« iPhone〜旅先で使えるマップ | トップページ | ゲリラ豪雨 »

2009年8月 9日 (日)

原爆の悲劇を伝えることに生涯を捧げた市民ジャーナリスト、伊藤明彦さんの思い

8月9日は64年目の「長崎原爆の日」。この長崎行きは平和フォーラムと「平和集会」の参加が目的です。

2008年8月 9日 (土)
長崎原爆の日、爆心地を歩く

 8日のフォーラムでは、市民ジャーナリストとして生涯を捧げ、今年3月に亡くなった伊藤明彦さんのドキュメンタリーが印象的でした。

 伊藤さんは8歳のときに入市被爆。60年に長崎放送に入社。原爆体験を伝えることは被爆地ジャーナリズムの社会的な責任として、68年に被爆者が体験を語るラジオ番組をスタート。しかし、半年で担当を外されると、退社。以後は、肉体労働をしながら、退職金で買った録音機をもって、全国各地を回って、被爆者の証言を録音されたそうです。結局、1003人の声が集まりますが、ここに至るまで、半数に断られたそうです。断った人は「思い出しても、つらい体験をわざわざ話したくない」ということでした。

落ち込むこともあったようですが、そんな時は伊藤さんは被爆者が数多く眠る長崎のカソリックの墓地を訪れ、死者の声に耳を傾けるのだそうです。すると、「声を残こすこともなく、亡くなった人々が励ましてくれる」と伊藤さんは言います。 

伊藤さんは1003人の声を編集するために、古巣の長崎放送局を訪ね、旧式の編集機を借りて、1か月以上、安いビジネスホテルで作業をされたそうです。伊藤さんは時間がもったいないからと言って、食事もせず没頭されたそうです。それが僕が泊まっているホテルであります。今、こうして、面識のない伊藤さんのことを書いていることと無関係ではありません。

それにしても、伊藤さんを突き動かしたものはなんだったのでしょう? 伊藤さんは結婚もせず、名誉も金も求めず、ただ、被爆者の声を集めることにだけ没頭しました。

 軍事ジャーナリストの前田哲男さんによれば、伊藤さんは「一生を棒に振って、人生に関与せよ」「つらぬけ やり通せ たった一つの生を得よ」という言葉を残されています。伊藤さんにとって、「録音構成ヒロシマ」と「録音構成ナガサキ」を残すことが生涯の仕事であったのです。

 オリジナルテープは「国立原水爆被災資料センター」に寄贈されたそうです。それは、後世、日本の「戦争と平和」や「風とともに去りぬ」を書く人のために、祖父の物語を残すのだ、という思いだったそうです。

伊藤さんはニュースインタビューとしてではなく、「録音構成用」として録音を行ったそうです。つまり、質問部分はほとんどなく、話に同意も否定もせず、被爆者が話を尽きるまで何も言わないというのが取材スタイルだったそうです。作家、村上春樹さんがノンフィクション「アンダーグラウンド」を書いたとき、こうしたスタイルを取っていたと記憶しています。

それらをテープやCDにして、全国の施設に寄贈されたそうです。その数は千枚単位で、全部自費。これには相当な費用がかかったと推察されます。伊藤さんの経済状況を考えると、相当な負担だったのではないでしょうか。

どの公共施設も、そうですが、予算が低く組まれていることから、寄贈を望まれます。もちろん、個人の寄贈は大事なことですが、それだけでよいのか、という感想もあります。

しかし、埼玉県立平和記念資料館には寄贈を断れたそうです。伊藤さんは手紙に寄贈したい旨とともに「CDを活用してほしい」と書き添えたそうですが、記念館では「集いをやる予定もなければ、CDプレーヤーもなければ、予算もない」と返事をしたそうです。

伊藤さんは平和記念資料館の返信に驚き、怒り、抗議をすると、数年前に寄贈したはずのテープも紛失していたという事実も分かります。結局、平和記念館は寄贈を受け入れるのですが、なんともコメントしようもない出来事ですね。

伊藤さんの活動はやがてメディアによって紹介され、その結果、協力者も現れます。長崎出身のコピーライターがCD作品を「被爆者の声」としてウェブ化し、ある女性教諭の方によって、英語版も製作されているそうです。たった1人の思いでも、活動を続ければ、必ず通じる。これは僕自身が行っている「検見川送信所を知る会」でも実感するところです。

怒られるかもしれませんが、僕はつい最近まで、平和運動に懐疑的でした。

すべての戦争に反対するのは、当たり前のことであり、運動を起こすようなものではない、と思っていたからです。しかも、平和運動というのは、成果が見えにくい。運動を行って、意味があるのだろうか?

しかし、それは間違っていました。

誰でも平和を愛し、戦争を憎みます。しかし、人類は戦争を繰り返す。平和が大事であると認識することと、平和を実践することは別物なのです。平和を訴えるには、悲惨な戦争体験を語り継いでいくしかないのです。

戦後64年を経て、戦争体験は風化しています。戦争の悲劇というと、広島、長崎の被爆、沖縄での本土決戦、東京大空襲といったものが印象的ですが、それだけではありません。

僕が暮らす千葉でも、2度の大規模空襲があり、多数の市民が亡くなっています。日本全土で空襲に遭っていない都市は10しかないそうです。

戦争というのは身近な問題です。

僕の親族も戦死したり、空襲で亡くなっている人もいます。その親族が違う人間であれば、僕は生まれていなかったかもしれません。その可能性は十分にあったでしょう。

先日、ノンフィクション小説「検見川無線のプロジェクトX」を書き上げ、目下、印刷に出しています。週明けには、手元に送られてくるはずです。

これは1930年10月、ロンドン海軍軍縮条約締結を記念した日米英による初の国際放送の舞台裏を描いたものです。この後、浜口雄幸首相は右翼青年に銃撃され、日本は再び軍事化を強めていきます。やがて、平和の声を伝えた検見川無線は戦争にも関与していきます。そう考えていくと、この国際放送はエポックメーキングな事件でもあり、日本のターニングポイントでもあるわけです。

この「検見川無線のプロジェクトX」はページ数の関係で、すべてを書ききっているわけではありませんが、在庫がなくなる度に、新事実を盛り込み、改稿を続けてきました。

今回の新装版はフォントのポイントを最小にして、全編改稿しました。文字数もかなり増えています。内容は「戦争反対」を声高しているわけではないつもりですが、読んでくださった方が感じてくだされば、幸いです。

伊藤さんは東京の施設で倒れた時、「まだやるべきことがある。死にたくない」と話されたそうです。平和を求める行動にゴールはありません。伊藤さん亡き後、僕たちができることは戦争の悲劇を語り継いでいくことでしょう。

熊谷市政となった千葉市は平和市長会議にも参加することになりました。「検見川無線のプロジェクトX」も平和都市、千葉の一助になれば、と思っています。

最後に、伊藤さんの文章を転載させていただきます。


伊藤明彦 ヒロ/ナガ.com 核兵器再使用とジャーナリスト

 ジャーナリストは、核兵器再使用に反対する、特別の職業的理由を持っています。核兵器が再度使用されたとき、彼または彼女は、ジャーナリズムの良心に従って、「ニュースの現場」に少しでも近づこうとする限り、残留放射能によって、死亡したり、一生続く後遺症を背負い込む可能性があることを、今は知っているからです。チェルノブイリでは、多くの消防士や記録映画製作者が、「現場」に近づきすぎたため、「職業的死」を遂げました。

 ヒロシマ・ナガサキの記者たちは、残留放射能についての知識がまったくなかったため、少しで「ニュースの現場」らしいところに近づこうと努力しました。これからはそうは行かないでしょう。
 もっとも苦しい選択を強いられるのは、だれを「現場」に送るかを、決めなければならない、
ジャーナリズムの現場幹部です。記者本人は死を覚悟しても「行きたい」と言うかも知れません
が、家族のことを思えば、つらい選択をしなければなりません。

 フリーのライターにこの話をしましたら、「真っ先に投入されるのはわれわれだろう。どうせわれわれは消耗品。死んでも金一封で゛済むのだから」と、渋い顔をしておりました。

 すべてのメディア所属のジャーナリストも、フリーの仲間たちも、反対いたしましょう、核兵器の再使用に。立ち上がりましょう、「反核世界ジャーナリスト会議」結成の呼びかけに。
                                              (伊藤明彦)                           ■08.2.28■



|

« iPhone〜旅先で使えるマップ | トップページ | ゲリラ豪雨 »

千葉市政」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

検見川送信所」カテゴリの記事

コメント

 伊藤さんが残された被曝者の方々の声をブログにアップしました

投稿: ミュウタント | 2009年8月19日 (水) 17時56分

ミュウタントさん

ブログ拝見しました。
僕の記事でも紹介している「被爆者の声」のリンクを張ったということですね。

これは労作ですよね。長崎放送のドキュメンタリーはご覧になりましたか?

投稿: 久住コウ | 2009年8月20日 (木) 03時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/153718/45873926

この記事へのトラックバック一覧です: 原爆の悲劇を伝えることに生涯を捧げた市民ジャーナリスト、伊藤明彦さんの思い:

« iPhone〜旅先で使えるマップ | トップページ | ゲリラ豪雨 »