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2009年2月 8日 (日)

「今日は楽しかった」と言って、祖母は逝った

東京で暮らす母方の祖母が6日午前、亡くなりました。くも膜下出血で享年91歳。

1月31日、祖母から千葉にいる母宛に電話がありました。デイサービスの日で、祖母は友人とカラオケ3曲を歌い、風呂にも入れてもらったそうで、母に「今日は楽しかったよ」と言って電話を切りました。

僕もちょうど実家にいて、母からそんなやりとりを聞いていたのですが、その1時間後、急変しました。

祖母は同居する叔父の名前を呼び、叔父がかけつけると、高いびきをかいており、ゆり起こしても意識が戻りませんでした。

「祖母倒れる」の一報に、母は冷静でした。意識不明という言葉に覚悟を決めたのでしょう。

苦しみながら亡くなる人が多い中、祖母は「今日は楽しかったよ」という言葉を残して、眠るようにして、亡くなったのです。それが慰めであったのでしょうか。91歳という年齢を考えても大往生といってよいでしょう。

祖母は大正6年生まれ。幼少の頃、関東大震災を体験し、太平洋戦争では母の父、通信兵だったという夫、東京大空襲では兄弟を亡くしました。戦後、再婚し、二人の子どもをもうけました。

僕が学生の頃(20年以上昔になるが)は、家業の酒屋を切り盛りしていて、腰を曲げて、酒瓶を並べる姿が印象に残っています。本当に働き者でした。外出するとか、カラオケをするとかは酒屋を廃業するまではなかったのではないでしょうか。

いろいろ苦労はあったと思いますが、愚痴を言うこともなく、黙々と働いていた。これが当時の女性の一般的な姿であったのでしょう

祖母は昨年7月、千葉に遊びに来ました。これが僕が祖母にあった最後です。

昼間は、僕の両親に連れられ、高さ133メートルのポートタワーに登って、「こんな高いところ初めて」といったそうです。夜は僕たち家族と食事、カラオケをして、「こんなに楽しかったのは初めて。盆と正月が一度に来たみたい」と喜んでいたのを、昨日のように思い出します。

2008年7月 6日 (日)
90歳の祖母の「初めて」

これがその時に撮った一枚。祖母は本当に楽しかったんだと思います。


祖母(GR DIGITAL2)

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コメント

謹んでお悔やみ申し上げます。

それにしても「今日は楽しかった」ですか。この世に残す言葉としては最高の一言ですね♪写真の笑顔も素敵です♪

それだけのご高齢にも関わらず「こんなに○○なのは初めて」なんて仰っていたのは、きっと好奇心も衰えておられなかったんでしょうね。

私は生まれた時点で、祖父母4人のうち3人は他界していましたし、残った祖母も5歳で亡くしていますので、祖父母の記憶があまりありません。そういう意味では羨ましくもあります。

死に方だけは選べないと言いますが、このような台詞を残して逝きたいものですねぇ・・・・

投稿: しぇるぽ | 2009年2月 9日 (月) 06時19分

しぇるぽさん

>謹んでお悔やみ申し上げます。

ありがとうございます。
本日、見送ってきました。

>それにしても「今日は楽しかった」です
>か。この世に残す言葉としては最高の一
>言ですね♪写真の笑顔も素敵です♪

「楽しかった」といわれると、こちらもホッコリしますね。

>それだけのご高齢にも関わらず「こんな
>に○○なのは初めて」なんて仰っていた
>のは、きっと好奇心も衰えておられなか
>ったんでしょうね。

長年、店の仕事に明け暮れていたという事情もあるんだと思いますけどね。

>私は生まれた時点で、祖父母4人のうち
>3人は他界していましたし、残った祖母
>も5歳で亡くしていますので、祖父母の
>記憶があまりありません。そういう意味
>では羨ましくもあります。

そうでしたか。
僕は幼少のころ、曽祖父も存命でした。母方の祖母が亡くなったことで、おじいちゃんおばあちゃん世代はいなくなってしまいました。自分自身も、それだけ年を重ねていったということなのでしょうね。

>死に方だけは選べないと言いますが、こ
>のような台詞を残して逝きたいものです
>ねぇ・・・・

そうですね。なかなか難しいことではあるんだと思いますが。お互い、頑張って楽しく死にましょう(o^-^o)。

投稿: 久住コウ | 2009年2月 9日 (月) 19時54分

大往生とはいえ、お悔やみ申しあげます。

男の子は基本的におばあちゃん子ですよね。久住さんの筆致からも、それが確実に伝わってきます。
小さい頃の僕もそうでした。旅行が好きで、幼少のころから僕の手を引いて色んなところに連れて行ってくれました。
僕の電車好き、地理好きは、祖母が培ってくれたようなものです。

久住さんのお祖母さんも、働き者でかつ人生を楽しんでいらっしゃったのですね。
苦しいときもあったでしょうけど、カラッと笑い飛ばせる。戦前生まれの女性の強さが感じられます。

そんなお祖母さんの生き生きとした姿は、おそらく久住さんの心の中ではこれからもずっと色あせることなく生き続けていくことでしょう。

投稿: まさやん | 2009年2月 9日 (月) 21時19分

まさやんさん

>大往生とはいえ、お悔やみ申しあげます。

ありがとうございます。

>男の子は基本的におばあちゃん子ですよね。
>久住さんの筆致からも、それが確実に伝わっ
>てきます。

一緒に住んでいたわけではないので、べったりというわけではないのですが、おじいちゃん派か、おばあちゃん派かで言うと、確実におばあちゃん派です。

「ドラえもん」のおばあちゃんが出てくる話は、非常に弱いですね。

>僕の電車好き、地理好きは、祖母が培ってく
>れたようなものです。

そうだったんですか。それは大切なものを与えてくれましたね。

>戦前生まれの女性の強さが感じられます。

戦争を通り抜けてきた人々は強いですね。

>そんなお祖母さんの生き生きとした姿は、お
>そらく久住さんの心の中ではこれからもずっ
>と色あせることなく生き続けていくことでし
>ょう。

僕の祖母のイメージはこの記事で掲載した写真のままですね。

投稿: 久住コウ | 2009年2月10日 (火) 00時44分

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