GR DIGITAL2

2010年5月 2日 (日)

稲毛〜茂原牡丹園78.km

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」。

牡丹は美人のたとえにも使われ、花王とも言われる。その牡丹が250種(2500株)ある茂原牡丹園が見頃を迎えると聞いたので、29(土)にロードバイクでサイクリングした。

そのマップは下にある。行きに予備のチューブを購入するため、ワンズモールに寄ったので、ここをスタート地点とし、ゴールは千葉都市モノレール「天台」とした。実際に走った距離は78.98km。

平均時速:20.3km
最高時速:55.3km
走行時間3:53'26


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千葉市街を抜けて、茂原街道に出るまで国道16号を通るなど交通量の多い道路を走ることになる。ここはあまりオススメできない。

GWであれば、村田川・瀬又交差点付近(大網街道)、生実池の鯉のぼりは見どころだ。生実池の写真はマップの中にあるが、瀬又の方が迫力はある。

2006年5月 4日 (木)
GWはロードバイクで往復109kmの大網街道 ロングライド 瀬又の鯉のぼり~九十九里~川村美術館 #jitensha

茂原街道からのコースは長柄ダムを越えた鼠坂は約1km以上にも及ぶ下り坂。最高時速55km。行きはよいが、上り坂はきついのは言うまでもない。

送信者 茂原牡丹園

写真は牡丹園前の田園風景。牡丹園は通常、民家だが、で4月下旬から5月上旬、期間限定で開かれる。期間中は獅子舞、和楽器の演奏などイベントなども行われ、1万人が来場するという。イベントの各種情報、開花情報はホームページでチェックできる。

送信者 茂原牡丹園

長屋門は天保8年(1837年)竣工、かやぶき屋根の母屋はさらに古く享保年間(1730年)というから、280年前の住宅ということになる。裏山には洞窟があるが、元々は廃炭を保存していたそうで、戦時中は防空壕としても使われたらしい。長屋門、母屋はともに国の登録文化財になっている。

牡丹の見頃は午前10時と午後3時だそうで、この時間帯になると、シュンと花の形がよくなる、とか。

僕は2時すぎに到着。母屋でそばを食べ、葉を触ると、ゴマの匂いがする「ゴマの木」、モミジの花などを見ながら、花の盛りを待った。

派手なサイクリングウェアを着ていると、「どこから来たの?」などと声をかけられるもので、焼き鳥などを食べながら雑談に花が咲いたりもした。

2010年の開園は9(日)まで。

送信者 茂原牡丹園

稲毛〜茂原牡丹園


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2010年4月18日 (日)

ライトオンした「太陽の塔」と「光の教会」を見に行く 大阪万博から40年。「進歩と調和」を考える?

3か月に1回ペースで大阪に出張に行くのだけど、大抵は東京にとんぼ返りになってしまう。今回、時間があったので、延泊して、プライベートに当てることにした。

そうだ、「太陽の塔」を見に行こう。

以前から興味があった。「太陽の塔」は言わずと知れた岡本太郎の代表作で、1970年の大阪万博のシンボル的な存在である。

万博のテーマは「進歩と調和」。しかし、その意図は岡本の反逆であったことは以下のエントリーでも触れている。

2010年2月 9日 (火)
「岡本太郎 『太陽の塔』と最後の闘い」(平野暁臣)★★★★

岡本太郎は太陽の塔製作について、こんなことを言っている。

「EXPO'70=進歩と調和だというわけで、テクノロジーを駆使してピカピカチャカチャカ。モダニズムが会場にあふれていることは目に見えている。それに対して、ガツーンとまったく反対のもの、太古の昔から、どんとそこにはえていたんじゃないか、と思われるような、そして、周囲とまったく調和しない、そういうものを突きつける必要があったんだ」

岡本は進歩と調和というが、人類はちっとも進歩なんかしてしてないし、調和だってなされていない。相変わらず世界中では戦争だって、起こっているじゃないか、と思ったようだ。

その進歩の象徴のひとつである、大阪モノレール「万博記念公園駅」で降りると、太陽の塔が見えた。ハンパなく大きな塔だ。近づけば、近づくほど大きさを実感する。

岡本の反逆を表現するには、ちょっとぐらい大きいだけではダメだったようだ。ベラボーな大きさのプリミティブな像が欲しかったのだろう。コミック「20世紀少年」では、この太陽の塔が動いて、町を破壊するシーンが出てくる。地面にどっしりと立っているが、今にも動き出しそうなポーズを取っている。

送信者 太陽の塔

カメラはGR DIGITAL II。今回撮影した「太陽の塔」の写真はこちら

真ん中にある顔は口を尖らせて、なんか拗ねたような、というか、しょぼくれたような表情だ。大屋根広場を突き破って、こんな顔が下を向いていたのかと思うと、ものすごい皮肉じゃないか。岡本太郎はすごいブラックジョークを真剣にやり遂げたのだ。

今年は大阪万博40年にあたる。3月27日には一番上の黄金の顔の目にライトが入れられたことが話題になった。万博中は運輸省から特別な許可を得て、強い光を放つクセノン投光器がついていた。写真を見ると、光の筋がつくほどの強力なものだ。

終了後には消されたわけだが、近くには伊丹空港があり、管制塔の光と間違われる可能性があったからだという。万博中はそんなアクシデントもなかったわけだから、間違う可能性はほとんどないじゃないか、とも思うが、「空の安全のため」と言われれば、仕方ないのかもしれない。

今回ライトがつけられたのは40周年ということもあるが、LEDによって、環境に負荷をかけずに、管制塔のライトとは別質の弱い光を出せるようになったことが大きいようだ。LEDにおいては「進歩と調和」が実現されたということだろうか。塔全体のライトアップにあわせて、目のライトも午後11時まで点灯されるという。

大阪万博のことを知りたかったら、公園内にある「EXPO'70パビリオン」を見に行けば、よい。ここは元々、前川國男設計した「鉄鋼館」である。

送信者 EXPO'70パビリオン

万博の記録映像の上映と記念品が展示されている。映像を見る限り、周囲は未開発の土地で、そこを造成して、無数のパビリオンが建てられた。そして、そのほとんどがわずか半年のうちに解体された。1970年が大量消費社会であったことを体現している。

跡地はその後、再開発計画によって、公園とされ、自生する森を目指して、植樹が行われた。公園内には芝生があり、各種の植物が植えられ、その意図通りに森として再生しつつある、という。これは21世紀的な考え方で、巨大な実験場とも言えるのだろう。

午後は「国立民族学博物館」を訪ねた。ここは万博終了後の跡地利用計画の中で生まれた建物で、万博の開催の際に蒐集された世界中の生活用品、仮面、宗教の像、楽器などを展示されている。万博の常設展みたいなものか。希望すれば、ガイド機器も無料レンタルしてくれる。ガイド機器はPS2を利用したもので、展示番号と合わせて、音声、映像、研究員による解説が聴ける仕組み。こんな利用法もあるんだ、と感心した。

博物館はちょうど音楽展示と言語展示が新しくなったばかりで、週末には講演など各種イベントも開催されている。本気で見ると、ゆうに1日は費やせるだろう。僕は休憩などを含めて、3時間半くらいいたらしい。日本庭園には行く時間がなかった。

次に目指したのは安藤忠雄設計の「光の教会」だ。吹田市といえば、茨木市は隣ではないか、と思い出したわけである。iPhoneで検索すると、最寄り駅「阪大病院前」から徒歩で行けると分かった。

ホームページによれば、2010年4月から牧師館の工事が始まり、見学は制限されているらしい。ここは安藤忠雄の代表作ともされているし、本などでも紹介されているから、「見学したい」という人が後を絶たないのだろう。それでも、外観くらいは見られるだろうというハラだ。

大阪モノレール「阪大病院前」から歩いて約10分、「光の教会」はあった。閑静な住宅地にある、とは聞いていたが、想像以上に静かな町だった。

電柱広告に「茨木春日丘教会」とあるくらいで、「安藤忠雄設計の有名建築はこちら」といった雰囲気ではない。実際、建物も安藤の特徴的なコンクリート建築ではあるが、一見、箱みたいな建物で、周囲は緑に覆われている。その特徴である礼拝堂の「十字の窓」も外からは非常にさり気ない。

入り口には「見学者の方々へ 本日は教会内行事のため一般の方々の見学はご遠慮いただいています。次回お越しの際には、事前に電話連絡をお願いします」というお知らせが出ていた。

教会では礼拝が行われる日曜午後などに見学を受けつけているが、その他の日は事前連絡が必要とのことだ。内部見学は叶わなかったが、「低コスト、周囲との調和」という安藤忠雄の意図は感じることができた。

送信者 光の教会(安藤忠雄)

「光の教会」については過去エントリーを読んでいただきたい。今回撮影した外観の写真はこちら

2009年4月12日 (日)
「光の教会―安藤忠雄の現場」(平松剛)★★★★

ちょうど夕刻になるとしていたので、どうせなら太陽の塔のライトオンを見に行こうと思った。万博公園桜まつりの期間中(3/27~4/11)までは午後9時まで開園だったが、今はなかには入れないので、正面ゲートから見るしかない。

午後6時すぎ、日没。日が落ちる時間帯はマジックアワーと呼ばれる。地平線に太陽が沈んでも、うっすら光が残り、空の一部が赤や青に染まる。1日のうちで最も光の変化が激しく、美しいと呼ばれる時間帯である。

太陽の塔は午後6時すぎ、ライトアップされ、黄金の顔の両目から光が放たれた。昼間は中央にある第2の顔に目が行くが、光が出ると、今度は黄金の顔に視線が移る。もう一つの顔が突然、現れたようだ。

送信者 太陽の塔

これも岡本太郎の意図であろう、光を得た目は遠くを見透かしているようにも見える。ウルトラマンを迎え撃つ怪獣のようとも表現される人もいたが、なんか「エレキング」にも似ているよね。

存在感は抜群で、調和なんか無視した原始的な形状の異物である。僕は日が完全に落ちるまでの間、この怪物に睨まれて、動けなかったのである。

太陽の塔絡みでは、挙式プラン「太陽の塔Wedding」(9/19、9/20)というのもがある。太陽の塔の前で挙げる世界に一つだけの挙式だそうだ。なかなかぶっ飛んだ企画じゃないか?

今回の旅の道中は以下で見ることができる。

万博記念公園~光の教会


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2009年10月 1日 (木)

野田市郷土博物館(1959年)

僕たちが保存、利活用を訴えている検見川送信所(設計・吉田鉄郎氏)は埼玉・岩槻受信所と対の存在として作られました。この岩槻受信所を設計したのが山田守氏。日本武道館や京都タワーで知られる建築家です。

吉田と山田はともに1894年生まれ。ともに帝大に進み、吉田が1919年に、山田が1920年に逓信省営繕課に入っています。静の吉田、動の山田といわれる対照的な性格の2人は切磋琢磨しながら、日本を代表する建築の設計を手がけたわけです。

その山田が残した野田市郷土博物館(1959年)が開館50周年を迎え、9月27日(日)に同所で記念講演が開催されました。

ナビの案内で、難なく着いたのですが、ちょっと面を食らいました。細い路地を入ると、立派な純和風の門。もっとモダンなものを予想していたもので。

送信者 野田市郷土博物館(山田守)

2009年9月29日 (火)
iPhoneをカーナビに(全力案内!ナビ)

建物自体はもっと面を食らいました。これは「正倉院」ではないですか。

送信者 野田市郷土博物館(山田守)

野田市郷土博物館は山田守作品集(1967年)にも、模型が掲載されているだけ、とか。これまではあまり注目されていなかったようです。しかし、山田守建築を知る上で、重要な建築と言えそうです。

竣工した1959年は、山田(66年死去)にとって、晩年にあたります。山田はこの後、代表作となる日本武道館、京都タワー(ともに1964年竣工)を手がけることになります。

郷土博物館は千葉県初の登録博物館。山田は博物館>収蔵>正倉院>校倉造りといった発想で、この様式を取り入れたようです。

送信者 野田市郷土博物館(山田守)

日本武道館も屋根が六角の法隆寺夢殿をモデルに、屋根は富士山の稜線をイメージして作られていて、いわば、日本武道館の「原型」ともいうべき建物が、この博物館かもしれません。日本武道館の前に、この博物館があることで山田建築の流れが見えるのです。

それにしても、面白いのは、「分離派建築会」という先鋭ユニットを組み、新しい建築のあり方を模索していた山田が日本古来の様式に目覚めていったことです。

特別講演された大宮司勝弘氏は「山田はモダニズムの限界を見抜いていたのではないか」と推察します。

モダニズム建築は機能性に重きを置いたもので、それを突き詰めると、四角い箱となる。しかし、箱型の建物はインパクトがない。ランドマークやモニュメントになりえない。そうしたものは消え行く運命にある。建物が残るためには、特殊性やインパクトが必要。そうでなければ、イコンにはなりえない。

この博物館の場合は、イコンとしての「校倉造」が選ばれたわけです。しかも、それは徹底しています。なんと高床式です。

送信者 野田市郷土博物館(山田守)

同じ「模倣」でも、若者と円熟を迎えた人間がやるのでは訳が違います。山田は過去を敬いながらも、それをモダニズムで消化しています。内部空間には展示物の配置、ライティング、階段の手すりのつながり方は山田らしい創意があります。

送信者 野田市郷土博物館(山田守)

山田守建築は300以上あるそうですが、現存するのは約50。その中でも一般に知られるのは最晩年の日本武道館、京都タワーであることを思えば、「脱モダニズムを目指した」山田は正しかったということなんでしょうね。

送信者 野田市郷土博物館(山田守)

この2つの建物は専門家からは大いに批判され、あるいは無視されたそうです。武道館には「新しさがない」と言われ、京都タワーでは「古都の景観を壊す気か」との非難を浴びることになります。しかし、日本武道館は東京オリンピックによって世界に知られ、で有名になり、その後、音楽の殿堂としても親しまれています。京都タワーは賛否両論を受けながらも、古都の新しいシンボルになりました。

写真はGR-D2にて。

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2009年9月28日 (月)

解体間近か?ダイビル本館(1926年)

久々に近代建築レポートを。

15〜18日まで大阪に滞在。解体間近とも伝えられる大阪・中之島のダイビル本館を見てきました。中之島周辺はスクラップ・アンド・ビルドが進む大阪にあっても、近代建築が数多く残っている地区です。

関連記事
2009年6月 3日 (水)
大阪市中央公会堂(1918年)

送信者 ダイビル

ダイビル本館は大正15(1926)年、渡辺節氏の設計によで建てられたネオ・ロマネスク様式のビルディング。検見川送信所と同い年なんですね。

大正期の大規模オフィスビルは現在、ほとんどなく、神戸の商船三井ビルとこのダイビル本館が現存する最後の建造物だそうです。渡辺作品では日本綿業倶楽部(1931年)が重要文化財となっていて、それより以前に建てられたダイビル本館も重要文化財級の価値があると言われています。

動物の世界では「絶滅危惧種」(レッドリスト)というものがありますが、建築の世界でも、レッドデータブックをまとめるべきではないでしょうか。文化財級の建築が人知れず消えていきます。

民営化した日本郵政が所有する東京中央郵便局の例でも分かる通り、民間企業の建物の解体を止めることは難しい。しかし、古い建築を所有する企業を経済的に優遇するなど仕組みがあれば、少しは違った流れがあったかもしれません。

僕が訪れた時は、ダイビルの管理会社が残っているだけで、ほかのテナントはすべて引っ越しを終えた後でした。近く完全に閉鎖されるという話もあります。僕のほかにも年配の男性と20代の男性がダイビルの最後の勇姿をカメラに収めようとしていました。

送信者 ダイビル

外観にも装飾が施されていますが、内観の美しさには目を奪われます。

送信者 ダイビル

この吹き抜けのロビーのライトの装飾は見事ですよね。クリックすると、拡大しますので、じっくりとご覧ください。

送信者 ダイビル

この天使のオブジェは1階の廊下にあったもの。天使が、この建物の運命に微笑むとよいのですが。

送信者 ダイビル

毎日新聞(2009年9月23日付)
ダイビル本館:「壊される運命」あきらめぬ 解体秒読み、「生かす会」設立 /大阪
府内の建築家20人がダイビルを生かす会を立ち上げた、と載っています。

写真はGR-D2にて。

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2009年8月11日 (火)

ハウステンボスからみた針尾無線塔

18長崎市に入る前に、1日だけ私的な時間を作りました。そうして、佐世保市のハウステンボスに1泊したわけです。

7日は快晴。外にいるだけで汗をかくほどでした。

ハウステンボスは資金繰りにいろいろな問題を抱えているようですが、とにかく、広い。とにかく、豪華。よくぞ、ここまで作ったなぁと思います。これでは維持するのが大変でしょうね。

「ハウステンボス」とは「森の家」という意味で、オランダの国造りをヒントに、当時の建築などを現代に再現した一大リゾート施設です。入場料は3200円。このほか、アトラクションを楽しむためにはパスカード(2400円)が必要となります。

施設の中でひときわ目をひくのが「ドムトールン」と言われるシンボルタワー。施設内のどこからいても、みることができます。オランダ本国で一番高い教会鐘楼(112m)がモデルで、ハウステンボスのものは105m。オリジナルよりも低いのは、周囲との景観を考えた結果とか。

18高さ80mのところに、展望台があります。プライバシーの関係か、360度見渡せるわけではないのですが、施設のおおよそのところは見渡すことができます。僕が注目したのは、3本、天に突き刺すように建っている針尾無線塔です。

針尾無線塔は以前もこのブログで紹介しました。「検見川送信所を知る会」を作るきっかけになったのが、針尾での保存活動でした。

2007年8月12日 (日)
検見川送信所とニイタカヤマノボレ1208

2007年8月13日 (月)
佐世保市役所に聞く〜針尾無線塔、取り壊しから保存へ

2007年8月14日 (火)
針尾無線塔を守る会にノウハウを聞く〜検見川送信所

針尾無線塔を訪ねてみたい、という2年越しの夢がついに叶ったというわけです。

18針尾無線塔の高さは2本が135m、残りが137m。1922年に完成し、1941年12月の真珠湾攻撃を告げる暗号「ニイタカヤマノボレ」を送信した施設のひとつと言われています。戦後すぐは米軍に収用されていましたが、その後、自衛隊と海上保安庁が使用。97年に後継の送信施設が完成し、現在は役目を終えています。

長らく佐世保のシンボルとしてそびえたっていたのですが、取り壊しの話が持ち上がり、地元有志が「針尾無線塔を守る会」を結成し、保存を行政に訴えたのです。07年には竣工当時の未公開写真なども見つかったと聞いています。現存する大正期のコンクリート製アンテナとしては日本唯一。歴史的な意味も大きいとして、佐世保市では国の重要文化財としての道も模索しています。

最近は動きが聞かれませんが、どうしたのでしょうか?

ともかく、近くにいって、見てこよう。<続く>

写真は(1)iPhone、(2)がiPhone ToyCameraToyCamera
(3)がGRD2。最新機種はGRD3。

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2009年6月 3日 (水)

大阪市中央公会堂(1918年)

大阪へは、ある裁判の支援に行ったのですが、それはまた別の機会があれば。

大阪地裁の近く、中之島には近代建築が残っていると聞き、歩いてみました。

大阪市中央公会堂は1918年竣工。設計原案は岡田信一郎という人ですが、建築顧問は東京駅舎で知られる辰野金吾氏。

ウィキペディアによれば、「2002年(平成14年)12月26日、国の重要文化財に指定されている。老朽化が進んだため、1999年(平成11年)3月から2002年(平成14年)9月末まで保存・再生工事が行われ同年11月にリニューアルオープン。耐震補強、免震レトロフィットやバリアフリー化がなされ、ライトアップもされるようになった」とある。

お散歩カメラはやっぱり、コンデジのGRデジタル2。


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送信者 2009 06 02

スケッチをしているグループを見かけました。立ち止まって、眺める人やカメラを向ける人も多い。やっぱり、赤煉瓦建築は一般受けがいいんですね。

送信者 2009 06 02

近くには同じく辰野設計の日本銀行大阪支店があります。辰野設計の建築がいくつか集まってきたので、アルバムにまとめてみました。

辰野金吾


2008年9月 3日 (水)
復原される東京駅とレプリカ保存で高層化計画の東京中央郵便局


2007年8月29日 (水)
磯崎建築のスクラップ・アンド・ビルド@大分市

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2009年5月17日 (日)

変わらない魅力で売れ続けているハレーダビッドソン

ヤフーニュースによれば、二輪不況の中、ハーレーダビッドソンが売れているそうです。

先日、弟が乗っている姿を見たが、かっこよかった。バイクがね(笑)。

2009 05 04

記事では「日本での二輪車販売台数が年々減少するなかで、ハーレーダビッドソンは24年連続で成長。ハーレーはイベントなども多数開催し、カスタムパーツもメーカー自ら主導している。バイクという「モノ」を売るだけでなく、ハーレーに乗るという「コト」の包括的な楽しみをオーナーへ提供する戦略が、現在のハーレーの成功につながった」としている。

ハーレーの魅力は基本的に変わらないこと。これは今の時代、大事なことなんだろうなぁ。文具で言えば、イタリア発のノートブック、モレスキン。カメラだったら、ライカ(一回倒産したが)。どちらも、基本スタイルは変わらない。

いいものは変わらない。変わる必要がない。作り手は自信を持っていいんじゃないかな。

写真はGRD2で撮ったけど、さすがに動体を撮るのはしんどい。GRD2も、進化の激しいデジタルカメラ業界にあって、変わらぬ魅力ですね。


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2009年5月14日 (木)

自転車置き場のピエール・ドゥ・ロンサール

冬の世話を怠り、いくつか薔薇を死なせてしまったのですが、やっぱり地植えは丈夫。なるべく、地植えに変えようと思います。

自転車置き場の壁や屋根に絡ませているピエール・ドゥ・ロンサールは大きさ3メートルとなり、結構な数が咲きました。京成バラ園で購入したものですが、同時期に、ホームセンターで購入したものは茎がひょろっとしています(それでも、1年遅れで花を咲かせましたけど)。やはり、苗は専門店で購入した方がベターなようですね。

自転車置き場の梁やポリカーボネイトの屋根の下には花や蕾がついていて、自転車置き場に行くと、わずかに薔薇の匂いが漂います。肥料のバイオゴールドも効果覿面(てきめん)なんでしょう。

送信者 薔薇


【つるバラ】【メダリスト】2年大株苗 ピエールドゥロンサール つる

系統: つるバラ系(CL), アンティークタッチのバラ
作出国: フランス
作出会社: メイアン
発表年: 1989年
花色: 緑を帯びた白で中心が淡いピンク
花形: カップ咲き
花弁数: 50枚
花径: 9~12cm
樹高: 3m
樹形: つる性
芳香の強さ: 微香

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2009年5月13日 (水)

修景バラ「バニラ・ボニカ」

修景バラのバニラボニカが咲き始めました。バニラボニカは咲き始めはバニラ色、次第に白くなっていきます。ブーケ咲きすることも大きな特徴。

我が家では隣家との境のラティスに2株植えています。薔薇が次々と咲いています。庭に出るのが楽しい季節ですね。

送信者 薔薇


バニラボニカ (Sh白) 国産苗 大苗 6号鉢植え品 ☆

しかし、GRD2は安くなりましたね。僕が買ったときよりも、2万円も安くなってます。

2008年4月24日 (木)
GR DIGITAL II

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2009年5月 9日 (土)

成田山・平和大塔まつり奉納総踊り

このところ、成田に通う日々です。

目下、成田山門前画廊で写真展「迷走する検見川送信所」を開催中なのですが、本日9日正午から、旧成田町7町の市内各踊り団体から1000人の婦人が参加される一大イベント「平和大塔まつり奉納総踊り」があると聞き、ちょっと抜け出して写真を撮ってきました。

久しぶりにキヤノン一眼レフの登場です(1番上の写真)。下はキヤノン50D。僕のは30Dですが…。一番下はGRD2です。


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成田の表参道が人、人、人…。すごい迫力でした。望遠で狙って、じっしり詰まった感じを出したつもりですが、脚立を持って行けば、もっと違うアングルで撮れたなぁ。

送信者 2009 05 09

総門を入った広場がゴール地点。

送信者 2009 05 09

お疲れ様でした。

送信者 2009 05 09

クリックすると、拡大。下のアルバムには、少しだけ別カットがあります。

2009 05 09

こちらは牛玖ひろしさんの書籍です。


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