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2008年11月 3日 (月)

検見川送信所の記念碑のナゾ

検見川送信所の正面には、職員が建てたという記念碑が建っている。


建立当時の検見川送信所の記念碑

しかしながら、元職員のホームページには、「廃局まで働いていた者には、知らせず作られた」と書かれており、「検見川送信所を知る会」のメンバーである元職員も「私らには知らされなかった」と話す。

記念碑はある日、突然、「誰か」によって建てられた。そんなおかしな話があるだろうか?

僕が最初に見た記念碑はだいぶ朽ちていた。正面に貼られたレリーフはなく、「検見川無線局跡」という明朝体で刻まれたプレートは、本体から剥がれ落ちていた。やがて、そのプレートも誰かに持ち去られたのだった。


レリーフもなく、プレートも落ちてしまった記念碑(2007年7月撮影)

NTTが平成5年1月に発行した「電話100小史別冊 電気通信 発展外史」によれば、記念碑は1984年4月27日に建てられた。建立は検見川送信所閉局から5年後だ。NTTの公式発行物に掲載されているということは、施工者はNTTと考えて間違いない。

千葉市の区画整理事業が始まるのは81年。鉄塔は83~84年に撤去され、コンクリートの基礎が周囲50か所に残っていた。こんな時期に記念碑を建てるというのも、考えてみれば、不思議な話である。

NTT側は短波無線の役割終了と周囲の宅地化を理由に、職員の反対を押しきって、閉局した。しかし、NTT側にも割り切れない思いを持ったトップがいたのではないか?

真相は当人にお聞きするしかないが…。

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