moleskine.air-nifty.com > 「検見川送信所」保存計画

検見川送信所、コールサイン、J1AA
この建物は今も、何かを発信している…


2008/2/7
「検見川送信所を知る会」ホームページを立ち上げました。 http://kemigawaradio.web.fc2.com/



「検見川送信所ってなに?」

設計は東京中央郵便局、大阪中央郵便局などを手がけた”日本の逓信建築の父”吉田鉄郎氏。1926年(大正15年)の完成当時は「白亜の局舎」と言われ、検見川のランドマークだった。千葉市は太平洋戦争末期、2度の大規模空襲によって全土が消失し、 現在、このような大正末期のコンクリート建築はほとんど残っていません。 コールサインは日本の無線史の第1歩であることを示すJ 1AA。初の純国産無線機を開発するなど日本の無線技術の発展に大きく貢献。1930年(昭和5年)10月27日夜には、ロンドン海軍軍縮条約締結を記念した浜口雄幸首相の”平和演説”をロンドン、サンフランシスコに届けました。これが日本初の本格的な国際放送となり、検見川の名前を世界に知らしめたのです。 日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機を迎えています。これを保存し、新たな施設として再利用できないかを考えるプロジェクトです。 室町時代の書物にも記録として残る千葉市花見川区検見川。JR新検見川駅から徒歩10分、住宅地の真ん中に、その建物はある。 逓信省のエース建築家だった吉田鉄郎氏によって手がけられた建物は表現派風。建物のコーナー、窓などには丸みをつけた意匠が施されている。竣工当時、周囲は甘藷畑で斬新なデザインは市民を驚かせたことだろう。 コールサインは「J1AA」。日本の無線技術の発展に大きく寄与した。

1930年(昭和5年)10月には、ロンドン軍縮条約締結を記念した浜口首相の演説を米英に向けて放送。これが日本初の国際放送となった。 歴史的にも、建築史的にも重要な近代化遺産だが、千葉市は近い将来、区画整理を行い、建物を取り壊そうとしている。 正式名称:日本電信電話公社検見川無線送信所 俗称:旧NTT検見川無線送信所、検見川無線局 住所:千葉県千葉郡検見川広原(現・千葉県千葉市花見川区検見川町5-2069) 位置:東経140度4分40秒北緯35度38分 開局:1926年(大正15年)4月1日 閉局:1979年(昭和54年)2月28日 敷地:7万8000平方メートル 局舎建設:東京深川近藤組 局舎作風:表現派風 局舎様式:RC造2階 局舎面積:1,387m2 官舎(現在なし)建設:東京清水組(現・清水建設株式会社)> 設計監督:逓信省経理局営繕課(吉田鉄郎) 現場主任監督:新作義信 現場監督補助:南田善義、菅原勝太郎 参考文献

「けみがわ」(編集・検見川郷土史編集委員会、平成4年11月10日発行)
「検見川無線の思い出」(著・菊谷秀雄、平成2年3月1日発行、自主出版自伝)
「検見川無線史」
「松井天山 千葉県検見川町鳥瞰図」(解説・森田保、聚海書林)
以上は千葉市図書館などで閲覧可能



関東 (総覧 日本の建築)
共同通信2004.2.13付インタビュー企画「こんにち話」

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検見川送信所「千葉県検見川町鳥瞰図」抜粋
千葉県検見川町鳥瞰図
朝焼けの送信所
遊歩道からの送信所
朝日を浴びる送信所
検見川送信所正面ファザード
終戦記念日の送信所
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