンセン病と誤診され、診療所に送られたミツ(酒井美紀)。やがて、誤解は解けるのだが、強制隔離政策と人々の差別心情の実態を知ったミツは残ることを決める…。

新生・日活の第1弾は熊井啓監督が得意とする社会派ドラマと愛をミックスさせた青春ストーリー。原作のネガティブ・ワードを「愛する」としたのは、熊井監督の古巣・日活への愛情の現れなのだろうか。

脚本(熊井啓)は、原作の時代から設定を現代(97年)に変えた。2人が出会ったのは、東京の新デートスポット有明。コンサートの帰り、酒井は渡部が売っていた牛丼弁当を買う。このシュチュエーションで牛丼弁当を買う酒井もなかなかいないが、渡部のその後の台詞はもっとすごい。「車で”街”まで送っていこうか」。田舎に住んでいるのならともかく、有明にいて、「街」はないだろうと突っ込みたくなる。

その後、飲み屋でデートした2人。少し酔っ払った渡部は酒井を人通りのない「連れ込み宿」に導く。「泊まっていこうよ」と渡部という誘いに戸惑い、酒井は「嫌よ」と断る。「私、こういうところに来たことないもの」。原作の時代なら、こういう台詞も展開もあるだろう。しかし、映画が描かれるのは97年の東京だ。無理に現代に引っ張る必要はなかったのではないか。若者の風俗の描き方につまづいてしまい、イマイチ乗り切れなかった。

もう一つ、がっかりさせられたのは、ハンセン病についての現状と歴史を岸田今日子に語らせてしまう場面。説明せりふは最後の最後の手段。それなら、タイトルバックの後の文字で「ハンセン病とは・・・」とやってくれるほうがスマートだった。こうした欠点はあるが、話にはテンポもある。初主演の酒井も頑張っている。(97年10月4日、シネマスクエアとうきゅう公開)

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モレスキン シティブック(Moleskine city book)の使い方 

Moleskine Berlin City Notebook

オススメ度★★★★

モレスキンのシティブックシリーズの東京、京都版が11月11日、発売された。店頭発売は始まったが、アマゾンでは予約受付中、楽天では未入荷。東京、京都版はシリーズ初のバイリンガル表示で、日本人にとっては使いやすさが向上された。

東京版はまだ未入手なんだけども、以前、購入したニューヨーク版をちょっと紹介。これは07年7月28日からのニューヨーク滞在で使ったもの。

ただでさえちょっと高い感じもあるモレスキンだが、シティブックシリーズはさらにお値段が張る。都市によって異なるが、1900~2400円といったところか。

しかし、横から見てもらうと、アンコのつまったタイヤキのようにいろんなものが詰まっているのが分かる。冒頭はいつもの所有者情報、地下鉄マップ、主要マップ、ストリートインデックス、無地ページ、インデックスページ。使い方はそれぞれ。

うれしいのは通常の地図の上にトレーシングペーパーがついていること。気になる店や訪れた店はトレースしておく。「Joe's Shanghai」はチャイナタウンにあった中華料理店。実際の記事はここ。トレーシングペーパーの予備は巻末のページにもある。


トレーシングペーパーをめくったところ

旅の途中でもらったチケットの半券などもはさんでおく。背表紙の裏にはポケットもあるので、そこに突っ込んでおくのも手。後で整理して、糊で貼ってもいい。


メッツVSナショナルズのチケット半券

本当は松井秀喜が所属するヤンキース戦を見に行きたかったのだが、試合がなかった。48ドルというから、5000円ちょっと。そんなに安いわけではない。

2007年7月28日 (土) ●大リーグを見に行く


イニングのメモ

2007年7月29日 (日) ●ハーレムのピカソと観光のためのゴスペル

これはゴスペルツアーで寄った教会の中の落書き。写真撮影が禁止だったので、スケッチした。

ここに行きたかったな、とか、ここよかったな、などもメモっておくと、次回の旅にも役に立つ。

モレスキンシティブックは旅の手帳としても、十分楽しいが、生活の場、仕事の場である東京版はさらに違った使い方もありそうだ。レストラン、美術館、映画館、名所、旧跡、近代建築の探訪録にも使えるだろうし、営業職の人なら、取引店舗に印をつけて、営業戦略を練るのもよし。

こんな使い方をしてますよ、というのがあったら、教えてください。

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エクソシスト(THE EXORCIST)★★★★

The Exorcist - Trailer

STAFF
監督:ウィリアム・フリードキン
製作・脚色・原作:ウィリアム・ピーター・ブラッディ
音楽:マイク・オールドフィールド
CAST
リーガン・マクニール:リンダ・ブレア
メリン神父:マックス・フォン・シドー
ダミアン・カラス神父:ジェーソン・ミラー
クリス・マクニール:エレン・バースティン

73年度アカデミー賞脚色賞、音響賞受賞

映画的手法に満ちたオカルトの金字塔

ワシントンDCを舞台に、12歳の少女リーガンに取り付いた悪魔とエクソシスト(悪魔祓い)の息詰まる戦い。70年代ブームに作ったオカルト映画の金字塔。この作品の後、亜流映画が続出したが、どれも、これにはかなわない。オカルトと人間ドラマの見事な融合。

国民のほとんどが無宗教の日本人には理解できない(私も含め)が、キリスト教が根付くアメリカにおいては、悪魔という素材はそれだけで十分恐ろしい存在らしい。宗教的な恐怖を除いても、この映画には迫力がある。監督は「フレンチ・コネクション」(71年)のウィリアム・フリードキン。エジプトの発掘現場でメリン神父が感じる不吉な予兆。リーガンの周辺で起きるポルターガイスト現象、カラス神父の痴呆症にかかった母の死。じわりじわりと不安感を煽っていく。

ホームパーティーで、少女が失禁し、意味不明の言葉を発するようになってから一気に話しは流れ出す。コンピューターなしのアナログ特撮の怖いこと、怖いこと。少女の変ぼうぶり、暴れるベッド、360度回転する首(特撮:ディック・スミス)。

陰影の効いた撮影、ズームしながら下がる不安定な構図(ヒッチコックの「めまい」の応用)。中でも、予告でもおなじみのマックス・フォン・シドー扮するメリン神父の登場シーンは秀逸。窓からこぼれる光。一軒の家の前で、止まるタクシー。街灯に照らされる人影。悪魔にとりつかれた少女の目。開くドア、一歩進み、そこでやっとシドーの顔。希望、そして、戦いの始まりを予感させる。

クライマックスのことは言わずもがな。随所にアナログ時代の工夫、努力がいっぱい。ブラッディの原作、脚本を見事に映画的に昇華したフリードキンの職人技には感服する。

 


廃盤となった「特別版」特典映像

本編122min/特別映像91min
オリジナル(英語)
1:日本語字幕
2:英語字幕
ビスタサイズ(16:9LB)
税抜2400円
DL-161176

DVDは25周年を記念したBBC製作のドキュメンタリー「フィアー・オブ・ゴッド」ほか特別映像付きの特別版。

原作、脚本のブラッディ氏とフリードキン監督のラストシーンをめぐる対立が興味深い。ブラッディは「観客の中には、悪魔が勝ったと思う人も出てくるだろう」と主張し、明るめの別シーンも撮らせた。しかし、このラストだったら、いまあるような評価は得られなかったに違いない。あまりにもアホくさいのだ。フリードキンも最初から使う気がなかったと見え、演出もおざなりなのが笑える。その「もうひとつのラストシーン」も収録。

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2008年11月13日 (木)

ハッピーバースデー

11月12日は誕生日だった。二度目の成人式である。

誕生日というのは年齢を重ねると、どうでもいいものとなり、今年は手帳に書き込むことすら忘れていた。

この日は組合の拡大事務折衝。ボーナス交渉の金額以外の部分「諸要求」に回答があり、会社側と議論を交わす。本部書記長として最前線に立たなければいけない。

前に書いたが、進んで今の職についたわけではない。「順番だから」といわれ、気が付けば「拉致」されていた。組合の要職というのは、やりたがる人間より、そうでない人間の方がいいらしい。

後で気付いたが、組合にはポジションを守るためとか、異動したくないからという理由で執行部に入っている方もいる。自分には何の野心もなかった。無邪気すぎた。

冬のボーナス交渉は厳しい冬の嵐だ。同業他社はマイナス25万円を筆頭に、マイナス10万円台も。しかし、半期の労働量を考えれば、マイナスはありえない。

しかし、会社は「儲かっていないのだから、払えない」と言う。ない袖は振れない。これも当たり前。

闘争に入るにあたって、髪をバッサリ15センチ切った。スポーツ刈り。闘う姿勢を会社にも組合員にも分かりやすく見せるためだ。丸顔に自分には似合わないのは分かっていたが、何かを見せなきゃいけないと思った。

二時間半の論戦を終え、少し年上の副委員長が「だいぶ板についてきたね」と言う。
それを聞いて、安心した。板につくも何もやるしかない。選択の余地はないのだ。

組合ニュースを作りながら、執行部で酒を飲んだ。委員長がワインをくれた。
「ハッピーバースデー」
仲間が祝ってくれた。ありがたい。


[正規品]マコン・ヴィラージュ“グランジュ・マニアン”2006ルイジャド白[750ml]

不惑。
しかし、そんな境地とは程遠い。

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2008年11月12日 (水)

Amazonの売り上げの半分以上は13万位以降の商品から

少し前から、かつて運営していた映画ホームページ(97~2000年)の記事を載せています。

ホームページのデータは少し前に発見。今読み返すと、恥ずかしい思いもあり、そのまま葬り去ろうと考えたのですが、多少なりとも何かの役に立つことがあるのでは、と思いました。

それには、どんな情報でも、世界中にはそれを求めている人がいる、ということがあります。

Amazon.comの売り上げの半分以上は13万位以降の商品から生まれるそうです。「新聞離れ」「活字離れ」が長らく指摘されておりますが、ネット書店のAmazonが成功している理由は、そこにあります。多様な本を一挙に揃えること。売れ筋はあっても、専門書やマニアックな書籍が意外に売れている。

人気が少なくとも、ニーズは必ずある。そして、そこには競争も少ない。ニッチな商品が商売になる、と言われる理由もそこにあります。

映画はほとんどの場合、DVD化されていますから、記事をきっかけにDVDを買われる方もいるかもしれません。そうなれば、訪問された方にも、情報を得られるというメリットがあるし、僕の方にも多少の小銭は入るチャンスはある。双方に少なからずメリットがあるということになります。winwinの関係が成り立つ可能性がある。

先日、紹介した書籍「新聞社」にはこんな話が出てきます。ヤフー社長は毎日新聞の重役だった著者に「あなたたちは記事の価値を分かっていない。捨てる記事があったら私たちに下さい」と言います。

新聞紙面には限りがある。ボツ原稿も多数存在するわけで、インターネット事業者の私たちなら、それを生かす手段を知っている、というわけです。

これも、どんなボツ原稿にもニーズはあり、その集積がページビュー数を上げることにつながる、という考え方だと思います。

Googleのアルゴリズムがなんたるかをよく知りませんが、いわゆるページランクはリンク数や言葉の独自性などを機械的に判断していると理解しています。

ブログのテーマやキーワードを人気のあるものに設定すれば、競争率は高くなる。一方、人気のないキーワードは、アクセスはさほど稼げないかもしれませんが、コアターゲットに届けることができる、ということになります。

楽天のアフィリエイトサイトでは「旬なキーワードはこれ」といった具合に紹介していますが、果たして旬なキーワードはどれだけ有効なのでしょうか?

つまり、みんなが同じようなキーワードを使えば、Googleの検索結果の上位にあるサイトやブログに売り上げを持っていかれるだけの話では、と思うのですが、どうでしょう?

もっとも、最近、大した売り上げを出しているわけでもなく、あまり大きなことを言えないのが悲しいのですけどね(汗)。

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2008年11月11日 (火)

「冬の時代」のボーナス闘争

冬のボーナス闘争が本格的に始まり、仕事と組合を無理矢理、両立させながら、忙しい日を送っています。

急に過去の映画のレビューを載せたのも、そんな事情。忙しくて、ブログ記事を書く時間もない。

第一次回答はマイナス1万数千円。会社側は「実際はもっと苦しいが、社員のモチベーション維持と生活を考えて、ギリギリの額を回答した」んだそうです。

それに対し、「我々は会社の求めに応じて、加重労働にも耐えた。それでプラスの額を出さないのは経営側に問題があるからだ」と反論するわけです。「会社側は従業員に考課をつけているが、我々従業員から見れば、会社の経営はE評価だ」とか言ったり、少し距離を置いて考えると、結構、大胆な発言をしているなぁ。

世間は不況の嵐。新聞報道を見ても、中小企業は前年比3・8%減、大手でも1・1%減と厳しい。

従業員5人以上の企業の今冬のボーナス平均額は、景気後退を反映して、前年比3・8%減の40万1669円と2年連続で前年割れとなることが4日、野村証券金融経済研究所の調査でわかった。減少幅は今夏のボーナス実績(前年比0・4%減)より大幅に拡大する見通しだ。

 従業員1000人以上の大企業の冬のボーナスも同1・1%減の83万5985円と6年ぶりに減少に転じる。

(2008年11月5日 読売新聞)

まさに「冬の時代」の寒い回答だ。

我が社のマイナス回答も納得がいかないが、同業他社を見ると、さらにひどい回答が出ている。産業別統一組合の回答一覧表ではプラスは1社のみ。我が社は上から2番目。ひどいところは前期比マイナス25万円、支給額5万円。住宅ローンなどを抱えている人は火の車だろう。

えらい時代に、書記長というポストを仰せつかってしまった。

会社側に物を言うのも仕事ならば、組合員に対して、収拾を提案し、納得してもらうのも仕事。どちらもおろそかにはできないわけです。

みなさんのボーナスの先行きは?

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ラヴ&カタストロフィ(LOVE AND OTHER CATASTROPHES)★★

Love and Other Catastrophes clip #1

映画学科のミア(フランシス・オコーナー)を中心に、大学生ならではの災難をユーモアと皮肉をこめて描く青春群像劇。監督は弱冠23歳、豪州のモデル出身の新人女性監督エマ=ケイト・クローガン。

登場人物はレズのカップル、オバチャンを相手にしている二枚目の男娼、ハンサムだが、なぜかもてない医学生、理想の男性をひたすら夢見る女学生。大学生たちが愛を探し、あるいは失い、最後は再生していく1日の物語。

青春群像劇は、ジョージ・ルーカス監督の「アメリカン・グラフィティ」、ジョエル・シュマッカー監督の「セント・エルモス・ファイアー」、ケビン・レイノルズ監督の「ファンダンゴ」などが好きだ。これらの作品を少しでも超えられる部分があったかと言われれば、それはない。

  

モデル出身の女性監督らしく、劇中のライフスタイルはおしゃれだし、映像もスタイリッシュ。しかし、セリフ回しは観念的(字幕が悪いのか?)でいかにも青臭く、生々しさがない。(1997年6月14日、渋谷シネ・アミューズ公開)

監督:エマ=ケイト・クローガン
出演:フランシス・オコーナー、アリス・ガーナー、ラダ・ミッチェル、マシュー・ディクティンスキー

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2008年11月 9日 (日)

「ロカルノ半世紀/映画の未来」★★~第10回東京国際映画祭の性器カット事件

※以下の記事は僕が以前、運営していた映画サイトからの再録。現在、ネット上には存在していないので、ブログに収録することにした。

●第10回東京国際映画祭の性器カット事件(97年11月4日)

国際映画祭では大作をいち早く見られるが、映画祭でしか見られない作品(商業的な劇場公開は難しいという意味)を見るというのもお薦め。

「ロカルノ半世紀/映画の未来」は97年、東京国際映画祭の「シネマプリズム」という企画コーナーでの1作。97年11月4日、渋東シネタワーで上映された。映画祭では毎年、映画自体を素材にした珍しい作品を上映している。これはロカルノ映画祭50周年を記念して作られたオムニバスで、映画監督が独自の考察で「映画の未来」を語る。テーマ以外は自由で、作品の尺もまちまちだった。

「その日、私は……」(シャルタル・アッケルマン)
「エレーナ」(マルコ・ベロキッオ)
「光の誕生」(アッバス・キアロスタミ
「電気の亡霊」(ロバート・クレイマー
「映画の追放者」(イドリッサ・ウエドラオゴ)
「来るべき映画」(ラウル・ルイス)、
「少女」(サミール)。計35分。

上映前にはアッバス・キアロスタミ監督、ロバート・クレイマー監督による舞台挨拶もあった。キアロスタミ監督は自らの作品「夜明け」について、「これを映画と言ってもいいものか」と語った。その話しぶりは何だか、その場に居合わせるのも申し訳ないといった風にも感じられた。その一方、映画祭事務局からは「これはもともとビデオ作品で、東京での上映のために、16ミリのフィルムに起こしたもので、本邦初公開です」というもったいぶった説明もあった。

そんなわけで、作品を大いに期待したのだが、いろんな意味ですごかった。カメラは固定。暗い画面から徐々に明るくなっていくと、山並みから太陽が顔を覗かせる。要するに本当に「夜明け」を撮っただけなのである。

後に波紋を呼んだのは、クレイマー監督の「電気の亡霊」である。暴力がはびこる未来のイメージとして、ポルノ映画に出てくる男性器、女性器をアップにして、インサートしている。これには東京税関は「ノー」を出した。映画祭出品作中、唯一カットされた。舞台あいさつで、クレイマー監督は「映画祭の態度に疑問を感じる」と言ってのけたのだ。

よくよく聞けば、この話にもちょっとした裏があるらしい。

クレイマー監督は検閲の話を聞いた時、不満には思いながらも、一度は「仕方ない」と了承したのだという。しかし、いろいろな人から「カットされるのはおかしい」と言われているうちに、怒りが再燃。上映当日に頂点に達したのだった。しかし、その訴えは無は終わらなかった。スクリーンにカットされた場面が黒コマとして、写しだされた時、若干名の観客からブーイングが飛んだ。

監督の気持ちもよくわかる。しかし、カットされたことを怒るのであれば、出品すべきではなかった。ノーカットが通らないなら拒否すべきだった。「性器がわいせつだというのなら、僕のペニスを税関で切り取るがいい」とでも言えばよかったのだ。後々、文句を言うのはルール違反である。

ここには、もうひとつの問題が横たわっている。

それは映画祭事務局と税関に関する問題だ。国際映画祭は作品をノーカットで上映するのが、国際的な不文律になっている。多くの国では芸術性を尊重し、一般の劇場公開ではカットになるような性的な描写も認めているということがある。それが結果として、「表現の自由」を確保している。例えば、ヘアヌードをめぐって、芸術かわいせつかの論争になった「美しき諍い女」(92年)は東京国際映画祭でノートカット上映されたことがきっかけになり、一般公開でも一部無修整となり、その後、無修正版も劇場公開された。

作品を切り刻むということは作家にとっては肉体を切られる思いだろう。黒澤明監督は「白痴」が長すぎるからと、松竹からカットされた時、「そんな切りたければ、フィルムを縦に切れ」と言ったエピソードは有名だ。

事務局と税関の間でどんなやりとりがあったのかは分からない。事実として言えることは事務局は税関の言う通り、従った。同じく、クレーマー監督も妥協してしまったのだ。それについて、何を言おうと、後戻りはできない。事務局とクレーマー監督は自らが犯した失敗を悔やむしかない。

僕はこの事件が今後、「映画の未来」に暗い影を残さないことを祈る。ちなみに、そのクレーマー監督の作品だが、特段優れた作品だとも思わなかった。この事件のほうがよっぽど興味深かった。(97年11月4日、渋東シネタワー、初出、某映画サイト)

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2008年11月 7日 (金)

「ラヂオの時間」★★★★

●和製ニール・サイモンが描く愉快な時間

「古畑任三郎」「王様のレストラン」の三谷幸喜の初監督作品。ラジオ局のスタジオを舞台に繰り広げられるシチュエーション・コメディ。 出演は唐沢寿明、鈴木京香、西村雅彦。

 

誰もが知っている三谷幸喜だが、普段、テレビドラマをあまり見ない僕は「古畑任三郎」のいくつかのエピソードを見たくらいだった。中原俊監督の「12人の優しい日本人」の脚本家であることも知らなかった。そして、なるほどな、と思った。

彼のホンの下地は古き良きアメリカ映画。 「12人の優しい日本人」はそのまま、シドニー・ルメット監督の「十二人の怒れる男」。「古畑任三郎」はカミさんのいない「刑事コロンボ」、笑いのペーストはビリー・ワイルダー監督、脚本家のニール・サイモンに通じるものがある。それらに共通するのは人間に注がれる優しい視線である。

 

三谷の殺人事件には、猟奇的なものは登場しない。殺す方にもそれなりの理由がある、というのを描いているように思える。時に犯人は人間的なささいな失敗をし、和製コロンボである古畑の執拗な追求にしっぽを捕まれてしまう。

三谷の本は優秀な前人のマネと言ってしまえば、それまでだが、彼らのテーストをうまく受け継ぎ、成功した日本人演出家はほとんどなく、むしろ、ここは後継者として迎えたい。

初監督作の題材に「ラジオ」を持ってきたのも、実にユニークだ。舞台からテレビ、そして、映画という新しい場を求めた男がまったく違うメディアを描くという試みを高く買いたい。

この辺のチョイスもフツーの映画監督にはないセンスではないだろうか? 一瞬、「おれは何でもできるんだ」という見せつけにも思えるが、三谷幸喜は脚本家でもなく、演出家でもない、表現者・三谷幸喜として成り立っているのだろう。

映画に登場するラヂオの人々は実に愛すべき人々である。しょうもない物を作っているという自覚を持ちながらも、時間と予算、役者のわがまま、など諸事情に押しつぶされ、自ら作品を汚してしまうクリエーターたち。ディレクター、プロデューサー、録音マン。彼らのジレンマを見事に描いている。それは時として、表現者・三谷自身の言い訳にも見えて笑える。 (97年11月25日、渋東シネタワー4)

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2008年6月29日 (日) マジックアワーONザ・マジックアワー

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2008年11月 6日 (木)

「負ける」建築~隈研吾

日テレ系「ニュースZERO」(4日放送)で人気建築家、隈研吾氏が取り上げられた。

隈氏は現在、60くらいのプロジェクトを動かしており、休日は元日くらい。しかし、「こんなに面白いことはほかにない。休む気がしない」と話す。

隈氏の「無印良品の家」はグッドデサイン大賞の最終候補に残っている。無印良品の家シンプルな外観で、一見すると窓と壁が一体になっている。シンプルだからこそ目を引く。

隈氏の建築理念は「負ける」だという。同じ建築家では安藤忠雄氏は「連戦連敗」をキーワードにしている。現代の建築家は「負ける」ことが好きなのだろうか?

「建築は主張すべきではない。周囲に溶け込むべきだ」と隈氏。周囲に溶け込むためには裏山の素材を大事にする。裏山に育っているものは、その風土に合っているからこそで、丈夫なのだという。

AQUOSのCMで出てくる中国の「竹の家」も隈氏の作品。地場の素材を生かしたというわけだ。

また、「負ける」は価格においても同じ。市場が安い住宅を欲しているなら、これは時代のニーズであり、建築家はこれに応える必要があるのた、と話す。

不況は建築界にも大きな影響を与えている。しかし、隈氏にはどこ吹く風だ。しかし、勝ち組の建築家が「負ける」ことに重きを置いていることが興味深い。これは何かのヒントにもなるのでは。

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2008年11月 5日 (水)

「フィフス・エレメント」★★★

97~01年、映画サイトを運営していた。そのデータが見つかったので、不定期に再録していく。以下は10年前に書いた記事だが、DVD選びの参考になれば。

Fifth Element MV

「レオン」のリュック・ベッソン監督がSF大作を作るとどうなるか?その答えがこれ。

グラン・ブルー」の舞台をそのまま銀河に置き換えたような壮大な宇宙叙事詩を想像していたが、アメリカン・コミックの要素たっぷりのエンターテイメントだった。16歳のときに考えたストーリーをそのまま映画化。少年の夢の実現ということらしい。

ストーリーは単純。舞台は23世紀のニューヨーク。そして、銀河。巨大な星が地球に接近し、人類滅亡の危機を迎えていた。唯一の望みはかつて宇宙人が残した兵器。水、空気、土、火という4要素に、五番目(フィフス・エレメント)の要素が加わるとき、巨大な力を放つ。かつては連邦軍の特殊部隊に所属し、今はタクシーの運転手をしているコーベン(ブルース・ウィリス)は未知の言葉を話す女性を助けたことから、人類の存亡をかけた戦いに巻き込まれることになる。

ベッソン監督の未来観が面白い。

特に都市の造けい。地上何百メートルのビルが立ち並ぶ都市。排気ガスでスモーキーだが、カラフル。車も空中を浮遊するようになっているが、形は車そのもの。ビッグアップルの名物というべき「イエローキャブ」は丸みを帯びてて、かわいらしい。「ブレード・ランナー」のような暗鬱さはなく、どこか楽観的だ。人々は銀河旅行を楽しんだり、それなりに人生を謳歌しているようだ。「サブ・ウェイ」や「最後の戦い」とは違ったヴィジョンがある。

ゲイリー・オールドマンが演じる悪役はコミックから抜け出たようなキャクラクター。ジャン・ポール・ゴルチエが考えた服も妙だし、行動もいまいち抜けている。コミックのりの新たな”ベッソン・ワールド”。好き嫌いが分かれそうな作品だが、楽しめる。(97年9月、日本公開)

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2008年11月 4日 (火)

「モレスキン シティノートブック「東京」「京都」2008年11月11日発売

インターネット、テレビと時代はデジタルに移ったが、アナログつまり手書きは廃れていない。頭の中のことをすぐにアウトプットできる手帳はビジネスや趣味で威力を発揮する。

スポーツの秋、読書の秋…。何かと○○の秋と言われるが、秋は手帳の季節でもある。来年の手帳は何にしようかと頭を悩ましている方も多いのではないか。

そんな文具ファンに、うれしいニュースがある。モレスキンのシティノートブックシリーズに、「Tokyo」「Kyoto」が11月11日、新登場だ。

 

Tokyoは洋書部門で現在37位、Kyotoは66位。モレスキンファンの間では話題沸騰といった感じだ。

同ブログは最近では検見川送信所の保存を中心に書いているが、そもそもはモレスキン(モールスキン)というノートブックとその使い方を紹介しようという意図で始まった。

モレスキンはここ数年、様々なバージョンが発売される。うれしいんだか困る(それなりに値が張るから)だか分からない状態が続いている。

シティノートブックというシリーズは世界各都市の地図や交通マップなどを掲載したもの。そもそもその頑丈さから旅のノートとして知られるモレスキンを、さらに特化させたものと言える。さらにうれしいのは、シティブック初の日本語・英語のバイリンガル表記。

シティノートブックの使い方はいろいろだ。

僕は以前、出張の際にニューヨーク版を購入した。地図の上にはトレーシングペーパーがついているので、宿泊先や買い物した場所、訪れた名所などに印をつけ、各書き込みページに感想を書き込んだ。

一つの旅が終わると、自分だけのガイドブックができるというわけだ。それにしても、分厚いので、よほど滞在しなければ、そのページが埋まることはない。続きはいつかニューヨークを訪ねた時に書き込まれるはずだ。

2007年7月28日 (土) ●モレスキン・ニューヨーク・シティ・ノートブック

しかし、東京版が出るとなると、もっと進んだ使い方が考えられる。なぜなら、東京は旅先ではなく、生活の場所であるからだ。旅好き、文具ファンだけでなく、様々な人にお薦めだ。

僕はこんな使い方を考えている。

昨今、新聞を開くと、様々な近代建築に取り壊しの話が載っている。例えば、歌舞伎座、新宿コマ劇場…。それらはランドマークでもあり、馴染んだ風景であるが、消え行く運命にある。それらには保存運動が起こり、残るものもあるが、大抵は取り壊しの運命にある。今見に行かなければ、チャンスはないかもしれない。

  

それらの場所をメモしておくのだ。住所を書き、地図に印を付けよう。そして、鞄にこのノートブックとカメラを詰め込んで、町を歩いてみるのはどうだろう?写真を撮ったら、プリントアウトして、貼りつけるのもよい。やがて、自分だけの危機遺産マップができる。

グルメ好きは店の場所と感想などを書き込むのはどうだろう。自分だけのミシュランが出来上がる。星で評価したら、なかなか面白いものが出来るだろう。友人にも重宝されそうだ。

他にも、映画館、美術館、書店、居心地のいい公園、散歩コース、好きな店マップもできるだろう。もちろん、ビジネスにも。営業系の人なら、取引先のデータを書き込むのもよい。こうなると、マル秘ノートといった感じでしょうね。

モレスキンをしまうときは、ゴムバンドでパチンとやって閉じる。この感覚が結構好きなんです。


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2008年11月 3日 (月)

検見川送信所の記念碑のナゾ

検見川送信所の正面には、職員が建てたという記念碑が建っている。


建立当時の検見川送信所の記念碑

しかしながら、元職員のホームページには、「廃局まで働いていた者には、知らせず作られた」と書かれており、「検見川送信所を知る会」のメンバーである元職員も「私らには知らされなかった」と話す。

記念碑はある日、突然、「誰か」によって建てられた。そんなおかしな話があるだろうか?

僕が最初に見た記念碑はだいぶ朽ちていた。正面に貼られたレリーフはなく、「検見川無線局跡」という明朝体で刻まれたプレートは、本体から剥がれ落ちていた。やがて、そのプレートも誰かに持ち去られたのだった。


レリーフもなく、プレートも落ちてしまった記念碑(2007年7月撮影)

NTTが平成5年1月に発行した「電話100小史別冊 電気通信 発展外史」によれば、記念碑は1984年4月27日に建てられた。建立は検見川送信所閉局から5年後だ。NTTの公式発行物に掲載されているということは、施工者はNTTと考えて間違いない。

千葉市の区画整理事業が始まるのは81年。鉄塔は83~84年に撤去され、コンクリートの基礎が周囲50か所に残っていた。こんな時期に記念碑を建てるというのも、考えてみれば、不思議な話である。

NTT側は短波無線の役割終了と周囲の宅地化を理由に、職員の反対を押しきって、閉局した。しかし、NTT側にも割り切れない思いを持ったトップがいたのではないか?

真相は当人にお聞きするしかないが…。

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初めてのフリーマーケット出店

「フリマの場所が1枠余っているんだけど、やらない?『検見川送信所を知る会』の宣伝にもなるかも」
花見川区の友人が声をかけてくれました。花見川区といえば、送信所のお膝元。やってみるか。軽い気持ちで出店権を獲得し、フリーマーケット初挑戦となりました。

家族に声をかけたら、配偶者は仕事。娘は「やってみたい」と参加を表明。家にあった不要品と友人からの提供品を車に積み込み、花見川区区民まつり(2日)のフリーマーケットに初挑戦してきました。

そういえば、瑞穂の鷺沼公園で開催された去年は、送信所のイベントを周知させるために、町内会関係者を訪ね回ったなぁ。今年の会場は花島公園。稲見一良の短編集「セント・メリーのリボン」収録の「花見川の要塞」の舞台の近く。

6時半に起きて、荷物を積み込み、7時半に現場である花島公園へ。荷下ろしは会場近くで。それが済むと、近くの旧花見川第五小学校に駐車。この辺りは花見川団地という巨大な団地があるのですが、06年4月に、隣接していた花見川第四小と第五小が統合され、第五小校舎が廃屋となったようです。2つの小学校が隣接しているというのも不思議な気がしますが、少子化の波はこんなところにも押し寄せています。

話が逸れました…。


花島小学校の庭にあった懐かしい郵便ポスト

さて、友人からは「日用品が売れるみたい」と事前にアドバイスをいただきましたが、日用品は配偶者が娘の古着、靴、頂き物の皿、使い古した圧力鍋、タオルなどを提供。僕はDVD、ビデオ、本、漫画、ノベルティーのTシャツなど。お客さんの大半は安い日用品目当てだそうで、売れないとは思いましたが、送信所のTシャツなども持って行きました。じみ~な周知活動です。


僕の店。目玉は米人気DVD「24」

「GO!GO!しんけみがわ」にも書いてありますが、「掘り出し物ハンター」は出店準備中から姿を見せ、開店準備中から「これいくらですか?」と聞いてきます。こちらも値札もつけていないから、面を食らいます。セリーヌのタオルやブランド物のハンカチ、タオルは早々になくなりました。

これじゃ、準備もできない…。

そういうわけで、娘には「まだ商品を出さなくてよいから」と指示。メシを食ってから、ボチボチな感じで用意を始めました。

周囲を見てみます。右隣は古着店。左隣は古着、フィルムカメラ、着物、装飾品などバラエティあふれるお店。10円からなんでもございといった感じ。店主の男性は「ガラクタ屋です」と言っていました。通路に向けて、コの字型にレイアウトを組み、カラーボックスまで配して、手慣れた感じ。物珍しさか、結構売れている。

こちらはフリマといいながらも、目的は「検見川送信所を知る会のチラシなどを配れれば、御の字」と思っているから、ほとんど商売っ気なしなのですが、なかなかチラシを渡せるシチュエーションにならない。なんと言っても、相手は買い物を目的にした市民のみなさんですからねぇ。

物を売るよりも、もっと精神や考えを売るのは難しいわけです(汗)。

一番の売れ筋は? というと、娘の古着や靴。「ブランド物はヤフオクで高く売れる」(配偶者)と、B級、C級品ばかりを出品したのですが、午前中にはほぼ完売。使い古しの圧力鍋まで(100円でしたが)が売れて、びっくりしました。 


右側が雑貨ゾーン、左側が趣味ゾーン

趣味ゾーンは手塚治虫の漫画や名刺スキャナーなどが売れました。ビデオは中国人留学生がチョウ・ユンファのビデオ(50円)を買ってくれたり、送信所のイベントで出会った方と再会したり、中学生が「知る会」の会報を持っていってくれたり、となかなか面白い経験でした。

娘も、少しは金を稼ぐがなんたるかを少しは分かったのではないでしょうか。

目玉とした「24」などの高額DVDは興味を持ってくださった方は何人かいましたが、値段が折り合わず。結局、収益はおそらく8000円くらい。エントリー料は2000円ですし、不要品とはいえ、元手もあるから、そんなに儲かった、というほどではなかったわけですが、家にあったビデオの整理もできたし、個人的にはいい経験ができました。

 

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2008年11月 1日 (土)

逓信省を打ち負かした天才発明家・安藤博~ツェッペリン号報道の裏側で

検見川送信所が通信にかかわったものに、1930年8月に世界一周を成し遂げたドイツのツェッペリン号がある。「検見川送信所を知る会」のホームページの上部に、ツェッペリン号が動くバナーがあるのも、そういう理由からだ。


科学雑誌に載ったツェッペリン号の室内(昭和3年12月号「科学画報」)

同号には大阪毎日の円地与四松記者、大阪朝日のニューヨーク特派員、北野吉内記者が乗り込んだ。円地記者はこの後、作家、円地文子と結婚した人物。北野記者が書いた滞在記は後に教科書に載るほどの評判になった。

過去記事
2008年8月21日 (木)ツェッペリン号、79年前の衝撃

この時、朝日と毎日が連日、号外を打つなど壮絶な報道合戦を繰り広げることになる。飛行中から機内の様子を詳報ができたのは朝日だった。8月20日付けの夕刊(発行は19日夕方)で金華山沖を飛ぶスクープ写真を掲載し、その勝利を決定づけた。

ツェッペリン号の世界一周は日本だけでなく、世界中から注目を浴びていた。このため、事務連絡、祝電、報道とツ号の無線機は通信が止まることがなかった、という。

こんな状態であったから、報道の独占権を得たはずの2人の日本人記者も、無線を使うことも、ままならなかったという。どちらの社も、通信文字数には制限が課せられていた。条件はほぼ同じだったと推測される。

では、なぜ朝日は数々のスクープをモノにできたのか?そこが僕もナゾだった。

それには、その昔、天才少年と騒がれた電波研究のパイオニアである当時27歳の発明家、安藤博(後の安藤研究所理事、1902~1977)という男の存在fがあった。その経歴を見ると、華々しいが、その業績は現在、あまり伝えられていない。

滋賀県生まれの安藤は小学生の時に無線電信の発明者マルコニーの伝記を読んで感動し、無線の可能性に興味を抱いた、という。さらに当時、無線研究の第一人者だった逓信省の鳥潟右一博士の専門書に刺激を受け、博士を訪ねて、上京した。

明治学院中学(旧制度)に在学中の1919年、多極真空管を発明し、特許を得た。「多極真空管」はこれまであった「三極真空管」を改良し、より安定した電波を発振することができた画期的な発明だった。当時の新聞では、「日本のエジソン」「東洋のマルコニー(送信機の発明家)」と騒がれた。

早大在学中の1921年には日本初の私設無線局を開設。これは、東洋一の大電力無線局と言われた検見川送信所が開局する5年前のことだった。

「朝日新聞社史」によれば、朝日はツェ号が発する無電を中央電信局よりも早く受信する方法を研究していたそうで、安藤に白羽の矢を立てたのだ。

安藤が開発した受信機は朝日の期待以上の力を発揮した。「8月15日にはモスクワ上空にあるツェ伯号の所在を確かめ、16日午前7時にはヨーロッパ・ロシアの上空からの発信を完全に受信した」(「朝日新聞社史」P328)

落石局がツェ伯号の無線をキャッチしたのは8月17日午後9時半、シベリア上空にいた時で、逓信省の技術を遙かにしのぐ高性能だった。逓信省では「ツェッペリン号との交信は失敗だった」と分析しているが、エリート集団が個人に負けたのだから、通信史から消してしまいたくなるのも理解できる。

朝日は北野記者からの短い英語電文と安藤がキャッチした情報を元に、東京朝日社会部長が書き加えることで、より詳細な記事を書くことができたのだった。

毎日は朝日の記事を読んでは「どうして、こうも質が違うのだ?」と船上の円地記者に小言を言ったり、激励したりもしたという。その応答までもキャッチしていた、というから、かなうわけがない。円地記者の能力が劣っていたわけではなかった。

日本に姿を見せたツェッペリン号のスクープ写真をめぐる逸話も面白い。

当初の航路はヤクーツクから中国・東北地方を抜けると見られていたが、8月19日午前2時、東京無線局はツェ号がサハリン上空北緯48度にあることを確認。続いて、北野記者が「苫小牧を経て、太平洋に出る」と打電。しかし、位置は確認することができなかった。しかし、函館通信部から「ツェ伯号は午前7時25分渡島半島を通過し、内浦より太平洋に出た」との一報が入り、号外を発行した。


大きな地図で見る

他社のほとんどは新潟通過説を取って、飛行機を待機させていたが、朝日は他社を牽制するためにダミーで新潟に飛行機を1機を残し、仙台に2機、霞ヶ浦に3機を待機させていた。まさに総力取材であった。

中央気象台はツェ号に向け、同方面の気象情報を提供していた上、北野記者からは暗号電報「スカーティング・ダウン(スカートのように南下するの意味)」が届いていたからだった。

函館の第1報を受け、仙台に待機していた「義勇号」は飛び立ち、有視界飛行の末、釜石沖でツェ号の姿を発見し、スクープ写真となった。ツェッペリン号をめぐるスクープは天才が発明した受信機と、朝日のチームプレーの力で生まれた、と言える。

安藤はその後、業界の妨害を受けながらも特許を獲得。その技術は松下幸之助によって、高く買われ、日本の無線技術やラジオの発展に寄与した。安藤はNHK設立の発起人の一人でもあり、テレビの開発にも力を注いだ。これもあまり知られていない逸話だろう。

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「20世紀少年」完読★★★★1/2(ネタバレなし)

「20世紀少年」全22巻、「21世紀少年」上下巻通読しました。浦沢直樹のコミックは「MONSTER」、「PLUTO」に続いて、3作目。

映画だけ見た人は「ともだちって誰?」となってしまうわけです(これは誰しもが思うはず)。というわけで、最初から読んだのですが、やっぱりコミックの方が格段に面白い!

本日12巻から読み出したら、止まらなくなって、完読してしまった。映画は「★★★」と評価しましたが、こちらは「★★★★1/2」。

全体は3部構成で、映画の第1作で描かれたのが1~5巻まで。映画を見て、続きが気になるという人は6巻から始めれば、オーケー。

第2部は、主人公ケンジの姪、カンナの時代となる2014年から2015年までの6巻~15巻。16巻以降が第3部。映画の構成も、これに準ずるのでしょう。

麻生太郎は”聖地”秋葉原で「漫画は日本が誇れる文化だ」と言い放ちましたが、「20世紀少年」を読むと、そうかもしれない。ストーリーラインや複線はしっかりしているので、完読した時も思わず読み返したくなる。その辺の組み立ての周到さはさすが。

手塚治虫のマインドを継承し、70年代文化にオマージュを捧げつつ、大人に眠っている少年の心をくすぐる。そこに、カルト集団、新型ウイルスなど世紀末的なアイテムも入っている。

映画では、スケールの割には人がいない、群衆の顔が見えないところに躓いたのだけど、コミックとなると、まったく気にならない。

それは、子供の頃に描いた「よげんの書」が大人になってから、現実になる、という荒唐無稽なストーリーがコミックという表現方法にピッタリとはまっているからではないか。この話は小説や、映画の世界では難しい。映画を見て、大したことない、と思った方も漫画を読むと、だいぶ印象が変わるのではないか。

とりいそぎ、「ともだちの正体」を知りたいという方はこちらのブログ記事に答えが(楽しみが半減したというクレームはなしで、ね)。

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