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2009年9月

2009年9月29日 (火)

針尾無線塔が国重要文化財へ、将来は公園化

近代建築は暗い話題が多いのですが、朗報が飛び込んできました。

先日、訪れた長崎・佐世保市の針尾無線塔の耐震調査が終わり、震度6弱にも耐えうることが分かったそうです。今度、佐世保市長は国の重要文化財を目指して動き、将来は公園化する構想があるそうです。

【ニュースソース】
「ニイタカヤマノボレ」送信した無線塔、公園に 佐世保(朝日、2009年9月24日13時10分)

針尾無線塔保存を国に働きかけへ 耐震性調査の結果受け佐世保市(長崎新聞)

針尾無線塔は1918〜1922年にかけて、建てられました。90年を経ても、当面、劣化対策の工事をする必要もない、とのこと。

昨年11月、検見川送信所の内部見学会の際に、建築家の方から伺ったのですが、昔のコンクリートは非常に質がいいそうです。

コンクリートを打った直後でも、ヒビが入らない。今のコンクリは「シャブコン」といわれ、強度がないものも多いとか。耐震性は大正、昭和初期の方が高いとも言われます。

針尾無線塔も一度は解体の話が出ましたが、真珠湾攻撃を告げる「ニイタカヤマノボレ」の暗号の発信地でもあり、近くには引揚者を受け入れた港もあることから、戦争の始まりと終わりを告げた市のシンボルだと、地元住民が声を上げ、保存の方向が決まりました。

僕が検見川送信所の保存を呼びかけたきっかけとなった建物でもあり、保存方向が大きく動き出したことはうれしく思います。

【関連記事】
2007年8月13日 (月)
佐世保市役所に聞く〜針尾無線塔、取り壊しから保存へ

2007年8月14日 (火)
針尾無線塔を守る会にノウハウを聞く〜検見川送信所

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iPhoneをカーナビに(全力案内!ナビ)

iPhoneがあると、初めての場所に行く時でも大丈夫。

「マップ」という基本アプリが行き方や主要時間を教えてくれるのです。主に電車での移動で役に立っています。

これでも、十分だなと思い、車に搭載していたカーナビを思い切って、外してしまいました。今はダッシュボード中央にあるケータイホルダーにiPhoneを載せるだけ。シンプルなものです。

送信者 iPhone

ホルダーは量販店ドンキホーテで購入しました。ネットでは商品を確認できませんでした。類似の商品を紹介しておきます。

27日(日)、車で千葉・野田市郷土博物館に行くことになったので、「全力案内!ナビ」(900円)をインストールしてみました。当初、電車で行こうと思ったのですが、電車だと2時間強。車だと1時間強だったので、これは選択の余地なしでしょう。

せっかく車で行くわけですから、ナビゲーションアプリをインストールしてみました。

アプリストアの売れ筋は、地図ソフトでおなじみのゼンリン製「いつもNAVI」(2800円)と「全力案内!ナビ」(900円)。どちらも1年間の使用制限があります。2つのアプリの説明を読み比べたのですが、3倍以上の価格差があるとは思えませんでした。

全力案内!ナビ全力案内!ナビ

使い方は普通のナビと同じ。現在位置を出して、行き先を指定します。普通に設定すると、「有料道路優先」となりました。自宅から野田市郷土博物館までは74.61km。同じ千葉県内なのに、遠すぎ(汗)。千葉市から高速道路に乗ると、大回りになってしまうのです。電車で行く場合も同様のルートを通るので、時間がかかるというわけです。

さて、「一般道路優先」にして、リルートさせます。今度は45.15km。30kmも違うんですね。これはこれでびっくり。千葉市内からは国道16号線を北上していきます。

ほぼ道なりのルートなので、あまり音声案内は出てこないのですが、要所要所で案内が入ります。カーナビ同様、多少の誤差が出るときもありますが、しばらくすると、修正されます。もう大げさなやカーナビは必要ないかもしれませんね。

ただ、3Gをずっとつなげっぱなしになりますから、バッテリーの消費は激しいです。みるみるうちに消費していきます。ナビとして使う場合、バッテリーの確保が必要となります。

上のホルダーは単なるホルダーですが、シガーライターからバッテリーを取るFMトランスミッター付きの車載マウントも購入しています。シガーバッテリーからアームが伸びていて、角度を自在に調整できます。

iPodから音楽を聞きながら、ナビの音声案内も受けることができます。ただ一つ、難点もあります。個体差かもしれませんが、音楽を再生中、勝手に一時停止になることがあります。原因はよく分かりませんが、運転中の揺れに反応するのかな? ナゾです。

送信者 iPhone

こちらもドンキホーテで購入したものですが、楽天でも取り扱いがありました。


車のFMチューナーでiPodが再生、しかも充電機能付き。スライドアームと調整パッドでiPodをしっ...

iPhoneと車は相性がよいと思うのですが、ネットをみると、満足するような商品は少ないようです。一番下の商品は吸盤でフロントガラスに密着するタイプで、360度回転できるのがいいですね。


iPhone用FMトランスミッター車内でiPhone3G・iPodを楽しむ


iPhone 3G/3GS用の車載用マウントキット♪アイラブ iLuv iPhone 3G/3GS用車載用マウントシステ...

iPhoneのカーグッズはこちらから。

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検見川送信所写真展×和風創作料理の店「壱上」

4月26日から5月31日まで成田の門前画廊で開催した3人による写真展「迷走する検見川送信所展」

送信者 写真展「検見川送信所」

この第2弾となる写真展「検見川送信所2007〜2009」を千葉駅西口徒歩3分の和風創作料理の店「壱上」で開催しています。


大きな地図で見る

写真展については、このほど更新されたホットペッパーの壱上の紹介ページでも取り上げられています。こちらから。

今回の写真展は同店の好意により実現。店の壁を全面ギャラリーとして使わせてもらい、約20点を展示(正確には数えていない)。今回は僕が撮った写真が中心で、店長がトイカメラで撮った作品もあります。成田での写真展同様に、これまでの新聞記事をディスプレーさせていただいています。

前回の古民家を改造した成田の画廊とは打って変わって、夜の社交場でのカジュアルな展覧会。お酒を飲み、同店の売りである鶏料理と釜飯を食べながら、千葉の文化遺産についてもちょっとだけ知ってほしい、というのが意図です。

お店の人の話によると、「この写真はなんですか?」「検見川にこんな場所があるの?」と聞かれることも多いとか。宣伝活動の一環として、TAKE FREEのポストカードも用意させていただきました。ご自由にお持ち帰りください。

レジではインディーズで出版したドキュメント小説「新装版 検見川無線のプロジェクトX」(バージョンアップ版)も販売しています。掛け値なしの実費価格500円(期間限定)で販売中です。うれしいことに残り部数はわずかとか。レジでお店の人に聞いてみてください。

以下の写真は作品を見せるために少し明るめに加工しています。ホットペッパーの写真の方が実際の店舗のイメージに近いと思います。

送信者 写真展「検見川送信所」
送信者 写真展「検見川送信所」

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2009年9月28日 (月)

解体間近か?ダイビル本館(1926年)

久々に近代建築レポートを。

15〜18日まで大阪に滞在。解体間近とも伝えられる大阪・中之島のダイビル本館を見てきました。中之島周辺はスクラップ・アンド・ビルドが進む大阪にあっても、近代建築が数多く残っている地区です。

関連記事
2009年6月 3日 (水)
大阪市中央公会堂(1918年)

送信者 ダイビル

ダイビル本館は大正15(1926)年、渡辺節氏の設計によで建てられたネオ・ロマネスク様式のビルディング。検見川送信所と同い年なんですね。

大正期の大規模オフィスビルは現在、ほとんどなく、神戸の商船三井ビルとこのダイビル本館が現存する最後の建造物だそうです。渡辺作品では日本綿業倶楽部(1931年)が重要文化財となっていて、それより以前に建てられたダイビル本館も重要文化財級の価値があると言われています。

動物の世界では「絶滅危惧種」(レッドリスト)というものがありますが、建築の世界でも、レッドデータブックをまとめるべきではないでしょうか。文化財級の建築が人知れず消えていきます。

民営化した日本郵政が所有する東京中央郵便局の例でも分かる通り、民間企業の建物の解体を止めることは難しい。しかし、古い建築を所有する企業を経済的に優遇するなど仕組みがあれば、少しは違った流れがあったかもしれません。

僕が訪れた時は、ダイビルの管理会社が残っているだけで、ほかのテナントはすべて引っ越しを終えた後でした。近く完全に閉鎖されるという話もあります。僕のほかにも年配の男性と20代の男性がダイビルの最後の勇姿をカメラに収めようとしていました。

送信者 ダイビル

外観にも装飾が施されていますが、内観の美しさには目を奪われます。

送信者 ダイビル

この吹き抜けのロビーのライトの装飾は見事ですよね。クリックすると、拡大しますので、じっくりとご覧ください。

送信者 ダイビル

この天使のオブジェは1階の廊下にあったもの。天使が、この建物の運命に微笑むとよいのですが。

送信者 ダイビル

毎日新聞(2009年9月23日付)
ダイビル本館:「壊される運命」あきらめぬ 解体秒読み、「生かす会」設立 /大阪
府内の建築家20人がダイビルを生かす会を立ち上げた、と載っています。

写真はGR-D2にて。

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2009年9月23日 (水)

会社にビジョンがないなら、自分たちが持つ

久々の更新となりました。このところ、忙しく、シルバーウイークもあまり関係なし。久々の更新となると、何を書くべきか、迷うところです。

最近の多忙の最大の理由は労働組合です。

僕の所属する組合は9月が年度代わり。上旬に定期大会が開かれ、今期は3期務めた本部委員長をはじめ、長年中心的な存在だった東西支部の委員長が入れ替え。僕は本部書記長として続投することになりました。
4役以下の執行委員も入れ替わり、まったくの新体制でのスタート。自然と、僕がやるべきことが増えています。

先日、大阪で行った会議は5時間。そのための資料作りをやり、このシルバーウイークの間は年末のボーナス闘争の準備です。さらに、2つほど大きな諸問題を抱えていて、日々、会社との交渉にも臨んでいます。

父からは「書記長といったら、組合貴族か? 昔は組合幹部といえば、銀座で豪遊してもんだ」とからかわれました。高度成長期は、そんな組合もたくさんあったのかもしれません。

しかし、今は100年に1度といわれる不況、それに加え、どの産業も構造が大きく変化しています。高度経済成長期やバブル期のように、黙っていても、賃金があがることはありません。

僕ら労働者は将来に不安を抱えています。

それは会社に将来が見えないからです。だから、僕らは経済交渉の度に、会社側に将来へのビジョンを示せ、と要求するのですが、はっきりとしたものは示されません。そして、さらに不安を覚えます。

しかし、こう考えました。会社にビジョンが見えないならば、僕ら労働者側がビジョンを持つしかない。書記長ラストイヤーになる今期は、組合として何をどう取り組むのか、より具体的なビジョンを提示することにしました。

組合が会社に先んじて、インターネットを積極的に活用します。人件費に手をつけないで済むような経費節減策も、組合自らが実践し、見える形で会社側に提案していきます。

組合改革としては、分業化を進めていきます。組合活動は執行部に任せるものではありません。そもそも、組合というのは組合員一人一人が主役なのです。分業化と情報の速やかな公開を実現することで、組合員のみなさんが参加できる環境作りを目指します。

賃金交渉は厳しいでしょうが、それでも、「チェンジ」を実感できるような1年にするつもりです。

会社や業種は違っても、誰もが同じような思いを持っているはずです。労働者のみなさん、頑張りましょうね。

【関連記事】
2007年12月 6日 (木)
すごい会議


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2009年9月13日 (日)

AirMacでウインドウズPCデータ、プリンタ共有

Macとウインドウズをいかに共有するべきか?

方法はいろいろありますが、家にある2つのプリンタ(モノクロレーザーとエプソン写真用)もMacとウインドウズで使いたい。そんな欲張りなことを実現するなら、AirMacの導入でしょうか?

【関連記事】
2009年1月15日 (木)
お勧めレザープリンターHL-5240

2009年5月 3日 (日)
エプソン・プリンター「PX-5600」レビュ~ ファーストインプレッション

もちろん、ほかにも選択肢があるようですが、ネットワーク構築はちょっとした知識も必要。しかし、AirMacなら、直感的に扱えそうです。

自宅ではバッファローのAirStationで無線LANを実現していたのですが、かなり旧型。ちょっとよく分からない部分もあったので、パスワード設定なしで無線をつなげていました。つまり、我が家の近所では、ただでインターネットができるというわけです。

周囲は戸建て住宅で、おまけに入居以来、見知った人ばかりなので、セキュリティー上の心配はあまりありませんが、今回はウインドウズPCとの共有も考えているので、ある程度、セキュリティーにも考慮しないといけません。

AirMacの導入は非常に簡単。ひかりONEのルーターから分波する形でAirMacにつなげました。まずはMac側の設定から。ドライバーを入れて、後は指示に従うだけ。確かに簡単でしたよ。開封から30分もしないうちに無線ネットワーク環境が実現しました。

ウインドウズマシンも同様。こちらは有線でつなげていたのですが、無線LAN環境も構築しました。

AirMacでは、USBポートもあるので、USBハブを買えば、何台でもプリンタ、ハードディスクの共有ができます。

ブラザーのモノクロレーザープリンタはMac、ウインドウズともに共有できましたが、エプソンの方は質の部分で問題あり。ドライバーがきちんと通っていない感じですね。とりあえずはウインドウズPC側につけ直してしまいました。こちらは今後の課題かな。

ハードディスクは1TBを接続しました。このHDDは今年初めに、ビックカメラで1万円程度で購入したものです。

マックのラインナップには、Wifi機能付きのHDD、Time Capsuleというものがありますが、AirMac+外付HDDでも同じような環境が構築できます。Time Capsuleは今が買いかも。5万円が45%オフ!!

マックでフォーマットをかけ、ウインドウズからも見えるようになっています。近い将来は、写真や映像データなどを置けるようにしたいと思っています。

Macにはタイムマシンというバックアップソフトがあるのですが、こちらのデータは、HDDに収まるようになっています。

AirMacの利点としては、

•導入が楽
特にMacの設定は簡単だった。ウインドウズはボンジュールというソフトがインストールされておらず、手間取ったが、ネットから最新版をダウンロードした

•価格は安くはないが、妥当
バッファローのエアステーションでも環境構築はできると思うが、Mac初心者やネットワーク設定は自信がない、という人にはオススメ。

•シンプルなデザイン
ネットワーク環境の部分はケーブルがごちゃごちゃしがち。横置きとなるが、かなりコンパクト。

AirMacは、Mac専用ではないので、ウインドウズユーザーも使えますよ。

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2009年9月11日 (金)

「きっと!すべてがうまくいく」(ジェームズ•アレン)★★★★

20世紀初頭のイギリスの哲学者ジェームズ•アレンに よる人生への応援歌のような言葉が詰まった本。代表 作の一つは聖書に次ぐベストセラーと言われるほど、 売れまくったそうです。

「人々が幸せを求めて旅に出ようとしたとしても、つ いていってはいけない。幸せは、あなたの内側にある のだから」

といった短い言葉に、解説が書かれています。

薄い本なので、3、40分もあれば、読み終わってしまう でしょう。

何かに躓いた時、ページをめくりたくなります。

アレンはデール•カーネギー、ナポレオン•ヒルらに 影響を与えた人で、38歳から作家活動を始め、亡くなる9年間で19冊の本を書き残したそうです。38歳。作家としては遅い方なのかもしれませんが、今 の僕よりも若いんだな。

環境や他人は、自分の鏡だ、といった趣旨の言葉もあ るのですが、これは僕も常々、感じていたことです。

千葉市には、検見川送信所という廃墟があります。

吉田鉄郎という有名な建築家の手によるもので、わが 国に唯一残る大正期竣工の大電力送信所です。日本初の国際放送も行っています。

しかし、1979年に閉局となり、以降は廃墟状態とな り、「薄気味悪い」「治安上問題があるから、取り壊して欲しい」という声が聞かれていました。

閉局後は記念碑も建てられましたが、いまでは朽ちた状態で残っているのみ。

しかし、これは送信所に非があるわけではありません。この状態を作ったのは、千葉市であり、私たち市民でもあります。

今、ある送信所の姿は、千葉市の姿を鏡のように写しているのではないでしょうか。

千葉市では市長、議会議長が逮捕され、千葉県では税金の不正流用が明るみになりました。永年、大型公共事業には目を向けられても、送信所が担った歴史的な意義はほとんど関心は持たれなかったわけです。

しかも、それは数年というわけではありません。30年間という長い年月、放置され続けたのです。

これは、送信所が文化財か否かという以前に恐ろしい話ではないか、と思うのです。

しかし、それは過去の話。新しい市長は来年度、保存に向けた調査を行うと明言しています。利活用が実現すれば、新しく生まれ変わろうとする新生千葉のシンボルとなるでしょう。

それは、きっと!すべてがうまくいく。

この本を送ってくださったまさやんさんに感謝。

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2009年9月 9日 (水)

「虫庭の宿」(野口智弘)★★★★ 由布院のブランド力

「虫庭の宿」は、由布院の町づくりに奔走された旅館「由布院玉の湯」会長の溝口薫平さんの話を、西日本新聞記者の野口智弘さんが聞き書きしたもの。2008年9月11日から09年1月26日まで西日本新聞に連載されていたそうです。

虫庭の宿楽天

40年前は別府の奥の寒村であった由布院が人気の観光地になるまでが書かれています。実話のサクセスストーリーだけに胸躍るものがあります。

日本全国には温泉地はあまたあるのに、なぜ由布院が成功したか? 

それはリーダーとなった溝口薫平さん、亀の井別荘の中谷健太郎さん、志手康二さんという3人のアイデアと実行力にあります。そして、その根底にあるのはしっかりとした思想があったからだと分かります。

題名の「虫庭」とは、玉の湯にある雑木林の庭のことです。この庭のヒントを与えたのは文芸評論家の小林秀雄でした。小林は73年に宿泊しました。当時、玉の湯はフロントまで車で乗り付けるスタイルだったそうですが、74年から2年間かけて大改装をしたそうです。

その際、小林は「道を狭くして、車が入れないようにしたらいい。周囲はコンクリートの塀ではなく、草花や樹木を植えたらいい」とアドバイスをしたそうです。亡くなるまで年に1、2回やってきたそうですが、小林は由布院のことは最後まで文章にしませんでした。

小林の親戚で、NHKドラマでも有名になった白洲次郎の妻、白洲正子は「玉の湯につれてって」とせがんだそうですが、小林は断ったそうです。その理由は正子はすぐに原稿に書くので、静けさが失われるから、というものでした。

今の由布院の通りはオンシーズンになると、人であふれますが、少し中に入ると、里山の風景があり、ほっとする空間になっています。

大分の温泉地というと、別府が有名なのですが、由布院では真逆のやりかたを選びました。

別府は男性天国の歓楽地でしたが、由布院は生活型観光地を目指したわけです。何度も開発計画は持ち上がりましたが、それには拒否し、由布院の魅力である自然を守り続けました。この結果、これが由布院のブランドとなりました。
一方、他の温泉地が歓楽地化して、行き詰まっているのはご存じの通りです。

2008年8月18日 (月)
湯婆婆が出そうな温泉建築~別府

送信者 由布院

由布院が大型開発に至らなかったのは、各旅館の懐事情も大きかったようです。しかし、貧しいからこそ結束し、知恵を出し合いました。

由布院の旅館組合の結束力と知恵の一例は前の記事でも紹介しましたが、もう一例紹介します。

駅前にある観光拠点「由布院観光総合事務所」は、旅館や観光業者が共同で出資したものだそうです。旅館は売り上げの1万分の6の賛助金を出しています。つまり、年間10億円を売り上げれば、年間賛助金は60万円。これは結構な負担になります。しかし、宣伝活動は一括して行われるわけですから、一つの旅館が過大な宣伝費をかけることもなくなり、値引き合戦にもならない。由布院のブランドが守られる仕組みになっています。

そもそも、ブランドとはなんでしょうか? ブランドはイコール「強み」です。しかし、その強みは実は弱みの裏返しでもあることが分かります。

寒村であったことは「弱み」ではありましたが、それは「自然豊かな静かな里山」という強みに、「貧乏な旅館」という弱みは「旅館業者の結束」という強みに変換しました。

小林が虫庭というアイデアを出したように、利便性を捨てることで、新たな価値観が生まれることもあります。玉の湯の庭は非常に魅力的です。

ここに、本当のブランドとはなんたるかの、大きなヒントがあるように思えます。

由布院再建の立役者である3人ですが、語り部の溝口さん、中谷さんはいわゆる「よそ者」です。そこにも、第二のヒントがあるように思えます。

彼らが土地の人間だったら、豊かな里山という「由布院ブランド」は生まれなかったかもしれません。土地の人間はやはり、開発を望みます。それは責めるわけではなく、仕方のないことだと思います。

溝口さんが由布院に住み、土地の人間になろうとしますが、故郷を聞かれて、うまく答えられなくなって恥ずかしくなったと書いています。また、「由布院です」といっても、分かってもらえないことも多かった、とか。そんな時は「別府のひと山裏側です」と答え、むなしさを覚えたそうです。

町作りの出発点については「子供たちが、この町に生まれて良かったと思うことができて、自信と誇りをもって暮らせる町にするには、まず何から始めたらいいか」をテーマにしたといいます。僕も、ここが「肝」ではないかなぁと思います。

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2009年9月 5日 (土)

「虫庭の宿」暴力追放に成功した由布院

千葉市・稲毛区のテナントビル建設をめぐる恐喝事件で、千葉市市議会議長の小梛輝信容疑者が逮捕されました。千葉市では4月に鶴岡啓一前市長が収賄事件で逮捕されたばかり。市長、議長の相次ぐ逮捕で、千葉市の名前は地に堕ちたと言わざるを得ません。

送信者 稲毛

もちろん、容疑段階ですから、事実ならばということになりますが、市議が暴力団の名前を出して、金品を脅し取ろうということはあってはならないことです。

市政の問題もさることながら、千葉=暴力の町みたいな印象も生まれてしまいました。小梛市議だけでなく、こんな市議を議長に推薦した自民党会派の市議たちには非常な怒りを感じています。推薦人の名前を開示してほしい。

さて、8月29日から2泊3日で映画祭開催中の大分・湯布院に行ってきました。その詳細は機会があったら、書こうと思いますが、事務局の方から手渡された1冊の本を紹介したい、と思います。

同書は由布院の町づくりに奔走された旅館「由布院玉の湯」会長の溝口薫平さんの話を、西日本新聞記者の野口智弘さんが聞き書きしたものです。当時、寒村だった由布院がいかにして、自然を守りながら、世界でも有数の温泉地として、その名を知らしめるようになったのかが書かれています。非常に示唆の多い本で、あちらこちらに付箋をはらせていただきました。

送信者 由布院

その詳細は後ほど触れることにして、由布院の人々がいかにして暴力を排除したか、という話がありましたので紹介させていただきます。

1970年の暮れ、まだ、旅館が閑古鳥が鳴いていたころの話だそうです。玉の湯近くの旅館の主人が、「建設業者の団体客が取れた」と喜んでいたそうです。溝口さんが「話がよすぎる」と思って、調べると、その客は暴力団。ちょうど1か月前に、組長の出所祝いを神戸で行ったばかりだったそうで、地元別府市でも派手な宴会を企画したのだそうです。

しかし、大分県警が動き、組側に通告。別府市内の旅館にも通達が行き渡っていたので、「奥別府」の由布院が目をつけられました。

旅館の主人はあわてて断りの電話を入れますが、「もう日数がない。断ると、どういうことになるかわかっとるだろうな」とすごまれてしまったそうです。

大分警察も動きますが、彼らが暴れない限り、取り締まりはできない。しかし、この暴力団の出所祝いが実現すると、暴力団御用達の町、というイメージがついてしまう。

旅館組合は大慌てです。
長い議論があったようです。彼らは町に繰り出すはずです。
「シャッターを閉めようか」
「それでは、暴力団に鎮圧されたことになってしまう」

そこで、亀の井の別荘の主人がアイデアを出します。

亀の井の別荘 湯の岳庵 由布院

「明日午後2時、全商店が暴力団の放免祝いに抗議してシャッターをおろします」と商店街に通告し、さらに、この「無言の抵抗」をメディアに取材してもらうことにしました。

大分県警には「われわれは暴力追放に立ち上がることを決議しました。ただ、未然の問題点のひとつとして警察力の不足が話題になりました。暴力追放などの相互連絡を密にするためには警察力の強化を早急に実現されるようお願いする」という内容の要望書を提出し、プレッシャーをかけたわけです。

さて、午後2時のチェックイン。黒塗りの車が続々と由布院に入ってきます。旅館の人々は向かいの旅館から監視。両手にポケットを突っ込んだ黒服の組員がにらんできたそうです。

午後2時、200ある由布院の商店街が一斉にシャッターをおろします。そうなると、彼らはどこにもいけません。カメラをむけられた組長は「撮るなら、撮れ。大きく載せろ」との捨て台詞を残して、全員が引き揚げていったそうです。

これって、すごくないですか?

これは団結の力、市民のひとりひとりの勇気ですね。

翌日の新聞には「湯の町は怒る」「商店、旅館200軒が休養」「勇気あるパントマイム」などとの大見出しで報じられたそうです。

当時の町長はこの日、出張で不在だったそうですが、すぐに「暴力追放宣言町」の決議案を議会に提出。二度と暴力団に足を運ばせないことを全国に宣言したのだそうです。

やっぱり、由布院はいいですね。すごい!!

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2009年9月 3日 (木)

「失業してしまうかも」KM運転手の嘆き

「私は失業してしまうかもしれないんですよ」

不安げに、そう言ったのは、僕を自宅まで送り届けてくれたKMのハイヤー運転手。

深夜勤務の際はハイヤーで送っていただきます。誤解のないように書くと、深夜においてはタクシーよりハイヤー料金の方が安いのです。

既にニュースでご存知だと思いますが、国際自動車(東京・港)が2日、事業許可取り消しの処分を受けました。今回の国土交通省からの処分は、同社勤務の運転手の過重労働が悪質だと指摘を受けたもので、労働者を守るための国からの罰なのですが、現実は逆のことになっているのです。

「10日の猶予期間を経て、グループ会社での移行ができなかったら、600台近いハイヤーの営業ができなくなります。千数百人の運転手が失業するかもしれないんです。しかもですよ、超過勤務はタクシーで、ハイヤー勤務は関係ないのです」

数年前から、期せずして組合の要職につくことになってしまったので、「働くとは何か」を考えるようになりました。すると、労働に関するいろんな矛盾が気になるようになってきました。

今回の事例は最たるものですね。

超過勤務の実態が明らかになった端緒は知りませんが、おそらくタクシー運転手側の内通でしょう。その人はやむにやまれない思いで訴えたのではないでしょうか。

働くことは大事なこと。しかし、加重労働をして、命を失うことはあってはならないことです。運輸業界で働く方々の中には過労死も多いと聞いています。法律違反の労働が行われている実態に異議を唱えることは正しいことだと思います。

しかし、その結果、最大の不利益を被るのは会社経営者ではなく、働き手なのです。

これはおかしくないですか?

まず、怒りを向けたいのは現KMの経営陣です。経営陣がしっかりとしたビジョンを持ち、法律さえ守っていられば、何ら問題がなかったのです。

この経営陣は労働者、命を甘く見ていないだろうか? 過労死が出るということは、極端なことをいえば、「人殺し」をしているようなものです。過労死はあってはいけないことです。

労働者を軽くみるということは、客の命も甘く見ているということでもあります。タクシー運転手は人を運んでいる。命を預かる大事な仕事なのです。(しかし、タクシー運転手の質の低下は著しい。道を知らなすぎ。これはナビのせいだと思うのですが)。

こんな無能で人命を軽く見る経営陣はいらない。

ただ、過重労働を強いらなければ、経営が立ち行かなくなるという運輸業界の事情も分からないこともありません。

タクシー業界は「規制緩和」の名の下に、台数が一気に増えました。需要がないのに、台数が増えたら、どうなるかは自明の理。過当競争となりますから、運転手の乗車時間も増えます。しかし、やっぱり需要は少ないから、労働しても、収入は増えない。タクシーはお客が実車して、ナンボという厳しい社会です。街を流しているだけでは二酸化炭素を垂れ流しているだけです。

政府は近年、「規制緩和」という言葉を持ち出します。市場原理に任せて、政府はなるべく手を出さない。郵政民営化も、その流れ。いわゆる、「新自由主義」「小さな政府」という考え方です。資本主義において、その考え方は「ゼロ」ではありません。

ただ、結果をみると、規制緩和はあまりうまく行っていない。官僚が規制する仕事が減って、楽をしただけの話です。時にドラスティックな変化も必要かもしれませんが、その前提として、しっかりとしたセーフティーネットを築いていないからです。

今や、「新自由主義」は「無責任」の意味であるし、「小さな政府」は「国民を守らない政府」の意味ではないでしょうか。

道路行政にも文句があるし、民主党が公約に掲げる高速道路無料化にも疑問を持っていますが、ややこしくなるので、ここでは書きません。

このエントリーを読んでいただいた方にぜひ考えていただきたいのは処分のタイミングです。今回の処分執行は政権交代の狭間で行われました。ここに何らかの意味があるように思えます。たぶん、官僚側の都合かなぁ。それともKMつぶし?

国としては、違法労働行為が頻繁に行われている運輸業界を見せしめにするという意図もあったのでしょう。確かに労働市場の正常化は確かに大事なことです。しかし、根本は労働者の命と生活を守ることでしょう。

KM経営陣も気に食わないし、国土交通省のやりかた、仕組みも解せない。

あんまりにも、腹が立ったので、真夜中というのに目がさえてしまいました。どう思います?

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2009年9月 1日 (火)

検見川送信所の保存要望書を千葉市長に提出

廃虚状態になっている文化財「検見川送信所」の保存、利活用を訴えてきた市民団体「検見川送信所を知る会」は8月28日午前、千葉市役所の熊谷俊人市長を訪れ、検見川送信所の保存要望書を提出しました。

送信者 検見川送信所を知る会

この模様は千葉日報で大きく報じられ、検見川送信所を知る会の公式ホームページでもリポートしています。ご覧ください。

熊谷市長は来年度、保存に向けた調査費用の計上を前向きに検討し、年内にも内部を視察するといった趣旨の発言をしてくださいました。

ここでは、少しだけ個人的な感想を書くこととします。

知る会では、昨年9月にも保存要望書を提出しました。しかし、前回は鶴岡啓一市長(当時)宛の要望書を市民課に手渡すという形で、市長への面会はかないませんでした。その後、鶴岡前市長が収賄事件で逮捕されたのはご存知の通りです。

鶴岡前市長は陳情、要望に関して個別面会を受けないという方針だったそうですが、実際はすべてを受け付けなかったわけではありませんでした。

この事件の現金授受は、僕たちが熊谷市長と面会した応接室であったことが、その後の調べで明らかになっています。(なお、鶴岡容疑者は容疑を否認しており、事件の全容の解明が待たれるところです)

送信者 検見川送信所を知る会

要望する市民側と、それを受け取った市長がともに笑顔で収まった上記のショットは、千葉市政の大きな変化を物語っているとも言えます。

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