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2010年2月15日 (月)

「どうして僕はこんなところに」(ブルース・チャトウィン)★★★★

12~14日、下関を旅した。その旅のお供に選んだのが、ずっと読了できなかったブルース・チャトウィンの「どうして僕はこんなところに」だった。

ブルース・チャトウィンは1940年、英シルフィールドに生まれた。オークションで有名な「サザビーズ」に就職。8年間、美術鑑定士として活躍。エジンバラ大学で考古学を学び、3年間、「サンデー・タイムズ」で働き、77年に紀行小説「パタゴニア」を発表。同書は英ホソンデン賞、米E.M.フォスター賞などを受賞した。代表作は「ソングライン」、映画化された「ウッツ男爵」など。1989年に48歳で亡くなっている。同書は死の直前に自らが編纂したアンソロジーだ。

旅を愛したチャトウィンはモレスキンの愛用者で、「パリ・ノート」と呼んだ。彼はパリに立ち寄る際に購入していたようで、生産会社が倒産した時はパリの文房具店で大量に買い求めている。

2006年3月25日 (土)
パスポートよりも大事な”パリ”ノート

この本も、アマゾンを見ると、在庫切れ。おそらく、チャトウィンがモレスキンの生産中止を嘆いたような気分になってしまった。彼の著書は「ソングライン」「パタゴニア」が新訳の形で復刻しているが、いくつかの本は絶版のままでプレミアがついている。

同書の原題は「What am I doing here」。チャトウィンは「僕はずっと奇跡的な何かを探し続けてきた」と書く。イエティの足跡が見つかったと聞けば、エベレストに向かい、インドで狼に育てられた少年が見つかったニュースを読んでは駆けつける。しかし、その「奇跡」と呼ばれる現象そのものにはいつも懐疑的で、客観性を保とうとする。

チャトウィンはまえがきで「本書に収められた断章、物語、人物素描、紀行談は<ガンディー夫人に関するもの>を除く全てが私の着想によるものである。<物語>という言葉を使ったのは、中身がいかに事実に即していようと、架空の設定で書かれたものであることをお断りしておきたかったからである」としている。

僕がチャトウィンを好きな理由は(1)面白いことがあったら、とにかく、その場所に行く=現地主義。(2)美術や事象に対する鑑識眼(3)対象に同化しない客観性だ。

最近、クラウドコンピューティングの普及によって、「ノマド」という言葉が浸透してきた。

ノマドとは「遊牧民」のことで、牧草地を意味するギリシア語の「ノモス」が語源だという。チャトウィンは「正統のノマドは移動する牧畜者のことで、家畜の所有者、飼育者を指す。流浪の狩人をノマディック(遊牧する人)と呼ぶのは間違い」と指摘する。

チャトウィンは「遊牧民の侵入」という文章の中でこんな風に書いている。

「人間は本質的に広い意味での移動に対する止むに止まれぬ衝動を持っている。旅をするという行為は、人に肉体的・精神的な幸福感を与えるもので、一方、長期に渡る定住・定職生活からくる単調さは、疲労と、何かが欠けているような感覚を生む、脳のパターンを作り出す」

チャトウィンはまさに、その衝動を抑えずにはいられない「人」「ノマド」だった。しかし、旅に対して情熱を持ちながらも、いつもどこか冷めていた。だから、「どうして僕はこんなところに」と自問したのだろう。

同書は断章を寄せ集めで、読みにくさもあるが、読み進めていくと、全体が見えてくる。万人には勧めないが、「ソングライン」「パタゴニア」が好きという人は読んでほしい。

僕は家を持ち、「ノマド」ではないが、チャトウィンのような「ノマド」的な生き方、考えは有効だと思う。昨今、「地域活性化」を考えることが多いが、実は「地域」は拡大するものだと気づいた。つまり、「地域」とは、非常に主観的なもので、愛着を持つかどうかに関わっている。

例えば、僕は千葉・稲毛という町に住んでいる。稲毛は僕にとって間違いなく「地域」である。その一方、隣の区の「検見川送信所」のことも考えている。狭義に言えば、検見川は僕の「地域」ではないのかもしれない。ただ、僕が検見川のことを思うことは僕にとっての「地域」だからである。

「検見川送信所を知る会」の活動でいえば、他県から参加している中心的な人々もいる。こうした人々も、同様に、検見川を「自分の地域」と感じているのではないだろうか。そして、旅という行為は自分にとっての「地域」をひとつひとつ増やしていく行為ではないか。今回の下関行きでは、それを実感した。詳しくは後で。

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コメント

>「検見川送信所を知る会」の活動でいえば、他県から参加している中心的な人々もいる。こうした人々も、同様に、検見川を「自分の地域」と感じているのではないだろうか。

僕も他県から参画している1人です。
最初は送信所の威容に惹かれて活動に加わらせていただいたわけですが、
何度か通ううちに、検見川の深い歴史も知ることになりました。
町の歴史、そして現在の姿。特に旧海岸沿いにそのコントラストがはっきりと認められ、町の活力が感じられます。それが愛着にもつながっているんでしょう。

大阪生まれ、大阪育ち、埼玉在住の身にとって、まったく縁のなかった町であるにもかかわらず、
僕にとって検見川は、今はまさに「自分の地域」になっています。

投稿: まさやん@埼玉 | 2010年2月17日 (水) 13時59分

>まさやんさん

>大阪生まれ、大阪育ち、埼玉在住の身にとって、ま
>ったく縁のなかった町であるにもかかわらず、
>僕にとって検見川は、今はまさに「自分の地域」に
>なっています。

旅というのは、自分の「地域」を拡大していく行為で
あり、昨今しきりに言われる地域活性化とは、他者を
巻き込むことしかないのでは、と思います。

投稿: kuzumik | 2010年2月21日 (日) 22時09分

ご無沙汰しております、モレスキナリーのYOKOです。久住さんのブルースチャトウィンについての文章をとても興味深く読みました。(チャトウィンは不思議な小説家ですね。小説を読むと、本人のことをとても知りたくなります。)
私のサイトでこちらのエントリーをご紹介させて頂きたくご連絡しました。moleskinerie.jp@gmail.comへお返事頂けると嬉しいです。どうぞ宜しくお願いします。

投稿: YOKO | 2010年2月23日 (火) 00時26分

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