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2009年6月26日 (金)

神力達夫さんの通夜

「検見川送信所を知る会」の仲間であった神力達夫さんの通夜に参列しました。お年を召された方の葬儀は自然と少人数になるものですが、会場から溢れるほどで神力の人徳を実感しました。参列者には千葉市長、市議の姿もありました。

神力さんとは2007年秋からのお付き合いに過ぎませんが、僕が神力さんから「頂いたこと」は非常に大きいのです。

神力さんは87歳ではありましたが、年長者の物言いではなく、40歳も年下の僕のレベルに下りて、同等の目線で語ってくださいました。その上で檄を飛ばし、励ましてくださいました。

「知る会」の第一回イベントでは真っ先に発言していただき、「建物は80余歳。まだまだ現役。そんな建物を壊すのはおかしい。壊したものは復活できません」と力強くおっしゃった。

この発言は非常に強力で、いろんな場面で使わせていただきました。これは神力さんご自身の生涯現役宣言であると同時に、消費社会への警笛であったと理解しています。

訃報に接し、神力さんの著書を再読させていただきました。敬虔なクリスチャンであった神力さんは「非戦」という考え方を披露されています。神力さんはけっして自衛権を放棄せよとは書いていません。その意味では非常に現実主義者であったのだと理解しています。


非戦日本は人類への福音
光る日本、よみがえる民生

神力さんは広島駅に停車中の列車でピカドンを体験されました。ご自身は直接的な怪我をされることはなかったと聞いていますが、同じ列車に乗り合わせた方は爆風で飛び散ったガラスを全身に受ける大怪我をされ、神力さんは救護に当たられました。

列車を降りると、さらに市街は地獄図が広がり、大きな衝撃を受けたそうです。それが平和運動に繋がり、多くの活動に結び付いています。

広島は人命、建物などありとあらゆるものを失いました。それらはどんなに経済復興が進もうと、再び手に入らないものでした。

「壊したものは復活できない」という論調には、広島での被爆経験が大きいのではないか、と思います。

改めてご冥福をお祈りします。

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コメント

コメント有難うございました。
私は1954年生まれの、しかし2002年頃からの神力先生の弟子の一人です。先生を師と慕う者達は、沢山いるのでしょう。大きな人でした。お互い、師のベクトルを継承する者として、これからも頑張ってまいりましょう。

投稿: yokuya | 2009年7月 1日 (水) 22時12分

yokuyaさん

>コメント有難うございました。

>私は1954年生まれの、しかし2002年頃からの神力先生
>の弟子の一人です。先生を師と慕う者達は、沢山いる
>のでしょう。大きな人でした。お互い、師のベクトル
>を継承する者として、これからも頑張ってまいりまし
>ょう。

僕はyokuyaさんよりも年は一回り下、弟子歴も随分浅いのですが、いろいろ刺激を受けました。

師の老人ホームにも何度かお邪魔しました。
労働組合でご活躍されたというホームの先輩(90歳強)の方も紹介していただきました。

その時は、「早くしないと、逝ってしまわれるから」なんておっしゃっていたのですが、ご自身がこんなに早く逝かれるとは…。

神力さんは大変、女性ファンも多かったですね。時に厳しく茶目っ気もあり、ファンキーでソウルフルな方でもありました。

師が残してくれた財産を活かすのが、弟子の役目ですね。頑張ります。

投稿: 久住コウ | 2009年7月 2日 (木) 01時44分

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